プロローグ キザ空襲

 30年も昔、私はただのお嬢様だった。


 立派なお屋敷で、綺麗なドレスや装飾品を身に纏い、何人もの侍従を従えて何不自由ない暮らしを送っているのがお似合いな、いわゆるテンプレ通りのお嬢様だった。ゴーティア大陸西部にある祖国シャリアはかつて魔王を倒した勇者が打ち建てた事で有名で、その中でも公爵の爵位を授けられる程のいい家が、私の生まれた場所だった。


 病気に罹ったとしても、魔法使いの力を借りれば治せる程に裕福で、欲しいものは直ぐに手に入る生活。生まれた頃からそれが私にとっての当たり前だった。父は広大な土地を治めるのみならずシャリア最強の騎士団を率いる団長で、大陸東方の魔族達が治める国に対して連勝無敗を誇っていた。


 それが全てひっくり返ったのは10歳の夏の頃。昔から神話にて『この世界は様々な場所から島が流れ着いて出来た』と語られており、国や地域が異なる世界から現れるなんて事は珍しいものではなかった。ただ大陸の西側に現れた国は、ゴーティアの文明で手に負える程のものではなかった。


 ガロア共和国は転移直後10年の防衛戦争を経て強大な軍事力を手にし、周辺の地域を植民地として呑み込んできた。その侵略の手はゴーティア大陸にも伸び、シャリア王国は多くの国々と共に立ち向かった。


 そこから先は、没落まであっという間だった。前から父を妬んでいた叔父がガロアに寝返り、私は家を出て東へ逃れるしかなかった。父の率いる騎士団は叔父の密告によって集中攻撃を受け、壊滅した。国が亡ぶ原因の一つとなった叔父は膨大な資産を元手にガロアへ鞍替えを目論んだが、屋敷は爆撃の目標とされ、叔父の一族も『悪しき王政の象徴』として見せしめにされた。


 そうして私が逃れた先が、『魔族の国』ユースティアだった。その国はかつて勇者に敗れた魔王の子孫が、魔族やヒト族で友好的な者達とともに築き上げたものであり、大陸の中では最も先進的だった。ゴーティア大陸から東の地にある国との争いを機に、王家が様々な改革を行った結果だった。


 私は18歳の誕生日を難民キャンプで迎えた後、王国軍に志願した。この頃ガロア共和国は『解放戦争』の名目で周囲の国々を侵略しており、ユースティア王国はこれを警戒していた。ガロアにおける『解放』とは、一神教を信じるガロア人のみの楽園を侵略した地に築き上げる事であり、亜人族を含む他の人種と様々な宗教を排除する事を是としている。あらゆる種族が共に暮らすユースティアの在り方とは正反対であり、負けるわけにはいかなかった。


 空軍に入隊し、3年の薫陶の日々を超えて、私は戦闘機パイロットになった。かつて竜が支配していた空は鋼鉄の怪鳥が舞い上がる戦場となり、私は日々西の空で、領空侵犯を試みるガロア空軍の偵察機と対峙する事となった。


 それから9年と少し、祖国シャリアの言葉よりもユースティアの『異邦人』由来の言葉が身に沁みついて来た頃。戦争が始まったのは秋の始まりを告げる風がアビドスの砂漠を撫でる頃の事だった。


・・・


王国暦130年9月16日 ユースティア王国西部アビドス州 キザ市郊外


 キザの郊外にある空軍基地、その一室で一人の女性がコーヒーをすすっている。そこに一人のエルフの男性が話しかけてきた。


「エストシャリア大尉、何か居心地が悪くありませんか?」


 エルフの士官の言葉に、エリザベート・デ・エストシャリアは眉を顰める。そして彼の視線が向かう先を見て、言いたい事を理解した。


 テーブルの一角にて、一人ノートを読む少女。陶磁器の様な白い肌にルビーの様な紅い目、そして銀色の髪の合間から覗く、短く整えられた2本の角。この国においてそういった特徴を持つのは、王家に身を連ねる者だけ。


「…彼女はいわゆる『新入り』よ。普通王族は名誉職という形で15歳で入隊するけど、彼女はそのまま正式に入隊し、今年空軍少尉として赴任してきたの。隊長から聞かなかったの?」


