第11話 挟撃

正暦1030年/王国暦130年12月6日 モンテニア王国北部 ノストロージア郊外


 ノストロージア郊外の軍事施設に設けられた、ユースティア王国軍星十字騎兵団の前線司令部。ロイターは竜騎兵大隊の指揮官達を集めて会議を執り行っていた。


「現在、連合軍は戦線全域にて反攻を行っており、ガロア共和国軍は揺さぶりを仕掛けられている状態です。我が星十字騎兵団も先程になって漸く全部隊をここノストロージアへ展開出来たばかり…近郊の空港には第31飛行隊が展開済みなので、制空権に関しては今は心配しなくとも大丈夫です」


「となると、問題は戦線からどれだけの部隊が仕返しに来るのか、或いは西からどれだけの規模が来るのか、ですね…」


 幕僚の言葉に、ロイターは頷く。ガロア陸軍は戦線に9個師団を張りつけ、その後方に予備兵力として6個師団を置いた形にしている。特にモニティア王国以東の戦線で暴れ回った第5軍団の勇名は聞き及んでいる。よって戦線の維持も考慮して、最低でも2個師団で挟撃してくる可能性が高かった。


 それに対し星十字騎兵団の兵力は少ない。陸上戦力は歩兵大隊が3個、主力戦車を主体とした戦車大隊が1個、そして各種ヘリコプター16機。その他砲兵隊や偵察隊も含めて兵員数は1300人程度であり、1万近くの兵員と100両以上の主力戦車を持つ歩兵師団相手に戦うには厳しいと言えよう。


「だが、それについては間もなく解決するでしょう。現在第7騎兵師団が西進を開始しており、再編成った第4航空団も攻勢に参加しています。我らが楔となって要所を押さえたからこそ、友軍は派手に動けるようになりましたからね」


「この調子だと我らは、ここノストロージアで年越しを迎えそうですね。初日の出が見れる場所はありますかね?」


 幕僚の呟いた冗談に、何人かが失笑を漏らす。ロイターも口角を僅かに吊り上げつつ、新たな指示を出す。


「我が部隊はここを起点に敵部隊を迎え撃ち、友軍の到達を待つ。だが状況に応じて移動し、敵の計画を狂わせていく。我らは動き回ってこそ効力を発揮する部隊ですからね」


 そう指示を出しつつ、インカムのスイッチを入れる。通信先は空港に身を置く空軍部隊。


「エストシャリア少佐、少しばかり『挨拶』を頼みます」


・・・


正暦1030年12月7日 モンテニア王国北東部


「急げ急げ!急ぎユースティアの侵入者どもを叩きのめすのだ!」


 森林を東西にぶった切る形で整備された長大な街道を走る指揮車の車内で、師団長は叫ぶ。ガロア陸軍第9騎兵師団は、主戦場たる戦線の遥か後方を突いて来た星十字騎兵団を迎え撃つべく、街道を西進する形でノストロージアに向かっていた。


 騎兵師団の名の通り、装甲車両を騎馬に見立てた機械化歩兵部隊である第9騎兵師団は、136両のC-97主力戦車と408両のVCI-07装甲兵員輸送車で構成されている。軽戦車改造の対空戦車や自走榴弾砲も付随しているだけに機動力は高く、打撃力と戦線を自在に移動できる即応性から白羽の矢が立っていた。


「者ども恐れるな!敵は明らかに少数、我らを背後から襲うには力が足りぬ!あっという間に鎧袖一触に出来よう!」


 師団長は声高らかに言う。そうして西へと突き進む中、地平線の向こうから幾つもの機影が現れる。そしてその数秒後、部隊の先頭を突き進む戦車が数両、火柱に呑まれた。


「て、敵襲!」


 突然現れた敵機に対し、主力戦車の車上に身を乗り出していた戦車兵達は驚愕のまま目前の機関銃を操作し始める。しかしそれよりも先に、数発もの対戦車ミサイルが戦車群に襲い掛かっていた。


