(8)なんで

「それは、独特だね」

 ドン引きを隠せなかったのが正直なところ。

「てことは趣味は読書とか?」

 痛い! スネを蹴られた。

「読書はそうだが言葉を選べ」

「今の話的に、言葉を選ぶ人種は苦手なんだろ」

 僕は足を抱えながら、リアクションとしてたじたじになってみせる。

「理解が早くて助かるよ」

「しかしせぬのは口の利き方よ」

 初めて軽口を叩いた神楽尚に。スっと真顔になって神楽さんを見る。どうやら俗なリアクションは不要だったみたいだ。

「そんなふうに笑うんだね」

 神楽さんの顔を見て、つられて僕も微笑んだ。

「笑うよそりゃ」

 ここでいきなり声のトーンを落とした。そうした神楽さんは言う。

「帰り道はどっち、私はそっち」

 そして指を指す。

「同じ」

「帰りながら話しましょ」


 僕はイヤな気分だった。

「私、明日になるまでに何かが欲しい」

 切な気な声だ。

「僕がプレゼントできるものなんてたかが知れていると思う」

「物じゃなくていいのよ」

 途中まで一緒に行こうと歩く、下校中の会話は少し浮世離れしている気がした。

「物じゃないって?」

「物じゃない、いいけど、明日も覚えていたいから」

 のあるものが欲しい。そんなふうに言ってしまう神楽さんは、真っ直ぐに僕の目をみていた。

 少しくすぐったかった。

 今一つ、思い浮かんだ案はすぐに消した。

「私の首にキスマークをつけてよ」

「え……」

 本当に脈絡がない。

「どうして」

 だって意味不明だったから。

「傷が欲しい」

 神楽さんの目は泣きそうだった。

「私おもうの、なんで私は人を忘れてしまうんだろう」

「覚えておきたい人だってこんな風に居るのに」

 その言葉が刹那的ではないことくらい。神楽さんに焼きついた言葉だってことは僕にだってわかるのに。

 なんで言葉がでないんだろう。

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