第10話 天ぷら②


 イケメンの横山が演奏するギターに合わせて、金髪美少女の神里が歌う。

 小さな水筒をマイクに見立てて歌うのは、スピッツの『春の歌』

 透も知っている曲だった。

 

 神里は、有名な音楽レーベルの社長の娘だ。

 アカデミーは裏口入学だと、冗談を言っていた。

 株の保有率を考えると、あながち冗談ではないかもしれない。

 エンタメ業界においては、強い影響力を持つ企業の令嬢だった。

 年齢は、17歳の高校二年生。

 お酒を飲めないので、透と一緒にソフトドリンクを飲んでいた。

 Vtuberとしての名前は『多々良 転寝』(たたら うたたね)

 Vシンガーとして活動したいと考えている。


 横山は、音楽系の大学を卒業したのち、音楽スタジオのエンジニアに就職した。

 それから、大学時代から趣味で作っていたボーカロイド曲が跳ねて、作曲だけで暮らしていけるようになった。

 ニッポニアのオーディションに応募したのは、Vtuberになって活動の幅を広げるため。

 自分の曲を広めるには、自分自身がインフルエンサーになればいい。

 クリエイターではあるが、マルチに動ける柔軟性は、烏丸と通じるところがある。

 Vtuberとしての名前は『蟹江 笑顔』(かにえ えがお)

 音楽プロディーサーVtuberとして活動したいと考えている。


 Vシンガー『多々良 転寝』

 音楽プロデューサー『蟹江 笑顔』

 二人の活動の相性はかなりよかった。



「ふへえー。みんな特技があったいいですねぇー。わたしー、んー、なんで受かったのか自分でもわかんなくてぇー」

「うーん。これは泥酔だねえ」



 メガネ女子の篠崎は、明らかに酔っていた。

 アイデンティティのメガネを外して、顔を真っ赤にしている。

 小顔で目が大きくて、アイドルのような見た目の少女だ。

 魅力はあるのだけど、印象が薄く、濃いキャラたちの中で埋もれてしまっている。


 そして、神里の歌声を聞いて、自信を喪失してしまった。

 神里の歌は、かなり上手い。

 歌が上手いだけではなく、声が良いから、誰が聞いても完全無欠の歌声だ。



「有栖ちゃんとは、勝負するジャンルが違うだろう?」

「そうですけどぉー」


 

 篠崎は、ゲーマーだ。

 得意なジャンルはMOBAだ。popというゲームでは、日本で最上位のランクに到達している。他にも、fpsや格ゲーなど、様々なジャンルのゲームで上位の実力を持っている。

 Vtuberとしての名前は『照間 蛍』(てるま ほたる)

 ちなみにホラゲーは苦手。

 


「わたしぃー、げぇーむが上手いんですぅー。けどぉー、プロゲーマーとくらべたらぁー、へただからぁー」

「セミプロ程度の実力が、Vtuberにちょうどいいと思うけどねえ。わたしも、ノンフィクション作家としては三流だよ」

「あー、それウチもだ」



 ギャルの矢野も会話に混じる。

 

 矢野は、ダンサーだ。

 ブレイクダンスを得意にしている。

 Vtuberとしての名前は『寺小町 てち子』(てらこまち てちこ)

 


「ダンスは得意なんだけどさ、大会実績があるわけじゃないんだよね」

「必要ないだろ? その道で成功した人間がVtuberになるのではなく、Vtuberがその道で成功する。その方が健全だ」

「そうかな? そうかも」


 

