第5話 敗北を超えて
王国暦130年10月16日 ユースティア王国西部アビドス州 キザ空軍基地
開戦から1か月が経ったこの日、基地の正門に1台の自動車がやって来る。トヨタのメガクルーザーに似ているそれは正門に辿り着くと、運転手は守衛に身分証を見せる。
「どうぞ、お通り下さい」
「ありがとう」
車はハンガーの前に辿り着き、一人の男が降りてくる。その男は魔族特有の黒い角を切り落としており、その跡は白い肌も相まってよく見えた。そしてハンガーへと歩いていき、作業をしていた整備士の一人に話しかけた。
「そこの君、少し聞きたい事があるんだがいいかい?」
・・・
「ここに戻ってこれたのは、たったの6名か…」
基地司令室にて、グランド少将は呟く。作戦に参加した48名の戦闘機パイロットのうち、生きて帰ってこれたのは4名。加えて1名は帰還途中にて機体が墜落し、さらに1名は戦闘中に負った負傷が悪化し、治癒魔法の甲斐なく基地内の軍病院にて死亡。文字通りの『壊滅』だった。
「新たな指示は追って伝える。先ずは休んでくれ…しかし、ユースト少尉が無事に生き残って良かったよ。エストシャリア大尉には感謝しかないな」
「いえ…本官もあの戦闘を生き延びるのに必死でしたので…失礼します」
司令官室を後にし、4名の生存者は廊下を歩いていく。とゴブリンの整備長が複雑そうな表情でやって来る。その背後には段ボール箱を抱えた数人の整備士達の姿。
「ん、ちょうどいいところに来たな。すまんが大尉、手伝ってくれないか?20人もいなくなっちまったからな、遺品とか色々と何とかしないといけなくてな…」
「…了解しました、中尉。大尉、皆さんを手伝いましょう」
「ええ…」
小さいため息をつきつつ、エリザベート達は整備士達とともに、遺品の整理と運搬を行い始める。飛行隊の隊長を務めた中佐さえも戦死し、更衣室にはたった4名のパイロットと十数人の整備士ばかり。完敗と言って差し支えなかった。
「…大尉、これから軍はどうするのでしょうか」
「少なくとも戦後、軍務大臣と空軍上層部は首がすげ替わるわね。1個航空団が文字通り吹き飛んだとなれば、作戦責任者個人に罪を押し付けるには余りにも被害が大きすぎるもの」
段ボール箱へ様々なものを仕舞う中、エリザベートはボルツ中佐のロッカーから一つの小箱を見つける。結婚指輪を収めるそれは、作戦が終結した後に恋人にプロポーズする際に用意していたものだろうか。
「…エストシャリア大尉、ユースト少尉。作業が終わってからでいいんで、応接室の方にお願いします。なんでもお二方に用事があるそうなんで…」
整備士の一人が話しかけてきて、エリザベートは僅かに首を傾げた。
・・・
「ようやく来ましたか、待っていましたよ」
更衣室を後にしたエリザベート達が応接室に入ると、そこでは一人の魔人族の若い男が、ネクタイを整えながら話しかけてきた。
「では改めまして…王国軍統帥本部より参りました、アルバート・ロイター海軍少将です。此度は王国軍統帥本部直轄の特別機動部隊について、お二人を引き抜きに参りました」
ロイターの言葉に、二人は揃って眉を顰める。彼は軽く咳ばらいをしてから喋り始める。
「エリザベート・ド・エストシャリア空軍大尉。正暦1000年生まれ、シャリア王国エストシャリア州出身。正暦1010年のガロア共和国侵攻により亡命し、王国暦118年に王国空軍に入隊。現時点での戦果は戦闘機11機撃墜、爆撃機6機を地上撃破。亡国のご令嬢が遠き東の国にて撃墜王として活躍ですか…中々に大変な経歴ですね」
「…それについては否定は致しません」
エリザベートがそう答えると、彼はその隣に目を向ける。見つめられた側の表情は硬い。
「マリヤ・イズ・ユースト空軍少尉。王国暦110年生まれ、ユースティア王国キヴォトス出身。父は現国王ペテル2世陛下、王位継承権7位。王国暦128年に王国空軍士官学校に入学し、去年卒業。今年第4航空団に配属され、現時点での戦果は戦闘機6機と爆撃機5機を撃墜し、爆撃機4機を地上撃破。中々に素晴らしい戦果です」
「…お褒めに与り、光栄です」
称賛を置いて、ロイターは本題に入る。それはこの基地を訪れた目的だった。
「此度の大損害を受けて、統帥本部は戦略を大幅に変更する事となりました。先ず陸軍は3個師団を戦線へ追加投入し、海軍も大々的に動員します。そして空軍は腕利きのパイロットを集め、新型戦闘機を主力とした打撃群を編成。文字通り戦線を動き回り、敵軍に打撃を与えます」
そこまで語り、エリザベートは彼に尋ねる。
「どうして私達もスカウトの対象に?」
「あの『黄金鷲』と戦って生き残った、数少ない戦闘機パイロットだから。今はその事実だけで十分でしょう。近々、お二方には昇進命令が下され、自動的に打撃群へ移る事となります。このアビドスの陸軍部隊からも、同様に優れた将兵がスカウトされている事でしょう」
ロイターはそこまで語り、そして最後にこう言った。
「我が祖国の存続のため、お二方の助力を我々は望みます」
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