第26話 学園の事件

「今日からお世話になる、アレン・レイト・グレイスです。よろしくお願いします」


 目の前で静まり返った空間。


 俺はこれから生徒会の一員として活動することになったため、まずは軽く自己紹介をすることにした。


 生徒会のメンバーは全部で三人。


 生徒会長のエイダ、副会長のルーン伯爵令嬢、そして書記のリザラ。


 だが、彼女たちの視線はなんとも言えない、冷ややかさを含んでいた。


『なんでこいつがここにいるんだ?』という雰囲気がじわじわと伝わってくる。


 そう、彼女たちにとって俺は歓迎されていないのだ。


 まあ当然か。


 俺は悪名高いグレイス家の令息。


 家柄や過去の噂を考えれば、誰だって俺のような人間が生徒会にいることをよくは思わないだろう。


「あら〜、何故アレン君が生徒会のメンバーに加わるのかしら〜?」


 先に口を開いたのは、副会長であるルーンだった。


 長い黄色の髪が陽光を反射して輝き、吸い込まれそうな澄んだ瞳が俺を見つめている。


 さらに加えて、女性らしい豊かなスタイル。


 ルーンはどこか浮世離れした雰囲気で、男子学生たちの心を掴んで離さない存在だった。


「アレンさん、貴方は何で生徒会に?」


 続けて話しかけてきたのは書記のリザラだ。


 彼女は王国騎士団の次期隊長候補とされるほどの実力を持っている。


 どうやら幼い頃から剣を握ってきたらしく、その腕前は噂に聞く限り相当なものらしい。


 そんな彼女の冷たい視線に気圧されそうになるが、ここで怯んではこの先やっていけない。


 俺は少し落ち着いた調子で返事をする。


「俺はエイダにスカウトされて入っただけだ。まあ、実力があったからじゃないか?」


 そう言うと、リザラはやや不機嫌な表情で俺を見つめ、さらに問いかけてきた。


「それは本当ですか? では、私と一戦交えます?」


「ちょちょ、二人とも落ち着いて!」


 険悪になりそうな雰囲気に気づいたエイダが、慌てて二人の間に割って入る。


 エイダは生徒会のリーダーらしい冷静さと、どこか威厳を感じさせる物腰で場を収めようとしている。


「今は争っている場合じゃありません!私たち生徒会には解決しなくてはならない問題があるんですよ!」


「問題?」


 俺が問い返すと、エイダは真剣な眼差しを俺に向け、続ける。


「ええ、今この学園には不可解な事件が起こっているんです」


 不可解な事件という言葉に、俺の心は少し高鳴る。


 この生徒会のシナリオには、部活動の対立や各種の謎解きイベントがいくつも用意されていたはずだ。


 それもその一環だろうか、と考えていると、エイダがさらに説明を始める。


「学園の魔法庫にある魔法書が無くなっているのよ」


「ま、魔法書が無くなってる?」


「まあ、正確に言うと魔法書が一時的に無くなっているのよ」


 エイダの言葉に、俺はますます疑念を深める。


 学園の魔法書が消えるなんて、俺の記憶にあるシナリオでは、そんな出来事はない。


 しかも一時的に消える?


 単純な盗難事件ならまだしも、何か仕掛けられているのか?


「盗人が魔法書を盗んだわけじゃないのか?」


「私たちも最初はそう思ったんだけど、この学園はセキュリティが厳重だし、魔法のセンサーだって張り巡らされている。だから盗人が入れるはずがないのよ」


 エイダの説明に納得がいかない部分は多いが、確かにセキュリティの厳しいこの学園に外部の人間が侵入するのは無理だろう。


 だが、もし内部に協力者がいたり、高度な魔法を使える者が犯人だったらどうだろう?


 そう考え始めると、可能性が見えてきた。


「とりあえず、実際に見に行かないとわからないな」


「そうね、だから今回の事件、アレンに任せようと思っているんだけど、皆いいかな?」


 エイダがそう宣言すると、副会長のルーンと書記のリザラが苦い顔をする。


「アレン君にそんな大仕事を任せちゃって大丈夫なのかしら〜? ここは経験豊富な私たちに……」


「そうよ、まだ入ったばかりのアレンに任せられる仕事じゃないわ」


 ルーンとリザラは俺が事件を担当することに反対している。


 まあ、入ったばかりの俺にこんな大仕事を任せるのは、正直言って俺も荷が重い。


 するとエイダは微笑みながら、俺たちにその理由を話し出した。


「それはもちろん、魔法に関して極めているからよ」


「ま、魔法?」


 リザラは驚きの表情を浮かべて、エイダを見つめる。


「ええ、おそらく今回の事件は魔法が絡んでいると思うのよ。それで、魔法に詳しそうなアレンに任せようと思ってね」


 エイダの説明に、俺は納得せざるを得ない。


 もし今回の事件でトリックに魔法が使われているとしたら、その解決には魔法の知識が必要不可欠だ。


 生徒会のメンバーを見る限りエイダの判断が正しいだろう。


 リザラは剣士、ルーンは治癒魔法使い、エイダは剣と魔法の二刀流。


 そして俺は魔法を究めようとする立場にある。


 まさに適材適所というわけだ。


(なかなか見事な判断だな、これが生徒会長の器というやつか)


 エイダの的確な判断に感銘を受けながら、俺は彼女の決定を受け入れるために一歩踏み出した。


「いいだろう、俺がその事件を解決する」


「よし、ならこれで話は……」


「ちょっと待って! 私もアレンと一緒に事件を解決するわ!」


 エイダが話をまとめようとした瞬間、リザラが慌てて割って入ってきた。


 リザラの視線には、なぜか強い意志が宿っている。


「まだアレンは新米だし、私が一緒にサポートするから、同行させて」


 そう言ってくるリザラに対し、俺は少しだけ安堵の表情を見せる。


 確かにリザラの案内があれば、学園内の構造を把握するのも早くなるだろう。


「そうしてくれると助かる、俺もこの学園は広くて道が分からなくてな。学内の構図が分かっているリザラに案内してもらった方がいいだろう」


「それもそうね。じゃあアレンとリザラは今回の事件に取り掛かってもらうわ。そして私とルーンは別の用事があるから、そちらに集中するわよ」


「はーい、それじゃあアレン君、頑張ってね〜」


 そう言いながら、ルーンとエイダが生徒会室から出ていく。


 俺は横目でリザラを見ると、ちょっと睨まれている感じがするのだが、気のせいだろうか?


―――



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