第3話 モニティアを巡り

共和暦235年10月6日 ゴーティア大陸南西部 モニティア王国ボドバ


 ゴーティア大陸の南西部にある国、モニティア王国。そこは現在ガロア共和国の支配領域に置かれており、赤い屋根瓦の街並みが特徴的な港町ボドバには多くのガロア陸軍兵士が屯していた。


「大尉どの、此度の攻勢はオデたち第56師団の出番じゃないんすか?なのに何故、オデたちはこの街の警備に駆り出されているんすか?」


 街中の港を一望できる事で有名な酒場にて、農奴出身の歩兵はひどい訛りと共に疑問をバレンにぶつける。彼らの上官たるバレンは安物のタバコを吹かしながら、ウィスキーの入ったグラスを手に取りつつ答える。


「『上』のご都合、って奴さ。『黄金鷲』がモニティアの空を奪った事に対抗心を燃やして、第5軍団がご自慢の101騎兵師団と交替させろと司令部に文句を言って来たのさ。人参将軍は当然反対したが、結局は押し切られちまったのさ」


 自分達の上官であるゾールデスト将軍は陸軍少将であり、軍団長を務める陸軍中将相手には流石に階級の面で分が悪い。しかも第5軍団司令官はガロア建国時より貴族として政治と軍事に貢献してきた侯爵一族で、伯爵の出であるゾールデストは家名の点でも劣っていた。


 『ガロアの民は皆平等』とは政府のうたい文句の一つだが、王様という分かりやすい専制支配者が存在しないだけで、実際には貴族・騎士・平民・農奴の階級が存在している。共和制政治も貴族・騎士・上流平民が出馬する選挙に多くの平民が投票するから成り立つのであって、元老院議員も選挙で代替わりするとはいえここ100年近くは世襲を選挙活動で合法化しているに過ぎなかった。


「まぁ、このまま兵力を遊ばせておくわけにはいかないから、第56師団はここモニティアの守備に回されたんだがな。特に戦線には精鋭の部隊をぶつけるってんで、西部軍管区や本土の部隊を回してきているそうだ」


「成程…しかし大尉どの、いい店っすねここは。本土にゃ絶対こんな店には来れませんよ」


 兵士の一人は呟く。本土では酒場というものは貧乏貴族や平民のたまり場の様な場所であり、農奴には酒精に酔って不満を紛らわせる自由はなかった。故にこうして軍への『物納』に応じる農奴は多かった。歩兵になれれば平民と同じ暮らしを兵役期間中に過ごせるからだ。


「しかし、あの坊主ハーモニカ上手っすね。この街の住人みたいっすけど…」


「軍政を担当してる奴からの話だと、通りで商店を開いていたとこで預けられてるんだそうだ。両親は墜落したモニティア軍機に家ごと潰されたそうでな…」


 バレンはそう言い終えると、1曲吹き終えた少年に近寄り、100ドロク硬貨を1枚投げ渡す。酒場の店主曰く、毎日ここでハーモニカを吹いて、自分達占領軍からチップを受け取っているそうだ。


 席に戻ったバレンは再びハーモニカの演奏を耳にしながらグラスを手に取り、窓に広がる海を眺めながら、グラスのウィスキーを煽った。


・・・


王国暦130年10月10日 ユースティア王国西部アビドス州キザ キザ空軍基地


 空軍基地の会議室に、数十名の兵士達が集う。そんな中、エリザベートは隣に座る少女に声を掛ける。


「そう言えば少尉、ちょくちょくノートに何か書き込んでいるけど…一体何を書き込んでいるのかしら?」


 問いに対し、少女は答える。一時もノートから目を離さずに。


「…大尉。小さい頃、御伽噺を読んだ事はありますか?勇者が活躍した御伽噺を…」


「…」


 勇者に倒される側だった魔王の末裔たる少女の問いに、エリザベートは複雑そうな表情を浮かべる。と、そこに指揮官たる第4航空団長のエリック・グランド少将がやって来る。一同は直ぐに起立し、敬礼で出迎える。


「総員、傾注せよ。これより我が第4航空団は連合軍との混成作戦に参加し、モニティアを奪還する。モニティアは現在ガロア共和国軍が占領しており、戦線に対する物資供給の中継地点となっている。この国を奪還し、戦線を崩壊させる事が出来れば、我らゴーティア大陸諸国は独立主権を守る事が出来る」


 そう語るグランド将軍の意気込みは高い。文字通りの決戦が待ち受けているからだろう。説明は続く。


「無論、その間空いた穴は、東部方面航空軍より分遣される戦力で補完される。彼らに手間を取らせないうちに勝ってここに戻るぞ。出撃時刻は2200、夜のうちにエリス連邦スパルタへ移動する」


『了解!』


 一同は敬礼し、会議室を後にしていく。その最中、隊長のボリス中佐はエリザベートに声を掛ける。


「お嬢さん、『お姫様』の扱いには慣れてきたか?」


「ええ、まあ…しかし、彼女も随分と物好きな方ですね。わざわざこうして戦場に立たなくとも…」


「大尉はもう少しゴシップを読んでおいた方がいいぞ。ユースト少尉、貴族でさる名家から求婚を求められていてな、それを避けるために軍に入ったそうだ」


 ボリスの説明に、エリザベートはうんざりそうな表情を浮かべる。憲法や様々な法律にて社会階級が形骸化した今もなお、貴族は自らの価値を保つべく、高貴な血を求めた。


 科学技術と同様に社会に様々な恩恵をもたらす魔法は、魔力の高さによって使えるモノが増える。特に魔王の血を受け継いだ者は尚更であり、王位継承権の低い者を嫁として出迎え、彼女に優秀な継嗣を生ませる事が出来れば、家としては儲け物だろう。


「…まぁ、こうして戦時に突入し、貴族は何かしら国家存続のために貢献しなければならないんだ。件の家も手を出す余裕は無いだろう。だからこそ大尉、ちゃんと少尉を守ってやれ」


「了解です、中佐。中佐も武運を」


・・・


10月13日 モニティア王国東部空域


 3日後、第4航空団の面々はユースティア本土より西に2000キロメートルの空にあった。第201飛行隊を構成する24機の〈ファルコン〉以外にも、第205飛行隊に属する〈ファルコン〉24機の姿もある。


『現在、連合軍が陸と海で展開し、攻勢を先んじて始めている。空は我が国とエリス含む4カ国の戦力が勢ぞろいだ。航空機の動員数は戦闘機だけでも96機、まさしく総力戦だな』


 早期警戒管制機からの通信が入り、エリザベートは愛機のコックピット内で頷く。


『よし…皆、掛かるぞ。作戦開始―』


『待て…警告!方位013より複数の機影!速度はマッハ2、これは…〈ティフォン〉だ!』

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