奴隷のロリエルフにTS転生したらご主人様と先輩メイドたちから愛されすぎてます

月野 観空

第1話 無能、ロリエルフに転生す

「このクズがよぉ! 何回同じミスしやがったら気が済むんだ、このダボ!」


 そんな怒鳴り声と共に、ガッ、とデスクの足を強く蹴られる。

 苛立たし気な班長の声。刺々しい、オフィス内の雰囲気。何度目になるかもしれない、叱責。


「ええおい、聞いてんのか無納! この能無しやろうがよ、ロクに仕事もしねえで給料もらってんじゃねーよ死ねカスが!」


 罵声と共に、バシ、と頬を叩かれる。

 でもその痛みはどこか鈍い。叩かれた頬より、心の方がずっと痛い。


 班長に反論すらできない。正しいのは僕ではなく班長だ。都合三度目の、しかも同じミスとなれば、彼がここまで怒るのも無理はない。


「ちんたら仕事しやがって、おまけにミスばかりとかざっけんじゃねえぞ! みんな真剣にやってんのに、やる気あんのかテメェよぉ!」

「……」

「黙ってんじゃねえ、なんとか言えや!」

「……すみません」

「すみません、じゃねえんだよ! ああ? どうしたらテメェ、同じミスしないで済むわけ? その辺考えてんのかよおい。ああ? 聞いてんのかテメェ、耳ついてんのか!?」

「……ごめんなさい」

「ごめんなさいじゃねえ、改善案を出せってんだ! やる気あんのかボケナスがよぉ!」


 怒鳴りつけられ、さらに萎縮してしまう。

 言われている内容も理解できずに、口をつくのはひたすら謝罪の言葉ばかり。


 だけどこれだけは分かる。

 正しいのは班長で、間違っているのは僕の方なのだ。


 ――僕、無納むのう恭二きょうじは、その名に恥じぬほどに無能だ。


 だからこうしてミスをして、そのたびにいつも怒られる。どうすれば直るのかすら分からない。とにかく、僕は、仕事ができない。


「……はぁ。もういいよお前。とにかく修正しとけよこれ。ちゃんと直すまで家に帰るな」


 ばさり、と書類の束を机に置いて、班長がその場を去っていく。

 その書類の束をのろのろと開いて、指摘されたミスを必死で追っていく。だけどどんなに目を通しても、文字と数字の羅列がまったく頭に入ってこない。


 分からない。分からない。分からない、しか、僕にはない。


  ***


 結局、会社を上がれたのは24時を回る頃だった。

 班長には、「テメェのミスなんだから残業はつけんなよ」と言われたからつけていない。当然、残業代も発生しない。だけど班長の言葉ももっともで、自分のミスで発生した仕事時間でお金をもらうことなどあってはならない。それは道理が通らない。


 そんなことを考えながら、ふらふらと僕は帰り道を行く。

 疲労以上にのしかかってくる自己嫌悪と罪悪感で、視界は妙に朦朧もうろうとしていた。


 ――だからだろう、それに気づかなかったのは。


 突然、カッと白くなる視界。それに気づいて振り返った時には、もうすぐそこに大型の車が迫っていた。


 運転席の男性と一瞬、視線が交錯する。だがそれも束の間、激しい衝撃と共に、僕の体は……吹っ飛ばされたのか? とにかく、わけが分からない。世界がぐるぐると周り、激しい痛みが全身を苛む。


 そのまま視界は、ぷつんと暗転する。


 ――ごめんなさい、ごめんなさい、運転手の方、ごめんなさい。


 最後に僕が思ったのは、そんなことだった。


  ***


「――さい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 次の覚醒もまた、唐突だった。

 気づくと僕は、見知らぬ牢屋の中にいた。


 石造りの床と壁はくすんだ灰色。通路に面した側には鉄格子がハマっていて、いかにも太くて頑丈そうだ。

 そんな石牢の中、片足には鎖が繋がれたまま、僕は膝を抱えて座り込んでいた。口癖になった「ごめんなさい」を、何度も何度も呟きながら。


「ごめんなさ――え……?」


 その状況に気づいた時、僕は思わずそう呟いていた。

 いったいこの場所がどこで、自分がどういう立場なのか、それを把握することができなかったからだ。

 なんせ、最後の記憶は、眼前に高速で迫る車である。あの勢いでは、あのまま轢かれて、あっさり死んでしまっていることだろう。


 おずおずと、両手を見下ろしてみる。記憶にあるものよりも随分と小さく、細い手だ。そのまま身体を見下ろしてみても、そこにあるのはまるで子どものような、細い手足と短い体。


(これっていったいどういう……もしかして、いわゆる異世界転生、ってやつか?)


 まさかと思いながらも、そんなことを考える。

 そのままペタペタと顔を触ってみたところ……なんと、明らかに人間とは異なる、長い耳が生えていた!


(んんん!? え、いや、これってまさか、エルフの体ってことか!? す、少なくとも人間じゃないよな、この感じ!?)


 ネットとラノベと漫画で仕入れたファンタジー知識で、そんなことを考える俺。

 いやいやいやいや、そんなまさか、と思いながらも、そう考えた方が状況としては自然なのではないだろうか?


 突然置かれた状況に、軽くパニックになりながらも必死で頭を巡らせていると……不意にぶる、と体が震えた。

 この場所は地下か、あるいは半地下のような場所なのだろう。空気はどうにもひんやりと冷たく、少し肌寒いようだ。


 混乱してても尿意は覚える。牢内を見回してみれば、部屋の隅っこの方に便器があった。


(と、とりあえず、用を足してから他のことを考えよう)


 なんて思いながら、ぼろきれみたいなズボンを下ろす。

 そこで、僕の目が点になった。


(つ、ついてない!?)


 仮にも僕は、日本で生まれ育った日本男児というやつである。仕事はできない無能な男だったが、曲りなりにも股には一人前面したイチモツがぶら下がってはいたのである。


 それが、それが……なんとそこにはなんにも見えずに、毛すら生えてない、真っ平でつるんとした感じの丘がこんにちはしていたのである!


(え、エルフはエルフでも、女エルフ……いや、ロリエルフに転生したっていうことか!?)


 そんな風に、下半身丸出しのままぐるぐると目を回していると、


「へぇ、こちらがくだんのエルフですぜ旦那」


 そんな言葉と共に、鉄格子の向こうに見知らぬ男が二人、現れたのであった。

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