第2話 ご注文は

 パフェを食べ終えた姉貴は、「あー美味しかった」と満足そうに言って席を立つ。


「じゃね!」と軽く手を振りながら、そのまま出口へと歩いていく。ちょっと待て。待て待て。俺に会計を押しつける気か?そううまくはいかないぞ……と思った瞬間、店員さんがやってきた。


「お客様、ご注文のコーヒーです。」


 いやいや、俺コーヒーなんか頼んでないんだけど……。視線をガラス越しに向けると、店の外で姉貴がニヤリと笑って、俺に向かって人差し指を立てていた。その後、見事なまでの殺人級のウインクを一発かまし、そのまま去っていく。


 これが男キラーたる理由その3 ――不意打ちの殺人級ウインク。このウインクにやられた男たちは数知れず。どんな普通の男でも、これでイチコロだ。弟の俺でさえ、一瞬ドキッとさせられるほど魅力的なんだからな。


 以前、友達に「お前の姉ちゃん、エロくて美人で最高じゃん」なんて言われたことがある。確かに美人だ。それは認める。だが、家ではそんなことは全くない。家では……って、これ言って大丈夫か?いや、もしこれを口にしたら後で何かされそうで怖いから、これはまた次回にしよう。安全第一だ。


 そんなことを考えながら、コーヒーを飲み終えて、俺は紳士らしく会計を済ませる。……まあ、セルフレジだけどな。

外に出ると、目が少し腫れぼったい姉貴が俺を待っていた。二人で並んで歩き始めると、周囲の視線がひしひしと伝わってくる。男たちが俺たちをちらちら見て、声をかけようとする気配があるし、女の子たちは嫉妬の混じった目つきで姉貴を見ている。男たちは視線を下から上に、まるで「レッツゴー」って感じでナンパしようとしている。


さて、ナンパ対策の基本を実践する時が来たようだ。ちょうどナンパ師たちがこちらに向かってくる。見せてやろう。


「姉ちゃん、めっちゃ可愛いね、俺たちとさ――」と、男が声をかけてきた瞬間、姉貴が一瞬で反応。


「あーごめんね、私、彼氏がいるから。ね、奏くん?」

「あ、ああ、そう。俺、彼氏です。」


頼りなさそうな彼氏と思ったのか、男たちは諦めて去っていった。これが、姉貴のナンパ撃退法だ。俺を「彼氏」扱いしてうまく防いでいる。家に帰るまでにあと何回これをやるのだろうか?それはわからないが、毎回のことだ。


俺と姉貴は二人暮らしをしている。親は共働きで、海外と日本を行ったり来たりしていて、ほとんど家には帰ってこない。だから、家の中は基本的に俺と姉貴の空間だ。


家に帰ると、姉貴はいつもまずシャワーを浴びる。シャワーの音と、姉貴の鼻歌が心地よく聞こえてくる。その音を聞きながら、俺は自分の部屋に戻るのが日常だ。


「奏くうぅぅぅぅんっ!」


お風呂場から姉貴の声が聞こえてきたので、俺はそちらへ向かう。


「どうした、姉貴ー?」


「一緒に入るー?」と、のんきに姉貴が言ってくる。


「入らなーい」と即答して、自室に戻り、漫画に集中しようとしたその瞬間、またどかどかと音が聞こえてきた。


「奏くん!シャンプーないんだけど!」


「ああー、忘れてた……」


「朝、入れてって言ったじゃん!」


ふとチラッとお風呂場を見たら、すっぴんの姉貴が立っていた。メイクを落とした彼女の顔は、化粧している時よりも自然で、俺は――いや、誰だってこっちの方がいいと言うに違いない。


うん、きっとそうだ。多分。

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