第6話 アカデミー入学④
烏丸はトイレで致した。
まさか、言葉で絶頂するとは思わなかった。
官能小説を読んで、興奮したことはあった。
音声作品で、致したこともあった。
しかし、ただギャルの一言で……。
ギャルの一言が琴線に触れた。
烏丸はよく覚えていないが、ギャル一言は別にエロい言葉ってわけでもなかったはずだ。
ただ普通で、素朴な言葉。
下の処理をしたトイレットペーパーを水に流す。
パンツとズボンを同時に上げる。
トイレから戻ると、入学式の準備が行われていた。
どうやら、烏丸を待っていたようだ。
自分の席に着く。
しかし、なんだかそわそわする。
ギャルのことが気になって仕方がない。
烏丸は首を傾げる。
なんか変だ。
ギャルの名前はなんだろう。
どんなVtuberになる予定なのだろう。
気になって、チラチラ見てしまう。
こんな女々しい性格ではなかったはずだ。
運動神経抜群な、文明文化文学少女。
それが、烏丸 梓である。
それなのに、先ほどから、胸の辺りがドキドキする。
「よし、みんな揃いましたね」
山辺はポンと手を叩く。
実は彼女、教職員免許を持ち合わせている。
Vtuberのアカデミーで、担任を持つのに相応しい。
「では、名前を呼ばれた人から、前に来て入学証書とVスマホを受け取りに来てください。えっと、まずは恩田 詩音さん」
「……は、はい」
詩音は消え入りそうな声で返事をする。
さっきまで興奮して大きな声が出ていたのに、自分一人に注目の集まる場だと陰キャな性格が表に出る。
陽気なギャルとは真反対。
そんな二人が、同じVtuberという舞台に辿り着く。
陰キャでも、陽キャでも、Vtuberになる。
「こっちが入学証書で、これがVスマホです」
「……どうも」
山辺から入学証書とVスマホが渡される。
詩音はそれを、へこへこと受け取った。
言動から陰キャがにじみ出ている。
その様子を見ているみんなは、なんだか気恥ずかしさを覚える。
詩音の振舞いには、共感性の羞恥があった。
そのような性格で、Vtuberとしてやっていけるのだろうか?
烏丸は疑問に思う。
彼女はあまりVtuberに詳しくない。
Vtuberなら陰キャでも活躍できることを知らない。
陰キャの内側で煮詰まった一撃が、Vtuberでは最強の武器になる。
「矢野 穂乃果さん」
「はーい!」
矢野 穂乃果はギャル。
笑ったときの、えくぼがチャーミング。
明るい髪を揺らしながら、前に向かう。
その姿に、烏丸の瞳は釘付け。
「篠崎 いちごさん」
「はい」
篠崎 いちごはメガネ女子。
茶色の髪をおさげにしている。
背中はピンと伸びていて、委員長タイプの女の子。
「横山 和樹さん」
「はい」
横山 和樹はイケメン男子。
耳にはピアス、髪は金髪でチャラい感じ。
一歩一歩がしっかりしている。
大きくて、頼りがいのある背中だ。
「烏丸 梓さん」
「……はい」
名前を呼ばれて、立ち上がる。
フワフワした気分で、歩く。
矢野の姿をチラッと見る。
矢野も、烏丸を見ている。
目が合う。
心臓が跳ね上がる。
烏丸 梓は、恋する女の子。
入学証書とVスマホを受け取った烏丸は、大人しく席に戻る。
残りはあと二人だ。
その様子を見ていた透は、自分の脳内で賭けを行う。
賭けの内容は、自分が呼ばれる順番が次になるか、最後になるかというもの。
透は、最後に自分が呼ばれる方に賭ける。
理由は二つある。
一つ目は、最初に呼ばれたのが詩音なら、最後に呼ばれるのが自分ならいいなという願望。
二つ目は、最後に呼ばれるのが、何となく特別な気がするから。
賭けに勝ったら、詩音をデートに誘おうと考える。
「清水 透さん」
「はい」
賭けは外れ。
Vtuberの神様は、デートなんて許してくれない。
透は残念そうに立ち上がる。
「入学証書とVスマホです」
「ありがとうございます」
入学証書はフィルムに包まれた一枚の紙だ。
Vスマホの方は、普通のスマホに見える。
スマホの裏側には、ニッポニアのロゴがある。
特注品なのだろう。
外で落としたりしたら、大変だ。
ニッポニアに所属するVtuberは、このVスマホを使用して、配信画面上のアバターを動かす。無駄なソフトフェアや、アプリケーションは一切入っていないので、連絡やSNSなど、普段使いすることはできないようになっている。
透は席に戻る。
詩音がにへらと笑って出迎えてくれる。
良い雰囲気の二人だ。
詩音は、透が積極的に話しかけてくれたことで、かなり懐いていた。
透の方は、臆病な小動物的な性格の詩音に対して、保護欲が湧いている。
山辺は、最後の一人を呼ぶ。
「えー、神里 有栖さん」
「……」
端っこに座っていた金髪の美少女が無言で立ち上がる。
みんなの注目を集めながら、その注目を気にも留めずに歩く。
神里 有栖は小さな少女。
身長は147センチ。
同じ女性でも、烏丸と比べたら30センチ違う。
ガーリーなワンピースを着ていて、まるでお人形のよう。
透が競馬で盛り上げているときも、ちょこんと座っていた。
驚いた表情くらいはしていたが、多目的室①に入ってからはずっと無言である。
この中に彼女の声を聴いた人は、まだいない。
「はい。入学証書とVスマホです」
神里は返事をするために、口を開く。
「ありがと」
天使の声を思わせる、可愛い声が部屋に響く。
透と詩音の目の前で、烏丸が立ち上がる。
振り返った神里と、烏丸の目が合う。
つむじから、つま先まで、烏丸の身体がぶるりと震える。
烏丸は、頬を紅葉させて、はぁ、はぁ吐息を漏らしていた。
神里は、顔をしかめる。
「……ヘンタイ?」
「ぎゃあああああああ!!!!!!」
烏丸は絶頂した。
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