第6話 星十字騎兵団

王国暦130年10月17日 ユースティア王国アビドス州キザ郊外 陸軍キザ駐屯地


 この国には、一つの言葉がある。


 『ユースティアで兵士になれるのは100人に一人。しかし兵士から将軍になれるのは5人に一人』


 かつてゴーティア大陸を脅かした魔王の軍勢を祖とする王国軍は、種族がゴブリンであろうとも一定の能力を有して戦士になる事を求めた。魔王軍の兵士とは一人一人が卓越した技量を持つ戦士であり、同時に様々な魔術を用いる魔導師でもあるからだ。


 その伝統と実力主義に則った志願基準は、武器が剣から銃に移り変わった後も尚受け継がれ、むしろ銃火器や多様な兵器を操作するのに学識と身体能力を根拠とした技量の高さが要求される様になったため、この国で兵士になろうとするならば、文字通りの文武両道を征く者でなければいけなかった。


 しかし、能力によって求められる立場が変わりやすい以上、入隊後の昇進・降格は激しく、平時でも40代を迎える前に将官の地位に立つ者は珍しくなかった。二等兵として入隊した者も、他国であれば士官学校を経て40代で到達できる階級たる少尉に30代以前でなるケースもあった。


 シロコ・オグラ陸軍伍長もまた、その中の一人だった。犬の特徴を外見に有する亜人族が一つ、コボルト族出身の彼女は、18歳で陸軍に入隊。僅か2年で下士官にまで実力でのし上がってきていた。ヒト族の召喚者を父に持つが故にコボルトの特徴は耳と視力のよい目に限られていたが、それを差別の基準をするほどユースティアの価値観は劣っていなかった。


「いや~、まさか第2歩兵師団から引き抜かれるとは思ってもみなかったよ。しかも女性兵士ばかりだしさ」


 駐屯地の慰安施設である食堂の一角で、ホシノ・ハールス陸軍曹長は呑気そうな様子を崩さずに呟く。その隣には彼女の妹であるユミリ・ハールス陸軍伍長の姿。向い合せの席に座るシロコの隣には、彼女とユミリの同期であるノノミ・ネフティシア陸軍伍長の姿があった。


「何でも、最新鋭装備を主体とした機械化歩兵部隊を、統帥本部直轄部隊として運用するらしいですよ。兄が色々と教えてくれました」


「ノノミちゃんは耳が早いねぇ~流石はネフティスのお嬢様」


 ホシノの言葉に、ノノミは苦笑を浮かべる。彼女はアビドス州の経済基盤を成す大企業ネフティスグループの経営者一族出身で、陸軍の装甲車両や火砲、ミサイルなどは多くがネフティスグループ製であった。この駐屯地も、ネフティス傘下の建設企業が建てたものである。


「空軍や海軍からも、同様に腕利きを引っこ抜くそうです。上からの情報では戦線全域が行動範囲となるそうですが、多分南をメインに戦う事になりそうですね」


「ん、どうしてなのユミリ?」


「先のサウスリターン作戦にて、連合軍は大陸南部を集中攻撃し、戦力の大半を喪失しました。我が国とエリス連邦はその穴埋めのために軍を投入するでしょうが、ガロア側も同様に、これを好機とみて大陸南部に相当量の兵力を送り込むはずです。その際『嫌がらせ』で進撃を遅らせるのが手っ取り早いでしょう」


