第9話 天ぷら①
Vスマホに『恩田 透水』(おんだ とうすい)と入力する。
画面には、「ようこそ」の4文字が浮かび上がる。
透が最後の登録だった。
「みなさん、名前を決められたようですね。初日の授業はこれで終わりです。解散していいですよ。これから、頑張りましょうね」
アカデミーの初日が終わる。
山辺は多目的室①から退出した。
かなり濃い初日だった。
前半にあった競馬のイベントは、烏丸の連続絶頂のせいで印象が薄まっている。
透も気合いを入れた分、目立てなかったのは残念。
放課後は、親睦会を兼ねて食事に行くことになった。
言い出しっぺはギャルの矢野。
人差し指をピンと立て、このゆびとまれをすると、みんなとまった。
「僕が奢るから好きなところに行こう」
「え! いいの?」
「今日だけで5億円も稼いだんだ。奢らないと罰が当たるよ」
「まちなさい」
透が男らしく奢ろうとすると、金髪美少女の神里が言葉で制する。
神里の言葉に、烏丸がプルプル震えていた。
「わたしは他人から奢られることが禁止されているの。どうしてもお金を出したいのなら、わたしと半分こしましょう」
「よく分からないけど、いいよ」
「それから、お店はわたしが知っている店にしましょう。庶民でも楽しめる価格帯で、人の目を気にしないで楽しめる店を知っているの。天ぷら屋さん。天ぷらが嫌いな人はいる?」
みんな天ぷらに異論はなかった。
「決まりね」
◇◇◇
神里の紹介で、個室のある天ぷら屋さんにやって来た。
できたての天ぷらがたくさん運ばれてくるらしい。
飲み放題で、様々な種類のアルコールが楽しめる。
透はお酒が飲めないので、ソフトドリンクを注文する。
なんとか、詩音の隣の席を確保することはできた。
好きな人の隣に座るときの細かい牽制は昔から得意だった。
「透くんはお酒を飲まないのかい?」
気がかりなのは、左隣が烏丸になってしまったということだ。
彼女が隣だと、何をされるか分からない。
透は烏丸に苦手意識が芽生えていた。
「苦手なんです。それにコーラの方が楽しめます」
「ギャンブルが好きなのに、アルコールが苦手なんて不思議だねえ。女は好きかい?」
「恋はたくさんしてきました。横顔が好きだから、横に座った女の人のことは好きになってしまうんですよね」
「え、ドキン」
「……告白じゃないですよ。そういう傾向があるってだけです」
「そういえば、年齢も知らないね。わたしは25歳だ。透くんは?」
「21です」
「ああ、そういえば大学生って言っていたね。色んなことがありすぎて、忘れていたよ。わたしの後輩なんだっけねえ。大学に通いながらだと、大変じゃないかい?」
「あー、まあ、最悪、退学しますよ」
「それでいいのかい? 親御さんからの許可が得られるとは思えないけど」
「両親はすでに他界しました。なんで、結構自由なんですよ」
「……透くんも深堀りしたら色々ありそうだね」
「ノンフィクション作家なんですよね」
「そうだ」
「じゃあ例えば、チャンネル登録者100万人のVtuberを題材に小説を書くとして、その小説はどのくらい売れるものですかね?」
「難しい質問だね。ただ、小湊 みさきを題材にできるなら、100万は売る自信があるよ」
本を100万部も売ったら、大ベストセラーだ。
小湊 みさきのチャンネル登録者ですら256万人だったことを考えると、そんなに売れはしないだろう。
それでも、烏丸には自信があった。
Vtuberは小説の歴史を変えるはず。
雑談をしていると、注文したドリンクが運ばれてくる。
端っこに座っている詩音が店員さんからドリンクを受け取り、みんなに回していく。
透はコーラ。
乾杯の音頭は、イケメンの横山がとることになった。
ハキハキと喋る横山は、リーダーシップがありそうな雰囲気だ。
「あー、まあ、そうだな。俺たちは、何の因果か巡り合い、こうして仲間になったわけだ。Vtuberのファンをしていると、裏の話を目にすることがある。色々とギスギスすることもある業界だが、せっかく出会えたんだ、俺たち同期は仲良く行こう。いいな? じゃあ、ドリンクを持ってくれ。乾杯!」
「「「「「「かんぱーい!」」」」」」
ドリンクの入ったコップがカランコロンとぶつかり合う。
透はコーラを一口飲む。
隣を見ると、詩音はジョッキに入った生ビールを飲んでいた。
詩音が何を飲んでいても、愛おしく感じる。
烏丸も、カシスオレンジを一口飲んで、また会話を始める。
「Vtuberと小説は相性が良い。調べてみると、ライトノベルはVtuberを積極的に起用している。Vtuberを題材にした作品、有名なVtuberをプロモーションに起用する作品、それから作品のヒロインをVtuberにして宣伝する作品とか、まあ、色々と使っている」
その印象は、透にもあった。
ライトノベルに関しては、ファン層が類似している結果、プロモーションにVtuberが起用されることがある。
Vtuberとライトノベルの相性の良さは、理解できた。
「フィクションのVtuber小説は、すでにあるわけだ。そして、わたしが書くのは、ノンフィクションのVtuber小説。それから転じて、Vtuberとしての私小説、つまり純文学」
「ノンフィクション小説や純文学の読者は、Vtuberに興味ないのでは?」
「まさにそうさ。だから、わたしがVtuberになるんだ。Vtuberのファンに、ノンフィクション小説や純文学に興味を持ってもらう。チャンネル登録者数が100万人になったら、新たに100万人の読者が誕生する。すると、どうなると思う?」
読者の質が低下し、令和に文豪が生まれる。
透も文学部の人間だ。
そうなることは簡単に予想できた。
純文学の気難しい権威たちは、烏丸のようなチャラい小説家を認めないだろうなと透は思う。
きっと、烏丸が進むのは小説家としては険しい道だ。
「文豪Vtuber烏丸 梓が生まれます」
「あともう一つ、新たに生まれるものがある」
烏丸は指をピンと立てた。
まるで、このゆびとまれをしているみたいだ。
「『Vtuber文学』という新たな小説のジャンルが誕生する」
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