第5話 アカデミー入学③

「うおおおおおおおお!!!!!!」



 ハリボテトウスイがゴールした瞬間、透は両手を広げ、雄たけびを上げる。

 その雄たけびは、部屋中に響き渡り、熱が人に伝播する。

 人を揺らすのがVtuber。

 揺れると人は熱くなる。



「まじか!!!!」

「5億円!?!?!?」

「すごぉぉぉぉぉ!!!」



 多目的室①はフェスの会場のように盛り上がる。

 叫び声が入り混じり、興奮とアドレナリンが止まらない。

 どれが誰の言葉か、聞き取ることができない。

 そのなかで、透は自分の役割を全うする。

 彼は今、烏丸からのインタビューを受けている、インタビュイーだ。



「と! いうような!」



 透の声でまた、シンとする。

 烏丸だけが、手を動かす。

 手にはペンを握っている。

 目線はメモ帳に落ちている。

 この場において、彼の言葉に力が生まれていた。

 Vtuberが持っている言葉の力を、そのまま文章にするというのが烏丸の考えだ。

 ノンフィクションとは、そういうこと。

 そして、烏丸が持っていた自信は、この瞬間、確信に変わっている。

 楽しくて、嬉しくて、壊れちゃいそうだった。


 声が収まっても、熱気はまだ残っている。

 目線を動かさなくても、肌で熱は感じることができる。

 もちろん、音も耳が拾う。



「配信活動を行っていく予定です」

「……それは、盛り上がりそうだね」



 烏丸はメモに何かを書き残しながら、透の言葉に返事をする。

 多目的室①は暖かい拍手に包まれた。

 透の自己紹介パフォーマンスは成功だ。

 彼は人生で、成功と失敗を繰り返してきた。

 あの日の『1』『1』『1』に比べたら、5億2000万円は些細なこと。

 この程度の成功は、慣れたものだった。

 スマホを持って、詩音の隣の席に戻る。

 詩音は声を上げてはいなかったけど、頬が紅葉して、興奮はしているようだ。



「す、すごいね」

「できすぎですけどね。これを配信でやらないと」

「透くんなら、できるよ」



 透は詩音と会話をしながら、5億2000万円の使い道について考える。

 普通の人間なら、5億2000万円も手に入れたら、VtuberをやめてFIREだ。

 FIREとは、Financial Independence, Retire Earlyのこと。

 日本語に訳すと「経済的な自立と早期の退職(リタイア)」となる。

 当然、透にVtuberにならないという選択肢はない。

 アカデミーで学び、ニッポニアからデビューする気、満々だ。

 お金を稼ぐためにVtuberになったわけではない。


 まずは、税金でいくらしょっぴかれるかでエピソードトークをつくる。

 それから、余ったお金は活動費、広告宣伝費にあてる。

 今はそのくらいしか思いつかないが、理想的な未来について考える時間がなによりも楽しい。



「たくさんお買い物して、レビュー動画にするとか?」

「どこかの業界に投資するとかどうですかね」

「わあ。いいな。5億円あったら、アニメとか作れるのかな?」

「アニメ、いいですね。好きなアニメとかあるんですか?」

「わたしはね『コードギアス』が好き」

「あー、好きそう。ロボットアニメなら僕は『ファフナー』が好きですね」

「あ、知ってるよ。パチンコで見たことある」

 


 雑談をしながら考え事をしていると、多目的室①のドアが開く。

 入室したのは、社員証を首からぶら下げた、スーツの女性。

 みんなの熱が少しだけ冷める。

 冷めるというより、覚める、だ。

 みんな透のように、人を揺らし、熱を伝播させる、Vtuberになるためにやってきた。


 スーツの女性は、室内をぐるりと見渡してから、入室する。

 彼女にとっては何度も利用したことのある多目的室①。

 しかし、今日は初々しさに溢れている。

 そのフレッシュさと、熱気の残り香は、彼女の心をワクワクとさせた。



「みなさんの担任を務めます、山辺です。騒がしかったようですけど、何かありましたか?」

「もう、すごいのがありましたよー。けっこう伝説目で見てまーす」



 ギャルが返事をする。

 ものすごく適当な返事だが、山辺は興味を持つ。

 ギャルの言う伝説というのは、かなり気になる。



「詳しく聞かせて貰えますか」

「そこの彼が、えっと、5億円だっけ? 競馬で当てちゃって。そしたらもう、みんなでドカーンですよ」

「ご、5億円?」

「ね、やばいよね。てか、配信でやれし」

「……それは、本当にそうなんですが、そもそも普通にVtuberをやるよりも儲かりそうですね」

「? 普通にVtuberなんてやらないっしょ。わたしたちみんな特別になりに来たんだから」



 烏丸は椅子に座りながら震えあがる。

 ギャルの言葉に、思わず失禁しそうになる。

 というか絶頂してしまいそうだった。



「と、トイレ!」


 

 烏丸は慌てて多目的室①から飛び出した。

 飛び出す前に、小さく「い、イクッ」と呟きを残す。

 その言葉は、後ろの席の二人にだけ聞こえていた。

 透と詩音は顔を合わせる。

 言葉に興奮して、絶頂するなんてあるだろうか。

 ヤバいやつと同期になってしまった。



「……それにしても5億円ですか」

「ヤバいよね!」

「どこかで聞いたことのある数字ですね」



 山辺はVtuberのオタクでもある。

 箱推しどころか、業界推しなので、Vtuberの情報については網羅している。

 5億円なんて、滅多に聞かない数字だ。

 けっこう伝説目で見てまーす、というギャルの言葉を思い出す。

 そうだ。

 

 伝説の卒業ライブ。



「小湊 みさきの卒業ライブで集まったスパチャも5億円でしたね。正確には、5億2000万円」

 

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