第11話 知恵下原 解熱

 革命家美少女Vtuber知恵下原 解熱(ちえげばら げねつ)は、女性Vtuberのカリスマ的存在である。

 チャンネル登録者数は122万人。

 解熱自身はニッポニアに所属しているのだが、Vtuber業界だけでなく、配信業界に顔が広い。

 6年前にデビューしてから、Vtuberの最前線を走り続けてきた。

 最近はそのツケが回り、身体にガタが来ているが、休みをちょくちょく取りながら配信を続けている。


 今日は配信を休み、自宅に友達を招待した。

 みんなVtuberの友達だ。

 遊戯室にある全自動麻雀卓をみんなで囲む。

 


「それロン! じゃーん。5200!」

「はあ? カンパーピン待ち?」



 解熱が川に捨てた8のピンズを見て、詩音はハッキリ発音する。

 陰キャな詩音だが、内弁慶でもある。

 今日集まったメンツだと、お調子者モードが発動する。



「そんな8ピンで待っているようじゃ、ニッポニアでやっていけないよ」

「へーん。まけおしみー」

「負け惜しみ? まだわたしが勝っているよ」



 今日は昔からの知り合いが四人集まった。

 東には『知恵下原 解熱』

 南には、恩田 詩音。

 西には『沸騰 瑞希』(ふっとう みずき)



「仲良くね。もう喧嘩しちゃダメだからね?」



 瑞希は、ハピネスVゲーミング所属のVtuberだ。

 Vハピには、ゲーマー女子Vtuberが所属している。

 瑞希もそのうちの一人であり、Vハピのリーダー的存在だ。

 チャンネル登録者数は70万人。

 


 そして、北には『与瀬 文字花』(よせ もじか)

 文字花は、アンメリカ所属のVtuberだ。

 つまり、詩音の『小湊 みさき』時代の元同僚である。

 アイドルVtuberが多いアンメリカのなかでも、ゲーム配信中心の活動をしている。

 チャンネル登録者数は210万人だ。


 文字花は、詩音に聞きたいことがあった。

 気恥ずかしくて、なかなか聞けないことだったけど、麻雀が盛り上がったおかげで、聞ける。

 麻雀すごい。

 みんなも麻雀しよう。

 文字花は躊躇わない。



「名前、どうなった?」

「あ、それ、わたしも気になる」



 文字花の質問に、瑞希も同調した。

 詩音は点棒を受け取りながら、少しだけ照れ臭そうにする。



「えへへ。『沢田 綿麦』にしたよ」

「そっか……、嬉しいな」

「だからもう、みさきじゃなくて、綿麦って呼んでね」

「……綿麦」

「むふ」



 新しい名前で呼ばれて、詩音はなんだかむず痒くなる。

 ニマニマと表情が緩む。

 詩音の顔の表情筋は、ふにゃふにゃだ。

 

 沢田 綿麦は友達が考えてくれた大切な名前。

 その友達が、文字花である。

 文字花と、小湊 みさきは、アンメリカから同期でデビューした。

 それから6年間、一緒にVtuber業界を戦ってきた戦友であり、親友だ。



「で、実際、アカデミーはどうなんだ?」

「んー?」

「後輩たちが気になるんだよ」

「あー、はいはい」



 解熱が気になるのは、新しくアカデミーに入学した生徒たち。

 それは文字花と、瑞希も、もちろん気になること。

 ニッポニアの新人Vは、Vtuber業界の最注目になる。

 詩音の口角はふにゃりと歪む。



「楽しくなりそう。けど、ちょっと変な人が多いかな」

「変な人は多いだろうな。初日はどんなことがあったんだ?」

「んーとね、まず『恩田 透水』って子が、彼、ギャンブラーなんだけどね。自己紹介のつもりだったのかな? 有り金全部競馬に賭けて、5億円当てて、ついでに名前も競走馬から貰ったの。なんちゃらトウスイって競走馬でね。で、わたしはその子に、恩田って苗字をあげて……」

「まてまて、いきなり飛ばし過ぎだよ」

「え?」

「なんか3つくらいのエピソードが混ざってなかったか?」

「そんなことないけど? 恩田 透水誕生秘話だよ」

「……そいつヤバすぎるだろ」



 解熱は、ちょっと引いていた。

 文字花と、瑞希はドン引きである。

 アカデミーの初日から、そんな濃いエピソードが生まれるものだろうか。

 初日は、入学式をして名前を決めて終わりだと聞いている。



「すごく良い子だよ。それから、わたしに惚れてるね」

「なんだそりゃ」

「ふふふ。わたしを見る目がお熱なの」



 詩音のお調子者の一面ではあるが、透が詩音に惚れているのは事実である。

 圧倒的なファンの数を抱え、人から好かれ慣れている詩音だが、好意があるのを隠そうとしない透の態度は、なかなか新鮮で気分が良い。

 26歳になってようやく青春とモテ期がやってきた。

 アカデミーでは、大人のお姉さんとして振舞うのが目標だ。



「あとね、本名でVtuberをやろうとしてる烏丸 梓って子がいるよ。ノンフィクション作家? らしいけど、そんなことより言葉に反応して、イっちゃう体質みたいで、昨日も連続絶頂して、最後はおしっこしちゃったの」

「……頭からお尻まで何を言っているのか分からなかった」

「ノンフィクション作家って珍しいよね。わたしを小説にしたいんだって」

「そこじゃない」



 昨日は大変だった。

 放尿した烏丸を一度、マンションに連れ帰り介抱した。

 177センチもある大きな女性を運ぶのは思った以上に大変だった。

 烏丸は腰が抜けたようで、ずっと腰をヘコヘコさせていた。

 お酒も入った烏丸はぐっすり寝てしまったので、今朝、タクシーを呼んで帰宅させた。



「あとね、梓ちゃんは、わたしの正体に気づいちゃったみたい」

「ありゃ。まあ、時間の問題だからね」

「うーん、でも、もう少しゆっくりできると思ったんだけどね」

「どうしてバレたんだ?」

「保健室だね」

「保健室?」



 詩音は透と一緒に、保健室を訪れたときのことを思い出す。

 烏丸が使っていたベッドの、隣のベッドにいた女性。



「保健室に『軽樽』がいたんだ。あの子が、ぽろっと漏らしたのかも」


 


 

 

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