(10)凍り

「待って!!!!」

 近隣に響く大声が出た。

「ちょっと……!」

 神楽さんの声はむぎゅっと潰れた。抱きしめられた神楽さんは目を見開いて明るく笑う。

「僕は、なんどでも神楽さんの友達になるよ!」

「ありがとう……」

 抱きしめたまま言葉を続ける。

「それだけじゃない! きちんと、ずっと隣りに居るよ、居させて欲しい」

「うん、でも苦しぃ」神楽さんの弾んだ声に僕は安堵する。

「僕も苦しい」

 僕も呟いてみせる。

「僕は神楽さんのような人に寄り添えない人間で居たくない」「ずっと、ずっとそうさせて欲しい……!」

 しかし空気が変わってしまった。

「まって、ちょっとムリ!」「離れて」

 そう言われて我に返る。

「えと、ごめん」『パチン!!』

 頬を打たれた。腕を解いた直後のことだった。

「突っ走らないで!」

「そんなんじゃ」

「そうでしょ!! あなたのそれは私の為じゃなく、私に同情している自分が好きなだけ!」

 確かに言い訳にしかならないが。

「決めつけないでくれ」

 反抗する。

「いいえ、そう言っておいて覆して裏切った人は何人もいるの! イヤな気持ちはこの、心に蓄積されていくの……信じなくってい! 私、そういうことされるの一番イヤなのよ!!!」

 やめてくれ……やめてくれ、やめてくれよ!

「やめてくれ!」「……」神楽さんは一旦黙ってみせた。

 僕は。

「僕は初めて思ったんだ、人の為に生きたい。神楽尚の為に生きたいって!」

 その言葉を聞いて神楽さんはボロボロと泣き始めた。その様子にたじろいでしまう。

「やめてよ……」

「そんなエゴを押し付けないで! 押し付け側になってみてよ! 苦しさや失望の穴が空く痛み、想像してみてよ!」

「もう、そんなのはゴメンよ!」

 神楽さんは胸を抱えて叫んだ。

「そんなつもりじゃ」「なかったって!?」

 先取りされる。

「そういうのをエゴっていうのよ!! 学習しろバカ!」

 神楽さんの勢いに涙が飛び散る。

「…………」

「黙るのね」

 言葉の出なくなった僕に追い討ちする。

「もう消えてよ卑怯者! ここで黙るなんてやっぱり」

 僕は奥歯を噛む、胸から熱が込み上げる。

「一旦、話をしよう!」『パチン!!』

 今度は鋭い痛みが走った。確認すると頬が切れていた。

「卑怯者!!」

 叫ぶ彼女はしかし僕の様子を察するとその右手を見ていた。瞬間、ゾッとした素振りを見せると。

「その傷こそお似合いよ」

 神楽さんは早歩きに去っていく。

 僕は果てしない後悔と罪悪感の中で沈む夕日にたたずんでいた。

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