第12話 カレタ島大空戦

正暦1030年12月28日 エリス連邦南部 カレタ島


 ゴーティア大陸の南部にある島、カレタ島。平時であれば多くの観光客が訪れるこの島には、エリス連邦軍の大部隊が駐屯していた。


 裕福な人々が私有のクルーズ船で屯する青い海には、エリス海軍の軍艦が多数展開し、上空には常に十数機の戦闘機が展開する。そして陸上部隊が複数の陣地を築き上げて守るは、一つのロケット発射台。


「間もなく、ユースティア製偵察衛星が発射される。この動きは当然ながらガロア共和国も把握している筈だ、諸君の使命は我らの生命に替えてでもこの発射を守り切る事にある」


 エリス陸軍高射砲兵部隊の指揮官は、無線通信で将兵達に述べる。エリス有数のリゾート地であるカレタ島にはもう一つの側面として、宇宙開発拠点の中心地というものもあった。ゴーティア大陸東部諸国は大陸間の通信をより円滑に行うために人工衛星を打ち上げており、宇宙開発の先進性では世界トップレベルと言われていた。


 特に今回打ち上げられるのは、ユースティア王国が以前より開発を進めていた軍事衛星で、高度な暗号通信や敵軍事施設の監視などを担うとされている。当然ながらガロア共和国にとってそれは驚異的な存在であり、先ず間違いなく打ち上げの阻止に取り掛かるだろう。


「さて、当のガロア空軍には戦略爆撃機以上の遠距離攻撃手段がないと聞くが、だからこそ防衛網はこうも厳重なんだろうな」


 そのカレタ島上空を飛ぶF-8C〈スターファイター〉戦闘機のパイロットは呟く。ゴーティア大陸より東に位置する大国フレデリキシアで開発されたこの戦闘機は、開戦後の連合軍に対する軍事支援で届いたばかりの新型機で、単純かつ軽量な構造により最高速度はマッハ2に達する。格闘戦能力も高く、軍事支援が本格化した11月ごろからの防空戦闘ではガロア空軍の〈ミラージュ〉戦闘機を圧倒していた。


「見ろ、北から新たな部隊が来ている。アレは…ユースか?」


『間違いない、ユースティア空軍の〈イーグル〉だ!どこの部隊だ?』


 新たに現れた戦闘機部隊に、多くの将兵が歓喜の声を上げる。ユースティア最新の主力戦闘機が加わるとなれば、如何に敵に『黄金鷲』がいようとも勝利は間違いないだろう。その〈イーグル〉の編隊の先頭、1番機のコックピット。


「ノストロージアから南へ2000キロ向かえなんて命じられて、まさかモニティアを再度攻撃するのかと思ったけど…」


 そう呟いていたその時だった。〈スカイミラー〉管制員より新たな通信が入る。


『スカイウォッチャーより各機、敵機の反応を探知した。間もなく大編隊で殴り込んで来るぞ』


・・・


 果たせるかな、〈スカイミラー〉の予報通り、ガロア空軍の戦略爆撃機の大編隊は複数の護衛機を連れてカレタ島へ突き進んでいた。その数はBr-28〈テンペスト〉戦略爆撃機が40機に、〈エクレル〉主力戦闘機や〈ティフォン〉要撃戦闘機が48機。


「これより迎撃作戦を開始する!歓迎しよう、盛大にな!」


 指揮官の号令と共に、上空に展開する16機の〈スターファイター〉はオーグメンターを焚いて急加速し、接近。一斉に空対空ミサイルを発射する。対する〈テンペスト〉は前衛に位置する8機の電子戦機型が主翼から無人航空機を射出。無線で遠隔操縦されるそれらは空対空ミサイルを別方向へ引き付け、啓開を試みる。


「と、そうはいかせないわ」


 とそこに、数機の黒い影。エリザベートら4機の〈ファルコン〉は逆落としを仕掛け、瞬時に電子戦機を叩き落とす。無人航空機による誘導の罠に引っかからなかったミサイルが次々と命中し、5機が爆弾を抱えたままカレタ島の青い海へ黒煙を引きながら墜ちていく。