 矢野は、烏丸の言葉に納得する。

 魅力的な言葉によくイかされているが、本人が一番、魅力的な言葉を生み出す能力に長けている。

 奇天烈な女性ではあるが、反面、精神的に成熟した女性だった。



「うぅー」



 篠崎は酔いつぶれてぐてーとしている。

 お酒を飲むと、思っていることを口にしてしまう。

 ネガティブなことは、とくに。


 詩音は、日本酒を飲みながら、みんなの会話に耳を傾けていた。

 会話に混ざることはしない。

 大人数での会話は、昔から苦手だった。

 どのタイミングが自分の会話のターンなのかいまいち分からない。


 自分には何もないという思いがあった。

 歌も、ダンスも、ゲームも中途半端だ。

 しかし、Vtuberとしての経験だけは、誰にも負けないだろう。

 どうせ、デビューしたら自分が注目を集めることになる。

 集めた注目をみんなに還元しよう。

 そしたら、みんなの才能が注目される。

 烏丸がやろうとしているやり方だ。

 透がそう言っていたのを思い出す。

 


「それにしたって、有栖ちゃんの歌は上手すぎるねえ。自信を無くすのも分かるよ」

「よし! じゃあ二次会はカラオケにしよう! みんなで歌おうよ」

「いいや。今日はここで解散だ。未成年もいるからねえ」

「……はーい」



 ギャルの提案を、烏丸が却下する。

 あまり遅い時間になってはいけない。


 神里が歌う『春の歌』を聞いて、親睦会はおひらきになった。

 お会計は神里と、透の奢り。

 

 店の外に出て、それぞれ帰路に着く。


 烏丸は詩音と二人きりになる。

 帰路が同じだったわけではない。

 詩音の帰り道に、烏丸が着いて行ったのだ。


 空には満月が浮かんでいた。

 少し肌寒い気温である。

 このタイミングを、烏丸は待っていた。



「……詩音ちゃんは、小湊 みさきなんだろう?」

「……どうしてそう思うの?」



 詩音は表情を変えないで、前を向いて歩く。

 しかし、少しだけ歩く速度が速くなる。

 


「とある人からヒントを得たんだよ。小湊 みさきの中の人が、このなかにいる。そして、転生のタイミングを考えたらこのなかにいても不思議じゃない。みんなの情報を得て、それから声を聞いて、そしたら小湊 みさきは君しかいないよ」

「そっか」

「……どうして、言わないんだい? 自分は小湊 みさきだったと言ってしまえば、途端に君は人気者だ。そしたら、周りからチヤホヤされて、お気に入りの透くんからも尊敬されることになる……最高の転生生活じゃないか。まるでネット小説みたいだ」

「言わなくても、すぐにバレちゃうよ。これは、束の間の安息日」

「どうして卒業したんだい?」

「小説にするの?」

「そうさ」



 詩音は、立ち止まった。

 後ろをのんびり歩いている烏丸に振り向く。



「名言が欲しい?」

「欲しい」

「でも、イっちゃうでしょ?」

「イっちゃう」

「……仕方ないな」



 ここで絶頂して動けなくなっても、詩音の家は近いからなんとかなる。

 詩音は、烏丸の小説のために、この場で理由を明かしてあげたかった。



「恩田 詩音でいるために、小湊 みさきは卒業したの」



 烏丸は足の力が抜け、その場にヘタリと座る。

 ようやく、ここに辿り着いた。

 小湊 みさきの裏の顔。

 その顔は、少し垢抜けない見た目の陰キャな女の子。

 恩田 詩音。

 絶頂した感覚はなかった。

 代わりに、開放感があった。



「あ、漏らしちゃった」

「……えぇ?」



 烏丸はその場に放尿してしまった。




◇◇◇





 透は自分の部屋に帰宅した。

 一人暮らしの一室は、味気なくてなんだか寂しい。

 透はベッドに飛び込む。

 ドッと疲れが押し寄せた。

 とても濃い一日だった。

 

 

 隣の部屋のセックスの声が聞こえてくる。

 この部屋は壁が薄い。

 配信をしたら、声が漏れて、身バレしてしまうだろう。

 防音のマンションに引っ越さないといけない。

 偶然、引っ越し費用も手に入れた。

 山辺さんにオススメの物件を紹介してもらおう。



 夢のような一日だったけど、夢じゃない。

 明日に希望を抱きながら、透は目を閉じて眠った。

 

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