『命中を確認。被害は拡大しています』


 僚機の報告を聞きつつ、エリザベートは眼下の燃え盛る光景を見つめる。〈イーグル〉の主翼下には対戦車ミサイル6発が装備されており、8機で1個戦車大隊は壊滅させられる。そして後続には空母「イシュタル」より発艦した〈コルセア〉8機の姿。こっちは対戦車ミサイルを12発も搭載しており、加えて装甲車両を真上から貫く事の出来る30ミリ機関砲を有していた。


「すでに敵の航空戦力は掃討されている。一気呵成に攻め込め」


 隊長を先頭に、8機の〈コルセア〉は第9騎兵師団の車列に襲い掛かる。東の方からも対地攻撃装備を有する攻撃機の編隊が迫り、制空権を失ったガロア陸軍に襲い掛かる。


「くそ、迎え撃て!」


 街道を走りつつ、対空戦車は30ミリ機関砲で迎え撃つ。レーダー標準式の射撃管制装置による射撃は正確で、不運にも射線から逃れなかった〈コルセア〉に命中。黒煙を噴き出しながら旋回していく。だが直後に〈イーグル〉が対空戦車の射界外から20ミリガトリング砲を放ち、砲塔に無数の穴が開く。


「逃げろ、勝てるわけがない!」


「おい待て、敵前逃亡する気か―」


 思わず逃走を計った歩兵達を止めるべく、上官達は拳銃を引き抜く。が引き金に指を掛けるよりも先に機銃掃射が降りかかり、土埃が血しぶきを絡ませながら舞い上がる。もはやそこに精強な機甲部隊の面影はなかった。


「キャバリエ1より司令部、敵機甲師団主力は壊滅した。脅威レベルは下がったと見ていいでしょう」


『了解した。直ちに帰投せよ。デブリーフィングの後に重要な話がロイター司令からあるそうだ。ディナーはその後になるだろう』


 管制塔からの指示に、エリザベートはこれから何が待ち受けているのか、嫌な予感を抱くのだった。


・・・


ガロア共和国 首都ベルシア 第一執政官官邸


 ガロア共和国の政治と経済の中心である大都市ベルシア。この時間帯は夕日が街並みを赤く照らし出し、郊外の工業地帯で働く労働者達は各々、出身階級に応じた住居へ帰途に就いていた。その中心、白く輝く荘厳な建物の一室には、よどんだ空気が漂っていた。


「これは一体どういう冗談なのかね?」


 執政官官邸の執務室で、ソルネウス第一執政官はカーゼル国防委員長ら共和国軍上層部に対して問い詰めていた。理由は当然、ここ最近の連敗についてだった。


「我が軍は精強にして無敵…それが軍総司令部の触れ込みだった筈ではないのか?」


「…申し訳ございません。まさか、ユースティアが斯様な奇策を打って来ようとは…」


 カーゼルはそう答えつつ、内心で悪態を打つ。ゴーティア大陸北部海域は寒冷な海であり、この時期は分厚い氷で海面が覆われている筈である。それを突破してやって来るなど、軍の多くが想定していなかった。


 しかし、戦線を構築していた陸軍の1個師団が壊滅し、モンテニア王国の主要都市の一つが解放されてしまったのだ。当然ながらこれを責める声は多く、軍上層部は処分をどうするかで揺れていた。


「ともかく、此度の件は戦線が完全に崩壊する危機を招く事となる。直ちに対策を取れ」


「はっ…」


 そうして退室し、カーゼルは傍に控える軍人達と共に国防委員会庁舎へ戻る。とその途中、一人の将校が目前に現れた。


「カーゼル閣下、少しよろしいでしょうか?先程諜報部が、エリス連邦のカレタ島にある基地にて異様な動きを捉えたとの事です。あそこは確か、人工衛星輸送用ロケットの打ち上げ基地が建設されていた筈です」


「何?詳しい情報を集めてくれ、連中め今度は一体何を企んでいる…?」


 カーゼルは険しい形相を浮かべながら、足早に自身の職場へと急いだ。

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