第4話 アカデミー入学②


 小湊 みさきの名前が出た途端、みんなの注目が烏丸に集まる。

 みんな、その名前を知っていた。

 ここに集まった人間で、小湊 みさきの名前を知らない人はいない。

 透は、Vtuberの横顔が見たい。

 小湊 みさきの横顔が見たい。

 


「おやおや。彼女はつくづく人気者だねえ」



 烏丸はペンを回す。

 注目が集まる状況を楽しんでいる。

 Vtuberの才能だ。



「……なんで小湊 みさきが卒業した理由が知りたいの?」

「わたしはノンフィクション作家だからね。真実を描きたい」

「……卒業する理由なんて、小湊 みさきの口から説明があったはずだけど」

「あー『アイドルとしての活動に限界を感じた。事務所との方向性の違いがあった』これのことだろう? まー、建前だろうね。わたしが知りたいのは、真実だ。さあ、知っていることがあれば、ぜひ、教えてくれよ」

「わたしは、知らない」

「そっか、まあ。そうだろうねえ」


 

 烏丸は残念そうにする。

 詩音は悲しそうだった。



「なんだか、暴露系みたいで嫌だな」



 詩音は率直な意見を伝える。

 烏丸はやっぱりニヒルに笑う。



「似たようなものかもねえ。でも、リスペクトは持っているよ。もちろん個人を攻撃する意図はないし、わたしの小説が多くのVtuberにとって利益になることも望んでいる。君の意見も分かるけどね」



 彼女はVtuberとしてもノンフィクション作家として活動する予定だった。

 そして、ニッポニアもそれを受け入れて、オーデションに合格した。

 だからこの場に烏丸がいる。



「Vtuberのノンフィクション小説を書いていくつもりなの?」

「それもあるけどね。私小説として、わたしのVtuberとしての活動を書いた純文学も書く予定だ。目標は、芥川賞だね」

「……少し安心した」

「それは、よかった」



 烏丸にも夢がある。

 その夢のために、できることはなんでもやる。

 烏丸のペンの矛先は、透に向く。

 


「じゃあ、今度は、君のことについて質問しよう」

「僕?」

「録音してもいいかな。後で文字に起こしたい」

「いいですよ」


 

 烏丸は透に取材を申し込む。

 透はそれを快諾する。

 烏丸はスマホを取り出して、机の上にポンと置く。

 ペンを透の口に向ける。

 マイクのつもりだろう。


 みんなの注目は、今度は透に集まる。

 透は感心したように口を開く。



「ようやく僕のターンか」

「ターン?」

「そうですよね? 烏丸さんのターンが続いていた。少し目立ち過ぎです」

「そうかねえ?」

「否定しないでくださいよ。烏丸さんのやりたいことは、理解できる」

「ほう?」

「今も小湊 みさきの名前を使って自分に注目を集め、その注目を僕に還元してくれている。Vtuberになっても、これがやりたいんですよね?」

「……君は、何者かな?」

「それは、取材ですか?」

「そうだ」

「僕はギャンブラーですよ」



 透はスマホを取り出した。

 スマホの画面を烏丸に見せる。

 烏丸だけではなく、みんなも集まって、透のスマホを覗いた。



「ここに来る途中、競馬場で馬に賭けてきました」

「へー。これはいくら賭けたんだい?」

「5200万円です」

「……はあ?」

「だから、6番の単勝に5200万円」

「えっと……なぜ?」

「なぜって、ギャンブルですよ」



 透は立ち上がる。

 烏丸は愕然として、透を見上げるだけ。

 カバンからコードを取り出す。



「今から、一緒にレースを観ましょう。楽しいですよ。ギャンブル」



 詩音は透の腕をツンツンと突く。

 透は詩音の方を見る。

 


「どうして、このお馬さんなの?」

「名前が気に入りました」


 

 詩音の質問に、透が答える。

 みんな引いていた。

 引いているみんなの前を、透は通る。

 多目的室①にある、プロジェクターで、透はスマホの画面をモニターに移す。

 モニターには、東京4Rメイクデビュー東京の様子が映し出される。



「この6番の馬です。先週までは前が残る馬場でしたけど、今週は雨が降ったので差しも届くと思います。まあ、この6番がどういう戦法を取るのか分かりません。新馬戦なので、みんなこれが初出走なんです」

「はーい」

「はい、そこのギャルさん」



 ギャルが挙手をしたので、透はギャルを指名する。

 注目がギャルに映る。



「どうなったら君の勝ちなの?」

「僕が購入した勝馬投票券は、単勝です。6番の馬が1着に来たら、僕の勝ちです」

「はーい」

「俺も質問だ」



 今度はイケメンが挙手する。



「はい、そこのイケメン」

「どのくらいの確率で、6番は勝つ? 勝ったら何倍になる?」

「オッズは見ていないので分かりません。えっと、気になるなら自分で調べてください。ネットで検索したら出てきますよ」



 イケメンはスマホを操作する。



「……5番人気。10倍? まじか」

「え! 当たったら、5億円ってことですか!」



 イケメンの呟きに、メガネ女子が反応する。



「メガネ女子さん、正確には5億2000万円になります」

「……すごい」

「まあ、当たったらですけどね。さあ、スタートします」



 ファンファーレが鳴り、馬がゲートに入る。

 東京、芝、1600メートル。

 新馬戦。

 全7頭で行われる。

 それを見るのは、7人のVtuberの卵

 全馬ゲートに収まって、ゲートが開き、スタートした。



「お、いいスタート」



 6番の馬は、好スタートから先行し、逃げ馬を眺めるような位置で折り合った。

 絶好のポジションについているが、気になるのはペースと、馬場状態だ。

 1600メートルのうち、600メートルの通過タイムが35秒4だった。

 ほど良いスローペースである。



「……わたしからも一ついいかな?」

「いいですよ。烏丸さん」

「6番の名前は、何かな?」

「良い質問ですね」



 コーナーを回り、最後の直線。

 逃げ馬の後ろで足を溜めていた6番が、徐々にペースを上げ、逃げ馬を交わす。

 早めに先頭に立った6番は、追撃を振り切るために、後続を離していく。

 ゴールの直前、外から一頭が迫ってくる。

 しかし、6番の勢いは止まらない。

 8番人気とは思えない、何かが乗り移ったような末脚。



「彼の名前は『ハリボテトウスイ』です」



 ハリボテトウスイは1着でゴールした。

 

 



  



 

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