「んで、その『嫌がらせ』を担当するのが、件の直轄部隊という訳か。こりゃ思った以上に長い旅になりそうだねぇ~」


 ホシノがそう呟きながらコーヒーをすする中、シロコは数人の男女が入って来るのに気付く。


「ん…あの人達、空軍じゃない?」


「本当ですね…もしかして、マリヤ殿下に『女騎士』ではありませんか?」


「私達と同様に、直轄部隊にスカウトされた人達、という訳でしょうね…ご苦労な事です」


 各々がそう呟く中、シロコはじっと、食堂で席を探している空軍兵士達を見つめるのだった。


・・・


王国暦130年10月31日 ユースティア王国東部 港湾都市エリドゥ郊外 王国陸軍エリドゥ駐屯地


 2週間後、4000名程度の将兵が港湾都市エリドゥの郊外にある駐屯地に集められていた。彼らの背後にはこれまで見た事の無い装甲車両や回転翼機の姿もあった。


「こうして統帥本部からの招集に応じ、この駐屯地に来てくれて感謝する。改めて自己紹介しよう…本日付けを以て統帥本部直轄特別機動部隊、戦略機動打撃群ストライクパッケージ『星十字騎兵団』の指揮官に任命されたアルバート・ロイター海軍少将だ」


 ロイターは集まってきた者達に対して名乗り、説明を始める。


「『星十字騎兵団』は陸軍諸兵科混成部隊と、空軍1個独立飛行隊で構成される統合任務部隊であり、訓練課程の都合上本格的な作戦行動は12月からとなる。現在王国軍は陸軍6個師団を戦線に投入し、これ以上の東進を阻止する方針で動いているが、戦線を西へ押し返すためには相手の後背を崩さねばならない。その主役となるのが我々だ」


 陸軍には元々、参謀本部直轄部隊として水陸両用作戦を担う海兵旅団と、空挺作戦を担う空挺旅団が存在している。それとは別に旅団規模の特殊部隊を編成するという事は、戦略規模で打撃を与える方策が考案されたという事だろう。


「また、本部隊には基本的に海軍の作戦支援が加わる。今君達の背後にある装甲車両と航空機も、揚陸艦での運用を前提に開発されたものだ。近々海軍と空軍が反撃の嚆矢を放つ事となっている、その後に我らの出番が来るだろう」


 ロイターはそう話し、改めて語り掛ける。


「諸君には1か月で様々な訓練課程をこなしてもらい、万全の態勢で備えてもらう。絶対に勝つぞ」


・・・


同日 エリドゥ飛行場ハンガー


 ロイターが陸軍将兵に対して、星十字騎兵団の概要を説明したその30分後、港湾部から北の位置にある飛行場にはエリザベート達空軍将兵の姿があった。エリドゥ飛行場は海軍航空隊と空軍第202飛行隊が共用する飛行場で、空には常に数機の戦闘機が展開している。


「数年前より、トリニティア・エアロクラフトでは〈ファルコン〉の後継となる最新鋭戦闘機が、召喚者中心のチームで開発されていたんですよ。んで今回、漸く実戦配備が開始されたばかりなんです」


 技師はそう言いながら、一行に『それ』を紹介する。それは〈ファルコン〉より一回り大きい双発ジェット機で、戦闘機としてかなり大柄な機体の様に見えた。


「F-5A〈イーグル〉戦闘機。全長は19.4メートルと〈ファルコン〉よりデカいですが、フレームなどの材料にチタンやミスリルなどを用いた合金を採用し、カーボン・セラミック複合材も利用する事で空虚重量は〈ファルコン〉と同程度になっています。エンジンにはターボファンエンジンを採用し、最高速度はマッハ2を優に超えます」


 技師の説明に、思わずエリザベートはにやける。この機体であれば、〈ティフォン〉に一矢報いる事が出来る筈だからである。


「固定武装は25ミリガトリング砲を採用し、連射速度を落とした代わりに命中精度と1発当たりの威力を上げています。〈ティフォン〉などこれで一ひねりに出来るでしょう。ミサイルは最大8発搭載可能で、対艦ミサイルやレーザー誘導爆弾も搭載可能です。あらゆる敵に対処できるでしょう」


「…成程。ここまで期待されている以上は、勝たないといけませんね大尉…いえ、今は少佐でしたね」


 マリヤに声をかけられ、エリザベートは苦笑いするのみだった。


 この1週間後、空軍部隊は戦時昇進したエリザベート達の下で運用開始。早速ガロア軍に対してその真価を発揮する事となる。

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