「それはそうですが…王女様をこの様な最前線に立たせるなんて、余りにも危険すぎやしませんか…?」


 エルフの士官の言葉に、エリザベートは小さくため息を吐き出す。まるで呆れかえる様に。


「…貴方、ここアビドスを悪く言うの、ほどほどにしておいた方がいいわよ。以前陸軍の兵士と空軍兵士が喧嘩になって、魔法が飛び交う程の規模になったのだから」


 そう言葉を返し、エリザベートは全てのコーヒーを飲み干しつつ、チラリと時計を見やる。と直後、サイレンがけたたましく鳴り響き、全ての兵士の身体が動いた。


『スクランブル、スクランブル!現在西方より国籍不明機が多数出現し、領空を侵犯。こちらに向けて接近している事をレーダーサイトが通報してきた。第201飛行隊は直ちに出撃し、国政不明機に対する警告を実施せよ。なお相手が攻撃を仕掛けてきた際は直ちに反撃に移れ』


 分かりやすい指示が下り、パイロット達はハンガーで整備が完了している機体に乗り込んでいく。


「大尉、武運を期待しとります!」


 ゴブリンの整備長が声をかけ、エリザベートは笑みを返しつつヘルメットを被る。この基地に配備されているF-4C〈ファルコン〉戦闘機はトリニティア州の企業が開発した主力戦闘機で、2基のターボファンエンジンを搭載する事に寄り最高速度はマッハ2に達する。武装は8発の空対空ミサイルが中心であり、格闘戦もこなす事が出来る。


 その〈ファルコン〉はこの基地に24機配備されており、エリザベートはキャバリエ隊の隊長であった。滑走路に辿り着くや否や、管制塔と交信を行う。


「キャバリエ1、離陸する」


 オーグメンタを焚き、機体は全長1000メートルの滑走路を駆け抜ける。そうして揚力を得て浮かび上がり、西の空へ向かう。そして後ろを振り返ると、2機目の〈ファルコン〉の姿。


『こちらTACネーム『レイヴン』、離陸完了しました』


「来たわね、ユースト少尉。これからキャバリエ2として付いてきてもらうわよ」


『了解』


 2機は空中で編隊を組み、他の編隊と共に西へ向かう。と目前に十数もの機影が見えてくる。


『国籍不明機を捕捉。数は大型機が8、護衛と思しき小型機が8…ガロアの戦略爆撃機だと…?』


 動揺する暇もなく、警報が鳴る。これは、相手が火器管制レーダーで狙って来た事の証左―。


「っ、全機散開!撃ってくるわよ!」


 操縦桿を倒し、回避機動を実施。直後に向こうより幾つものミサイルが飛来し、各機は大きく身を翻してミサイルの追尾を躱す。そうして攻撃を躱したエリザベートは、一気に加速して距離を詰めると、敵戦略爆撃機の周りに位置取る護衛戦闘機へと狙いを定める。


「フォックス2」


 主翼下より2発の『スパロー』空対空ミサイルを放ち、数秒後に命中。間髪入れずに真上を2発の空対空ミサイルが通過し、敵戦略爆撃機の主翼を捉えた。


『キャバリエ2、ボギー1撃墜スプラッシュ


「見事よ、少尉。相手の反撃に注意しつつ、的確に大物を狙いなさい。護衛機は私が相手するわ」


『了解、キャバリエ1』


 2機は軽やかに舞い、敵機に攻撃を仕掛ける。護衛戦闘機は三角形の主翼が特徴的なデルタ翼機であり、超音速での旋回能力は高い。が、機動力では〈ファルコン〉も劣っておらず、エリザベートは一気に2機を撃墜。護衛が減った隙を突く形でキャバリエ2が戦略爆撃機に攻撃を仕掛け、ミサイルで主翼をへし折っていく。


『メーデー、メーデー!敵戦闘機に手練れがいるぞ!』


『くそ、まだ爆弾を投下してないというのに…!』


 相手は16機という大軍で仕掛けてきていたが、護衛の練度は迎撃側より劣っていた。エリザベートが5機目の護衛機を叩き落とし、僚機が4機目の爆撃機を撃墜した時、敵残存機は撤退を開始していた。


『敵機、撤退を開始』


「よし…キャバリエ2、良くやった。いい腕だったわ」


『ありがとうございます、大尉』


 斯くしてこの日、ユースティア空軍はガロア空軍の爆撃部隊と交戦し、護衛機7機と爆撃機5機を喪失。ユースティアの勝利に終わる。


 だが、この空戦は全ての始まりの合図に過ぎなかった。

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