第7話 ジェットコースター
日曜日の朝、たまきは鏡の前に立ち、何を着ようかとしばらく悩んでいた。
動きやすいジーンズも良いけど、やっぱり少しは華やかさを出したい。しばらく迷った末、たまきはスカートを選ぶことにした。
今日は、近藤とのデートなのだ。
シンプルな白いシャツに、花柄のロングスカートを合わせ、普段、大学にはつけていかないピンク色のリップを唇にのせる。
最後に、鏡の前で前髪を整えて、ニコッと笑うたまき。
壁にかかった時計を見ると、もう家を出る時間で、慌ててバッグを持って、家を出た。
遊園地にはカラフルな観覧車や回転するコーヒーカップが並び、どこからか子どもたちの笑い声が聞こえてくる。賑やかな雰囲気の中、近藤とたまきはそびえ立つジェットコースターの前に立っていた。
やがて順番が来て、二人は並んで座った。安全バーが閉じられると、緊張が走る。コースターは一気に上昇し、たまきの心臓が高鳴る。頂上で一瞬の静けさが訪れ、次の瞬間、急降下が始まった。
「きゃーー!!」
たまきは思わず叫び声を上げ、バーを掴む手に力がこもる。左右に激しく揺られ、強い風を受けながら、コースターは猛スピードで進み続けた。
ようやく止まったコースターから降りると、放心状態のたまきは、近藤を見る。同じく放心している近藤と目が合い、二人は思わず笑い合った。
叫びすぎて少し疲れたたまきは、近藤に休憩を取ろうと声をかけた。
二人はベンチに腰掛け、それぞれ異なる味のアイスクリームを楽しむことにした。たまきはチョコレートソフトを選び、近藤はバニラソフトクリーム。たまきの目には、近藤のアイスが特別においしそうに映った。
「ひと口ちょーだい」
たまきは近藤にねだる。
「ん」
近藤が自分のを差し出すと、たまきはそのアイスをひと口食べ、満足そうに微笑む。
「おいしい。そっちにすればよかった」
「じゃ、はい」
近藤は、自分のとたまきのを交換した。
「いいの?」
「俺、チョコも好きだし。ジェントルマンだし?」
「ふふっ。ありがと」
たまきは近藤の優しさに嬉しくなる。
バニラソフトを頬張りながら、たまきはしみじみと言う。
「なんかさ、こうやって一緒に出掛けるの久々だよね」
「それは真紀がカズキとばっか会ってるからでしょ」
近藤は少し拗ねたように言う。
「そんなこと……」
たまきは反論しようとしたが、近藤はすぐに続けた。
「あるある。カズキが一番。俺は二番」
「そんなことないって。ただ家が近いし、相談に乗ってるっていうか」
「サークルでも会ってんのに、何話してんの?」
「うーん……いろいろ?」
「俺の悪口とか?」
「たまにね」
「マジかよ、ショック」
「嘘、嘘、するわけないじゃん」
二人は軽口を交わしながら顔を見合わせ、笑い合った。
たまきは、久しぶりに感じる心地よい空気に包まれていた。やっぱり彼といるのは楽しい。自然と笑顔になれるし、心が静かに満たされていくような感覚があった。
その後も二人はウォーターライドで水しぶきを浴びては笑い合い、お化け屋敷ではたまきが近藤の袖を握りしめながら声を上げた。そして観覧車では、広がる夜景を眺めながら、言葉以上の思いを共有しているように思えた。
遊び疲れた二人は帰りの電車で肩を並べ、心地よい疲労感に包まれながら眠りに落ちていた。窓の外はすっかり夕暮れの色に染まり、遠くのビル群が柔らかいシルエットを描いていた。
電車がガタン、と停車駅で揺れた瞬間、たまきは目を覚ました。周囲を見渡し、まだ降りる駅ではないと確認すると、再び目を閉じようとした。その時、ふいに視界の隅に隣の近藤のスマホが映り込む。
無防備に置かれたそのスマホの画面には、新しいメッセージが表示されていた。
アッキーナ【この前は楽しかったね♡♡ また行こうね♡♡】
たまきの胸に、突如として冷たいものが広がった。体温が一気に奪われるような感覚に、思わず息が詰まりそうになる。笑い合った数時間前の記憶が、遠いもののように思えた。その文字の並びが放つ親密さが、彼女の心に鋭く突き刺さる。
眠っている近藤の顔は穏やかで、無防備だった。
たまきは、心の中で湧き上がる動揺を必死に押し込めようとした。
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