(6)高いヒール
「話す前に、座り直しましょう?」
神楽さんは僕とは正反対に冷静に思考できているようだった。それとも、平静を装っている言動なのか。
新たに座る位置を決めようと屋上内を見渡す間、僕は神楽さんの感情を気にしていた。あんなに充血するのには、どれくらいの激情に駆られる必要があるのかと、思うほどその目を見られずにいた。
「友達。に、母親から誕生日にヒールの赤い靴をプレゼントしてもらったことを、嬉しそうに話してもらったのよ」
そういう話があったらしい。僕たちは結局、フェンスに向かい合うようなかたちで隣り合って立ち話しをしていた。その話はいつ頃か、今日のことであることは間違いなさそうだった。
「でね」
「私は、聞いていて、とても無力な気分になったの」
このストーリーの語り口からは冷たい壁に囲まれたような孤独を感じられた。
「私、実は2日ごとに記憶を失う体質なんだ」
僕は思わず神楽さんの顔をみた。
「ホントよリセット、ってニュアンスが正しいのか、分かんないわ」
僕からの視線を横目に感じながら神楽さんは話続けていた。違ったことに気づく。少し鼻息が乱れている。呂律も少し。
未だ赤い目で神楽さんは呂律の乱れたまま、空を眺め続け思い出すように話し続けた。
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