第8話 ミケドニア海戦①

共和暦235年11月5日 ミケドニア王国カロボス市 カロボス港内


 青い屋根瓦の街並みが印象的な港町カロボス。その沖合には十数隻の軍艦が舳先を並べ、威容を見せつけている。


 その中の1隻、巡洋艦「アミラル・コタノス」はアミラル・バルス級巡洋艦の3番艦で、15.5センチ連装砲や『ミルグレス』艦対艦ミサイルを主武装とした大型水上戦闘艦である。就役から実に30年もの年月が経つベテランではあるが、長距離航海を想定した大柄な船体は使い勝手が高く、ミサイルの配備が進んだ10年前に近代化改装を実施。各種ミサイルの搭載やレーダー連動式対空機関砲の装備が行われた。


 その艦橋にて、ゴーティア海外州艦隊司令官のラモン・ディ・ヴァレス中将は受話器を片手に、海軍総司令官ラガロ・ディ・ファ・ロガル元帥より直接指示を受けていた。


『海上油田基地の破壊はあくまでも総攻撃の前触れに過ぎん。本命はこの後に来るだろうユースティア海軍の主力艦隊だ。ゴーティア海外州艦隊は直ちに出撃し、これを迎え撃て』


「了解しました、閣下。我が艦隊は空軍の連中よりも先に出撃し、これを撃破して見せましょう」


『良い意気だ、ヴァレス提督。バルミス提督が戦場に出ぬうちに勝負を決めよ。我らが執政官は来る大攻勢を待ちわびている。その計画を崩そうとする不届き者にせねば、我が海軍に栄誉はない』


「承知しております。我が伝統ある海軍の戦いぶりを見せてやりましょう。我が祖国に栄光あれ」


 通信を終え、傍に控える侍従がグラスに酒を注ぐ中、ヴァレスは艦長のグロー大佐に指示を出す。


「直ちに艦隊を出す。空軍が察する前に錨を上げるのだ!」


「承知しました、提督」


 共和国海軍の主力を成す西洋艦隊からの分遣戦力が増援として派遣されているゴーティア海外州艦隊は、巡洋艦2隻、ミサイル駆逐艦2隻、駆逐艦14隻の18隻を中心とする。さらにそこにフリゲート艦6隻やミサイル艇12隻も加えれば、数の面で敵を圧倒出来るだろう。敵は何らかの航空戦力を投じて攻撃力を増すだろうが、そんなものは対空ミサイルで十分に対応できるだろうと考えていた。


 斯くして翌日、ゴーティア海外州艦隊はカロボスを出航。空軍に一切の支援要請を出す事無く東へ向かい始めたのだった。


・・・


正暦1030年11月7日 エリス連邦西部沖合


 何処までも青い海ばかりが広がる洋上を、十数隻の艦隊が進む。艦隊旗艦を務める航空母艦「ティアマト」の戦闘指揮所CICでは、オオイシ達艦隊司令部の面々が情報を待っていた。


「間もなく、敵海軍の警戒網に入ります。恐らく水上艦だけでなく、潜水艦も用いて迎撃してくるでしょう」


「うむ…敵艦隊を捕捉次第、航空隊を出さねばな…」


 長らく自国の領海防衛を主任務としてきたユースティア海軍の規模は国力に比して小さい。だがそれも10年前までの話。ガロア共和国がゴーティア海外州における海軍戦力を増強し始めて以降、誘導兵器の超射程化も相まって、領海に入られる前に迎え撃つ積極的防衛アクティブディフェンスが主流となりつつあった。


 その象徴が二つ。2隻のフガク級ヘリコプター巡洋艦に挟まれながら進む航空母艦「ティアマト」は、今から8年前に就役したばかりの最新鋭艦で、〈ファルコン〉戦闘機をベースにしたNF-2〈シーファルコン〉艦上戦闘機とA-5〈コルセア〉艦上攻撃機を計24機搭載している。


