第12話 軽樽
ドラゴンクエストにはゾンビ系のモンスターがいる。
有名どころで言えば、くさったしたいや、まおうのつかいがゾンビ系のモンスターだ。ゾンビ系モンスターの一覧を見ると、ほとんどが目の色を失った痩せすぎの男性である。
ニッポニアに所属しているゾンビは、美少女だ。
ハルヒ以降、世の中に美少女が溢れていた。
今では、Vtuberが令和美少女最前線。
ハルヒに伝えて欲しいのは、Vtuberには宇宙人、異世界人、超能力者、未来人もいるということ。
アカデミー2日目、透はビルの中に入る。
入学式から一週間が経過していた。
基本的に、土曜日と日曜日ががアカデミーの開校日だった。
喉の渇きを感じ、エントランスの端っこにある自販機コーナーを目指す。
株式会社ポップアップの関係者以外も利用している共用部だが、人の気配はない。
今日が土曜日だからだろう。
自販機コーナーに入ると、倒れている女性を見つけた。
「え?」
女性は、自販機に指を伸ばしたような格好で倒れていた。
透は急いで女性に駆け寄って、意識の確認をする。
AEDはどこにあったっけ?
女性の肩をトントンと叩く。
「大丈夫ですか」
「……うぅ、みずぅ」
意識があるのを確認する。
うつ伏せで倒れているのを、横向きにする。
服装が乱れあられもない格好になっていたため、羽織っていたカーディガンをかけ肌を隠した。
それから、カバンから財布を取り出す。
「水でいいですね?」
「……こ、コーラ」
低血糖で倒れたのだろうか。
透はコーラを購入する。
コーラを飲ませるために、女性の体勢を起こして、壁に背中を預ける。女性はグッタリと項垂れる。
コーラのフタを開ける。
女性のアゴに手を当て、顔を上向きにして、口にコーラをくっつける。かなり顔色が悪いし、目の下にクマもできている。
女性は口内に侵入するコーラを、クピクピと飲んでいく。
ハムスターみたいだ。
透は、女性の口からコーラを離す。
「ぷはぁ。生き返った」
「よかった」
「ゾンビにコーラを与えると、生き返るらしい」
「……ゾンビ?」
「わたしのキャラ。アカデミー生でしょ? わたしの名前は『軽樽』。かわいいゾンビのVtuber」
よく見たら、保健室のベッドにいた女性だった。
◇◇◇
ニッポニアに所属するVtuber『軽樽』はゾンビ系Vtuberの女の子だ。
ニッポニアの所属Vtuber一覧から見ることができる公式設定では、ゾンビとしての生活が暇だったのでゲーム配信を始めたとされている。
太陽に弱く、夜型で、胸は大きいが、体力がない。
不健康な見た目をした、健全健康優良女子が、軽樽だった。
元々個人勢Vtuberとして活動していたが、ニッポニアの拡大期にスカウトされたことをキッカケに、ニッポニア所属のVtuberとしてデビューした。
ニッポニアからデビューする時には、個人勢だったときの設定を持ち越してはいるが、その見た目には大きな変化があった。
個人勢だったころは完全にくさったゾンビの見た目だったのに比べ、今では美少女ゾンビとして活動している。
かわいいヤンキーギャルゾンビだ。
軽樽はニッポニアを代表するVtuberであり、チャンネル登録者数は192万人。
ゲームが上手い女性ということで、知恵下原 解熱との仲が良い。
軽樽がデビューしてすぐに、二人で『ガールボナーラ』というユニットを結成した。
軽樽の設定は、中の人の属性や性格にとても似ていた。
あばらの骨が浮くほど細いのに、胸だけは肥えている。
その胸が透の背中に当たっていた。
「成人してから、運が良い。幼いころに不幸だった、揺り戻しが来てる」
「……幼い頃は健康だったんですか?」
「ん? そんなことない。昔から貧血でよく倒れてた。今日もたぶん貧血」
どうやら健康の揺り戻しはないようだ。
透は軽樽を7階のニッポニア事務所まで背負って運ぶ。
動けるけど、人に甘えたい気分らしい。
エレベーターに乗り込み、7階を押す。
「運が良いのは本当。今日も死にそうになったところに君が来た。恩田 透水の名前は忘れない。デビューしたら可愛がってやる」
「ありがとうございます?」
軽樽のウェーブのかかった長い髪の毛から、いい匂いがする。
初対面の女性とここまで密着するのも珍しい。
慣れないことすぎて動揺してしまう。
「……いつも倒れてしまうんですか?」
「いつもじゃない。今日はたまたま。原因はハッキリしている。新作のゲームが面白すぎて徹夜した。収録が朝からだった。寝不足で食欲がなくて、何も食べなかったのに遅刻しそうだったから走った。色々と重なって、低血糖で倒れた」
理路整然と語る。
人気Vtuberのトークというのは、こんなに分かりやすいものなのだろうか。
透は、軽樽から学習する。
エレベーターが7階に到着する。
「ありがとう。……これは嫌だったら断ってもいいんだけど、首、噛んでもいい?」
「……美味しそうでした? いいですよ」
「……いただきまーす」
軽樽は、透の首筋を噛む。
エレベーターの扉が開く。
開いた先には、女性が二人。
「あれ、軽樽?」
「……はむはむ。あれ、解熱」
一人は、カリスマ性を纏って佇む女性。
知恵下原 解熱。
「と、と、と、透くん!」
もう一人は、陰性を纏って佇む女性。
沢田 綿麦こと、恩田 詩音。
お気に入りのワンちゃんが、ゾンビの女に噛まれていた。
詩音は動揺を隠せない。
「恩田さん、おはようございます」
「お、恩田なのは透くんもでしょ! 詩音って呼んで」
「詩音さん」
「そう!」
詩音はそれで満足そうにする。
解熱はそれを見て、首を傾げた。
「いや、呼ばせるなら、『沢田 綿麦』の方だろ」
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