第1話 ガロア共和国
共和暦235年9月17日 ガロア共和国 首都ベルシア
ゴーティア大陸の北西にある島々。そこが世界で最も優れた軍事力を持つと言われるガロア共和国の本土だという事は殆どの国が知るところであった。その首都ベルシアにて、市民は歓喜に湧いていた。
「号外、号外!評議会がゴーティア大陸解放戦争の宣言をしたよ!」
市内を新聞配達員が駆け抜け、号外の新聞をばらまく。市民達はそれを手に取り、戦争が始まった事を知る。すでにカフェではテレビ放送で開戦を知った人々が、軍の勝利で歓喜に湧いている。
「ついに始まったな…」
その首都の中心部、第一執政官官邸ではこの国のトップであるガストル・ディ・リ・ソルネウス第一執政官が報告を受けていた。その背後には数名の閣僚と軍人の姿。
「我が軍はすでに大陸各地の国・地域に対して先制攻撃を行い、西ゴーティア海外州と国境を接する国全ての無力化を成しております。さらにその奥部にある国・地域に対しても爆撃を敢行しました」
「これを受けて、大陸東部の国々は連合軍を称して抵抗を開始。ですが我が軍の精強なる兵力を前にすれば、全て蹴散らせることでしょう」
「うむ…所詮は唯一の神を信じぬ失敗作どもばかりの烏合の衆。我らの敵ではなかろう」
第一執政官は満足げな様子で呟く。そして軍人達は退室しつつ、廊下を歩いていく。その中で国防委員長を務めるユリウス・ディ・カーゼル陸軍大将は部下の一人に尋ねる。
「…ユースティア方面に展開させた爆撃部隊が大損害を負ったというのは本当か?」
「はっ…爆撃機5機を撃墜され、キザの爆撃に失敗したとの事です。キザのネフティス社を破壊出来ず、彼の国に混乱をもたらす事は出来ませんでした…」
部下がそう答え、カーゼルは小さく舌打ちを打つ。この国が未知の世界に転移して30年。その節目を栄光で飾るべく始められた戦争にて、軍総司令部が最も警戒する国がユースティアであった。
彼の国は凡そ80年前、ゴーティア大陸から東の位置にある大国との戦争を機に、国家の近代化を押し進め、ゴーティアでも有数の大国へと発展していた。その技術力の高さは凄まじく、高精度な工業製品は内外から高い評判を得ているという。無論軍事力についても同様で、ガロア共和国が『解放戦争』を始めた20年前の時点で、ジェット戦闘機を配備していた。
故に、国防軍総司令部はゴーティア大陸全土をガロア共和国の手で統一する計画を立てる際、純粋な物量差で相手を捻じ伏せられる様に、10年という期間をかけてゴーティア大陸方面の部隊編成と、それを支える装備の充実に注力していた。陸軍4個軍団に空軍3個航空師団の配置がその証左であり、戦時突入以降は他の軍管区から部隊を抽出して展開を進めている。
「だが、ユースティアとの戦争は手古摺る事は織り込み済みだ。与しやすい国を優先で占領し、戦線を押し込むのだ。それと…確か空軍が精鋭の第55連隊を現地に展開していたな?」
「はっ…新たに編成された第10航空師団の精鋭である第55戦闘攻撃飛行連隊…通称『
「いや…彼らはシャリアの親衛第1戦略砲兵師団の守備に当たらせる。何も優秀な部隊は黄金鷲だけではないのだからな」
「はっ…」
二人はそう会話を交わしながら、自分達の戦場である国防委員会庁舎へと赴いていく。
この日、ガロア共和国最高評議会と元老院は『ゴーティア大陸における文明の浄化とガロア民族単一での統一を目的とした戦争』を許可。実質的な宣戦布告に多くの国が震え上がった。
・・・
ゴーティア大陸西部 前線基地
「大尉どの、我が軍は快進撃が続いておりますね」
基地の敷地内を移動する車の上で、後部座席に乗る士官は部下の兵士からそう話を掛けられる。東部軍管区の主力を成す第14軍団、その中の一つである第56歩兵師団は3個歩兵連隊と1個戦車連隊を基幹とする自動車化歩兵師団であり、その名の通り自動車を用いた迅速な展開を売りとしている。
国境に面する国々を僅か1日で下し、戦線は東へ移動している。その戦線を維持しているのは1個戦車連隊と1個歩兵連隊で構成された戦闘団であり、彼らはその歩兵連隊に属していた。
歩兵の大半と工兵連隊は、この基地から東に50キロメートルの地点にある塹壕と陣地の構築に勤しんでいるが、彼らの場合、最前線へ物資を送る基地の警備を任されている。如何に占領を速やかに終えられたとはいえ、敵軍の残党が内陸に潜んで復讐の機会を狙っているからだ。
その残党を狩るべく、空軍も動いている事は、上空を通過する4機の攻撃機が物語っている。と大尉がそれを見送っていると、兵士の一人が話しかけてきた。
「そう言えば大尉、ユースティアに爆撃しに行った連中が殴り返されたそうです。なんでも腕利きの戦闘機にボコボコにされたとか…」
「黄金鷲の連中が好みそうな連中だ。アイツらは弱い者いじめよりも、同格の腕利きと空で殺し合うのが一番の空戦だと物語っている連中だからな」
違いないですね、と部下が返す。と、目の前を数人の将校達が歩いていくのが見える。そこで大尉は運転手に「止めろ」と指示を出した。それに相手も気付き、鉤鼻と
「バレン大尉か。先の攻勢での貴様の率いる中隊の活躍、聞いている。今度の作戦でも活躍を期待しているぞ」
「はっ…ゾールデスト閣下に我ら中隊の活躍を知って頂き、光栄の至りであります」
敬礼しながら返事をし、第56歩兵師団長エルギス・ディ・ゾールデスト陸軍少将は鼻を鳴らしつつその場を後にしていく。それを見送りつつ、ナポレオーネ・バレンは小さくため息をつく。
「…人参侯爵におべっかを使うのも大変だ。将官以上の階級を独り占めしたがる割に、
「仕方ないですよ。ここ10年で規模がまるで変ってしまいましたから」
ゴーティア大陸の西半分を事実上の植民地として10年。拡大した国土を軍事力で統治するには軍隊そのものの規模を拡大する必要があり、ガロア共和国は支配階級である貴族や騎士に対し、何かしら物理的な貢献をする様に法律で定めた。
それに対し貴族は、小作人として所有している農奴を強制的に志願させる『物納』の手を取った。ガロアにおいて農奴とは、農業や畜産業などの第一次産業のみならず、貴族や騎士が『資産』として所有する企業・工場の専属作業員でもあり、労働力として使える程度に知恵を与えている。故に兵士に『転用』する事が出来るだけのポテンシャルはあった。
バレン率いる歩兵中隊も、7割は
とはいえ、バレン自身野心が全くない訳ではない。軍での立身出世が果たせれば、家族に対して様々な余裕をもたらせるからだ。ゴーティア出身の妻子にかかる負担に比べれば、上官からの無茶ぶりなどどうという事は無かった。
「陣地が完成するまで、まだ1か月はかかる。今はただ、自分達の出来る事をやるだけだ」
バレンはそう言いながら、胸ポケットから出した1本のタバコを咥えた。
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