第17話 東洋艦隊出陣
共和暦236年1月11日 ガロア共和国南東部 港湾都市マルソル
ガロア共和国本土の南東部に面する港湾都市マルソル。共和制が確立する以前よりガロア海軍の歴史ある軍港として栄えてきたこの街は、有史以前に落着した隕石のクレーター跡であり、その痕跡が円形の湾と、それを囲む山々として残されている。
その構造は山々そのものを城壁とした防御陣地を構築するための基礎となり、海軍創建時より砲台や海軍港湾警備部隊の駐屯施設といった軍事施設の増築と改修は繰り返されてきていた。そして湾内には数十隻の軍艦が錨を降ろし、出撃の時を待ちわびていた。
「提督、海軍総司令部より指示です。東洋艦隊は直ちに出航し、ゴーティア大陸南部に展開せし敵軍を殲滅せよとの事です」
大型艦の艦橋にて、一人の壮年の軍人は報告を受ける。鼻の上を横一閃に走る傷跡が印象的な彼の名はロドス・ディ・リ・バルミス。海軍中将の階級にある彼は、本土防衛を主任務とする主力艦隊、その一つである東洋艦隊の司令官だった。
「…ついに、我々の出番か。随分と長く待たされたものだ。ロガルめ、随分と長く待たせおって…」
「出航はいつ頃と致しますか?」
「2日後だ。それまでに空軍の『上』とも話をつけておく。今空軍に必要なのは『成果』であり、我々海軍には『手札』が必要だ。ヴァレスの愚か者の様に自らの戦功のみを優先して、自ら不利な状況を作るわけにはいかぬからな」
報告を受け、バルミスは指示を出す。海外州防衛艦隊の指揮官が犯した失態を再現するつもりは毛頭なく、そして海空軍の戦功の奪い合いをしている余裕もない事を彼は知っていた。
「…我が海軍も、そろそろ変革の時を迎える時か…私が艦上に立つ間には間に合いそうもないがな」
「提督…」
バルミスの悔いが籠もった言動に、艦長は悲し気な表情を浮かべる。今彼らのある旗艦「ロベスピエル」はコンスル級ミサイル巡洋艦の一番艦であり、艦体中央部甲板にはヘリコプターを搭載・運用するための飛行甲板と格納庫へ通じるエレベーターがある。
しかし、そのヘリコプターを管轄するのは空軍であり、海軍は独自に航空隊を持つ事は禁止されている。バルミスはその運用面における歪な状態を改善する事を主張する一派の一人だった。
そして今、我が軍は空軍に航空戦力を独占させた事による報いを受けている。エリス連邦近海へ展開させた潜水艦は、哨戒ヘリコプターを搭載したフリゲート艦に追い掛け回され、戦場では空母が洋上の航空基地となって高い打撃力を発揮している。国防委員会と軍総司令部では新たな戦略の見直しを開始しているというが、余りにも遅きに失しているとしか評する他なかった。
「…このまま、彼らに負けるわけにはいかない。万全の態勢で行くぞ」
この翌日、東洋艦隊は拠点マルソルを出航。一路、ゴーティア大陸南部へ向かい始めたのだった。
・・・
王国暦131年1月12日 ユースティア王国 首都キヴォトス 王国軍統帥本部
「偵察衛星ウジャト3の観測によると、6時間前にガロア共和国本土の港湾都市マルソルより主力艦隊が出航。針路を南東に取り、ゴーティア大陸南西部に向かっております」
海軍軍令部長を務める海軍大将の報告に、サカタ達王国軍統帥本部の面々は表情を青くする。歴史ある軍港マルソルを拠点とし、ミサイル巡洋艦6隻と巡洋艦6隻、駆逐艦8隻を主戦力とする東洋艦隊はガロア最強と名高い。中でもガロアの歴代国家元首の名を冠したコンスル級ミサイル巡洋艦は、強力なレーダーと最新の艦隊防空ミサイルを有し、その戦闘能力は我が方のギルガメッシュ級に比肩する。如何に空母機動部隊と言えども無傷で勝てる様な相手ではない。
「…狙いはエリス連邦への攻撃か?他の部隊の様子はどうだ?」
「現在、ゴーティア大陸西部のガロア共和国勢力圏内にある空軍基地では、航空機の展開準備と思しき作業の兆候が見受けられます。先の植民地艦隊との戦闘とは異なり、空軍と連携しての総攻撃を目論んでいるのでしょう」
「過ちは繰り返さない、という訳か。我が方はどの様に対処する予定だ?」
「はっ…現在、エリス連邦領内には第1航空団隷下の第301戦術飛行隊が展開。エリス空軍と共に防空任務に就いております。機種は全て〈イーグル〉であり、対空・対艦共に対応できます。海軍は第1航空任務群が展開中です」
「よし…星十字騎兵団の第31独立飛行隊も加え、十分な兵力で対応させろ。相手はあの東洋艦隊だ、決して侮るな」
斯くして、王国海軍第1艦隊に対して迎撃命令が発令。星十字騎兵団独立飛行隊に対して同様の命令が通達されたのだった。
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