『くそ、護衛機は何をしている!さっさと始末しろ!』


 爆撃機編隊の隊長が怒鳴る中、48機の護衛機は一斉にエリス空軍機へ攻撃を仕掛ける。たちまちのうちに空は敵味方が入り乱れる戦場となり、ミサイルと機銃が四方八方へ飛び交う。エリザベートら8機の〈イーグル〉も、燃料を使い切った増槽を切り離し、格闘戦に乱入する。


「キャバリエ各機、先ずは生き残る事を優先して!先程尾翼に黄金鷲のエンブレムが見えた、後ろは常に警戒して!爆撃機を全て叩き落とせれば、こっちの勝ちよ!」


『了解です、少佐!』


 佐官の階級も板についてきた身であるエリザベートは、即座に周囲から来る『殺気』を覚え、機体を手繰る。洋上では低空飛行で迫ろうとする〈テンペスト〉に対してエリス海軍のミサイル駆逐艦が応戦し、対空ミサイルや速射砲で撃墜していく。無論無傷ではなく、その隙を突いて護衛機が強襲し、ミサイルや機銃で損傷を与えていく。


「来たぞ、一歩も踏み入れさせるな!」


 地上の沿岸部では、対空戦車が23ミリ四連装機関砲や57ミリ高射砲、或いは地対空ミサイルで爆撃機を迎え撃ち、空中には大量の黒い花が咲き乱れていた。かつてワイバーンが空の王者であった時代は、魔法使いが攻撃魔法で対空戦闘を行っていたが、音速で飛び回るジェット機が主役の時代には時代遅れの産物と化し、こうしたレーダー照準で狙い撃つ対空砲やミサイルが対空戦闘の要となっていた。


 その遥か高空。エリザベートとマリヤの2機は敵護衛戦闘機を軽くあしらいつつ、敵爆撃機にダメージを与えていた。〈ティフォン〉も性能は〈スターファイター〉を凌駕しているが、その数は僅か8機と少ない。他の戦域への投入で稼働率が限界に達し、新たな整備用部品が届くまで共食い整備を行っていたからだった。


 その影響は、空戦機動の質にも現れていた。〈ティフォン〉1機に機銃弾が命中し、主翼より黒い煙の尾が引く。そして眼下に目を向ければ、護衛対象である〈テンペスト〉は殆どが撃墜されていた。


『金1より各機、敵増援を確認した。直ちに現空域より撤退せよ。これ以上の損耗は危険だ』


『了解しました、隊長…』


 命令を受け、護衛戦闘機の面々は撤退を開始する。北東からはユースティア空軍の戦闘機部隊が増援として駆け込んできており、ミサイルも機銃も撃ち尽くし、帰投する分の燃料しか残っていない身で戦える様な相手ではなかった。対するエリザベート達は、大量の残骸が漂う海面を見つめつつ、地上の作戦司令部と話し合う。


「キャバリエ1より地上司令部、敵機は撤退を開始した。これ以上の攻撃は不可能だろう」


『了解した。キャバリエ隊、そろそろ燃料が心配だろう?本基地への着陸を許可する。『特等席』もおまけしておくよ』


・・・


 午後、夕日が浜辺をオレンジ色に染め上げる中、1基のロケットが白煙を引きながら空へと向かう。それを地上の一角から見上げる者達。


「無事に、打ち上がりましたね」


 バーベキューで焼かれた肉と野菜の串焼きを片手に、マリヤは呟く。エリザベートも丁寧にナイフとフォークで皿に移しながら頷く。その所作はまさしく彼女が貴族令嬢だった事の証左であった。


「今回の人工衛星打ち上げによって、我が軍は空からの目を増やす事が出来た。来年からは戦争がやりやすくなるわ」


「そう、ですね…来年の人事、私達はどうなるのでしょうか?」


「さてね…でも、戦場でこうも多くの戦績を立てたんだもの。相当な規模になつと思うわ」


 二人はそう話しながら、宇宙空間に向けて飛翔していくロケットを見送った。

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