第9話 学生食堂の静かな動揺

ざわざわとにぎやかな学生食堂で箸が止まった。

大学の昼休みに璃乃は友人とともに食堂に来ていた。


「璃乃? 大丈夫? 箸とまってるよ」

「……あ。ごめん。ぼっとしていた。あまりも美味しくてさ」

「え? 200円学食が?」

「いやいや、こんなコスパ良すぎでしょ。とんかつ、キャベツ千切りに味噌汁、小鉢にごぼうサラダ、白ごはんって……。マジ、神だわ」

「た、確かに安くてうまいし、ボリュームあるけど、限定80食だからね。後から来た人は550円払わないといけないけどさ」

「…………」


 また璃乃の手が止まる。昨日の煕との出来事を思い出すだけでぼんやりとしてしまう。ご飯が無くても胸がいっぱいだ。

水川茉理子みずかわまりこは、大学での同じ選択科目の友達だ。なんでも話せる友人の1人でもある。

「ねぇ、本当に何かあったの?」

「え? いや別に……何もないよ。このとんかつってヒレカツかなロースカツかな?」

「そんなのどっちでもいいわ」


 黙々と食べ始める璃乃のもとに1人の男性が声かける。がやがやと食堂は騒がしかった。


「璃乃さん、昨日はごめんね。ありがとう」

「え、あ?! うん。坂本くん。ありがとう」

「えー、璃乃、坂本くんと接点あったの?」

「うん、テニスサークルで一緒で、ね? 昨日ダブルスでペア組んでさ」

「嘘、坂本くんと? ちょっと、坂本くん。大丈夫? 璃乃で本当に大丈夫だった?」

「ちょっと茉理子、なんでそんなこと言うのよ」

「だってぇー……」

「大丈夫も何も、僕は璃乃さんと一緒にペア組みたかったから声かけたんだ。迷惑だったかな?」


 眉をさげた坂本のビジョンはキラキラしていた。璃乃は慌ててフォローする。2人のことをじっと茉理子は見つめていた。


「全然全然! 問題ないよ」

「そっか良かった」

 すぐにご機嫌になる坂本の表情を見て、璃乃の胸にきゅんとささる。こんな自分を相手してくれるなんて申し訳なくなる。ふと、璃乃は、トレイの横の手元を見た。


「あ、メッセージ通知だ。ごめんね」

 スマホにピロンと通知が来ると席を立つ璃乃がいた。その姿を見て、坂本はがっかりとした顔をした。隣にいた茉理子はしっかりと見ていた。


「ねぇ、坂本くん。もしかして……——」

 茉理子は坂本に問い詰める。璃乃は笑顔で煕に電話をかけていた。メッセージの返事するだけでよかったのに、電話をかけたくなった。煕もちょうど昼休みだったらしい。坂本の目をよそに璃乃の心が満たされていた。


 食堂の200円学食が売り切れの札が出されていた。

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