 そしてもう一つは、前方に位置するミサイル巡洋艦「ギルガメッシュ」。新型艦対空ミサイルや対潜ミサイルの弾薬庫を兼ねている垂直発射装置VLSを採用し、新型三次元レーダーと射撃指揮装置もあって高い対応能力を誇る。まさしく艦隊決戦における『切り札』と言えよう。


「提督、先行偵察に出ていた警戒機より報告です。方位355より接近する艦船を捕捉したとの事。恐らくはガロア海軍艦隊だと推測されます」


「相手の方から動き出したか…直ちに艦載機を発艦させ、全方位より攻撃せよ。本艦隊も交戦距離に入り次第、SSMによる打撃を加える」


 命令が下り、飛行甲板は慌ただしくなる。甲板上で駐機していた艦載機にミサイルが搭載され、艦内で待機していたパイロット達は大急ぎで乗機へ乗り込んでいく。そして1機目がカタパルトと接続し、エンジン出力を上げていく。その主翼下には空対空ミサイル4発と『スカイオルカ』空対艦ミサイル2発の計6発。対する〈コルセア〉は自衛用の空対空ミサイル2発と『スカイオルカ』4発を装備し、対艦攻撃能力は高い。


「ジーク1、発艦する」


 コールの後、発艦を開始。カタパルトの力を借りて舞い上がった24機は敵艦隊へと向かい始める。この編隊がガロア艦隊の対空監視レーダーに捉えられたのはこの10分後の事であった。


「敵航空戦力、複数方向より接近中!数は約20、速度は時速1000キロ以上!」


 旗艦「アミラル・コタノス」の艦橋に付随するレーダー室より直接報告が上がり、ヴァレスは指揮官用座席の上で唸る。


「性能は〈ファルコン〉と同等か。だが20機程度では話にもならんな。全艦対空戦闘用意!1機も生きて逃がすな!」


 命令を受け、艦隊を構成する36隻は対空戦闘の準備に入る。その距離は凡そ40キロメートルであり、敵機の速度も考慮すると、完全な防御態勢を敷くのに十二分なタイミングだった。が、それは相手の攻撃手段が『爆弾のみ』の場合だった。


『目標、捕捉完了』


「ジーク1より各機、攻撃開始せよ」


 命令が発せられ、先行して進む〈シーファルコン〉より一斉に『スカイオルカ』空対艦ミサイルが放たれる。その数は実に32発。その弾数はレーダー員を仰天させるに十分たる数だった。


「て、敵機よりミサイルが一斉発射されました!数は30以上…!」


「何…!?」


 膨大な数のミサイルが迫りくるという、想定すらしていなかった攻撃にヴァレスも愕然の表情を露わにするしかなかった。その中で一番に対応できたのは2隻のブレタン級ミサイル駆逐艦だった。


「アグダフを放て!敵のミサイルは飛行機よりも遅い、狙えば墜とせる!」


 「ブレタン」艦橋にて艦長は命じ、即座に対応が取られる。ブレタン級ミサイル駆逐艦は数年前に配備が開始されたばかりの最新鋭艦で、艦首側に10センチ速射砲を2門、艦尾に『アグダフ』艦対空ミサイル連装発射機を1基装備している。巨大な球形のレドームが特徴的なDRBV-24対空監視レーダーで海面を這う様に飛翔するミサイルを捕捉するや否や、2発の『アグダフ』艦対空ミサイルを発射。別方向から迫りくるミサイルに対しては毎分78発の連射速度を誇る10センチ単装速射砲によって弾幕を叩きつける。


 だが、一度に対応できる数は四つまで。やっと4発の『スカイオルカ』を撃墜した頃には、10発ものミサイルが突破していた。しかも新たに32発の空対艦ミサイルが迫ってきていた。


「「ブレタン」と「プロヴェンセ」の対空砲火、抜かれました!ミサイル10発近くがこちらに来ます!」


「くそ…!撃ち落とせ!」


 命令を受け、「アミラル・コタノス」の主砲塔が旋回し、その上部に設置されている『マレ・トネル』艦対空ミサイル発射筒からミサイルが放たれる。しかしミサイルの雨を防ぐには余りにも非力であった。

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