第8話 橋梁下で待ち合わせ

日が徐々に傾く頃、煕は自転車で璃乃と待ち合わせの場所に向かった。

メッセージで交換してすぐに会おうとなったのは今回が初めてだった。

 高校の制服があまりにも汗だくになったため、汗臭い匂いも気になって、煕は、バックの中に忍ばせて置いた水色のシャツに着替えた。ズボンはそのままだ。特にこれと言って何か予定があるわけじゃない。ただ単に会いたかっただけだ。まだ誰もいない橋梁下、涼しい風が吹いていた。待ち合わせ場所に早く着いた。あたりをキョロキョロを見渡しても璃乃らしい人はいない。階段を椅子代わりに図書館で借りていた本を読み始めた。川のせせらぎを聴きながらの読書は心穏やかにさせた。


 璃乃は、テニスサークルの活動を終えて、制汗剤スプレーと制汗タオルで体を拭いた。女子であるゆえ、匂いには敏感だ。臭いって思われたどうしよう。持ち歩いていた小さい小瓶の香水も少し体に振りかけた。


「これでよし!」

 

 荷物をまとめて、更衣室を後にした。

 斗煌は、璃乃と話せなかったのが悔しくて、1人になったところを見つけて、後ろから着いて歩く。どこへ向かうのかなと声をかけずにずっと尾行し続けた。ほかの女子から嫌な視線を璃乃に浴びせたくなかったからだ。自分のモテ具合も分かったうえで行動している。


 煕と待ち合わせした璃乃は心躍っていた。今日はどんな話をしようかな。ハシビロコウの最新情報でも取り交わそうかなと歩きながら、スマホをチャックする。歩きスマホは良くないと思いつつ、チラチラと前を向きながら、煕とのメッセージを確認する。まだ交際相手にはなっていない。友達以上恋人未満。いずれ恋人になれるといいなと思いながら、淡い恋心を感じていた。まだ彼女になる自信はない。璃乃は緊張しながら、待ち合わせ場所の橋梁下に向かう。後ろから静かに斗煌は着いてきていた。



 川沿いの階段に1人黙々と読書をする煕を見た。そばには煕の自転車が置かれている。


「隣いいですか?」

 

 璃乃は本を読んでいた煕の右隣から声をかけた。ドキッとした煕は息をのむ。知らない人から声がかかったと思った。じっとよく見ると璃乃だということがわかる。璃乃も声をかけるのに勇気を出して、照れている。自分から声をかけるとはドキドキするなっと改めて感じた。


「はい。ど、どうぞ」

「何、読んでいるの?」

「えっと、ミステリーです」

「え? 他人行儀?」

「あ、ごめんなさい。ミステリー本の東野圭吾さん好きなんで……」

「別に、何、読んでてもいいよ。話し方が知らない人みたいな言い方だった」

「えー、そんな。だって、菅原さんが声かけてきたから」

「声かけちゃだめだった?」

「あー……あははは」


 煕は何だかおかしくなって笑い出す。一緒になって璃乃も笑い出す。楽しそうな空間が広がっていた。

遠くの影から斗煌は2人の様子を見つめる。あの二人は付き合っているのか。友達なのかといろんな妄想を掻き立てる。もう声をかける勇気はなくなった。その場から立ち去った。


 璃乃は、堤防を歩く斗煌の後ろ姿を見つけた。なんでこんなところにいるのだろうと不思議に思った。


「どうかしました?」

「ううん。なんでもない。あのさ、名前で呼ばない? 私のことは璃乃で、幸田くんは煕って呼んでいい?」


 早く距離を縮めたくなる璃乃はどんどん先走る。その発想にそこまでしていいのかなと顔を赤くして照れていた。


「え? あー……いいんですか。菅原さん結構気にいってましたけど」

「嘘、良いから。名前で呼んでよ。ね、煕くん」

「あー……。恥ずかしい」

「可愛い」

「ちょっとやめてもらえませんか」

「よしよし」

 

 璃乃は煕の頭をなでる。腕をガシッとつかむ。バカにされたみたいで少しイラッとした。そんなイライラしていても、煕は強気で顔を見合わせる。


「え、怒った? ごめんね」

 

 額と額を合わせて、顔を見合わせる。イライラまだしてるのかと申し訳ない気持ちになった。

 煕は無意識に璃乃に口づけた。そんなつもりはしてなかった。ふと顔を離して、自分がした現実をありえないと思った。爽やかな風が吹きすさぶ。唐突のまさかの出来事に2人は鼓動が早まった。


「あ、すいません。すいません。間違えました」

「ま、間違ってない。問題ないよ」


 璃乃は煕の想いに応えるように口づけた。


「ありがとう」


 手をぎゅっと握って、確かめる。煕は璃乃のことが好きだったと改めて分かった。璃乃の隣は心地が良い。安心する。自分が自分でいられる。ただただ、川沿いで隣同士手を繋いで夕日が沈むのを眺めていた。


 川に反射して映る月が綺麗だった。

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