第6話 怪しい

 カフェの窓際に座るたまきは、少し硬い表情を浮かべて、目の前の近藤と向き合っていた。短髪で、素朴な雰囲気をまとった彼は、真剣な表情で口を開く。


「ほんとあれは誤解だからさ」


 しかし、たまきの視線は、疑いの色を隠せない。

 数週間前、街角で偶然目にした光景が、胸の奥でチクリと痛み続けているのだ。近藤と知らない女性が腕を組んで歩いている姿。それは、まるで恋人同士のように親しげだった。


「酔って腕組まれただけだよ。何もない。誓って何もない」


 近藤の声は真剣そのものだった。彼の目も、まっすぐにたまきを見つめている。それでも、たまきの心はすぐには納得できなかった。


「ほんとに?」

「ほんとだって。うちの大学のやつに聞けばすぐわかるよ。ただのサークル友達。っていうか同期ってだけだから」


 たまきは無言のまま、テーブルに目を落としていた。

 グラスの中で溶けかけたアイスコーヒーの氷が、静かにカランと音を立てる。


(ただの友達……? でも女の子の方はそうは思ってないかも。腕組まれてちょっとは嬉しかったりした? 心が揺れた? そんなことない? あんな笑顔、他の子に向けちゃってさ……)

 

 心の中では、思いが溢れ出る。でも、どの言葉をぶつければいいのかわからなかった。

 すると近藤は、たまきの手をそっと握った。


「真紀、信じて。好きなのは真紀だけだから」


 その優しい声に、たまきの心はほだされていた。「信じて」と「好き」という言葉はずるい。彼の言葉を信じていいのか、まだ迷いは残っていたけれど、近藤の真剣な表情に、たまきは小さくうなずいて言う。


「うん、わかった」


 近藤が微笑み、たまきも微笑みを返した。

 窓から差し込む夕日が、たまきの顔に薄い影を落としていた。



      ◇     ◇     ◇     ◇     ◇   



 テニスコートでは、サークルの活動がいつものように進んでいた。まだ強い日差しがコートを照らし、ラケットで打ち合う音が軽やかに響く。

 たまきは、コートの隅でボール拾いをしていた。耳にはボールの弾む音とメンバーたちの楽しげな声が交じり合い、いつもと変わらない日常が流れている。

 ふと、たまきが視線を上げると、コートの端では、ちなと稲垣が楽しそうに話している姿が目に入った。ちなは笑顔を見せ、稲垣も優しい眼差しを向けながら二人は話しており、親密さが目立つ。


「ねえ、あの二人怪しくない?」


 同じくボールを拾っていたのぞが、たまきに近寄って来てささやいた。


「え? ああ。ね、なんかね」


たまきは、曖昧に答えた。


「付き合ってんの?」


 のぞは興味深そうに聞いてくる。


「いやー……」

 

 たまきは、合宿での二人の姿が頭をよぎるも、言葉に詰まった。

 するとすかさず、かおるんが会話に割り込んできて、勢いよく声を上げる。


「付き合ってんの!?」

「え!?  知らないよ。知らない、知らない」


 たまきは手を振りながら、急いで否定する。


「なんだ~」


 かおるんは肩をすくめ、ちょっとつまらなそうに「ちぇっ」という顔をする。


「安東―! 相手して」


 その時、コートの向こう側から山口の声が響いた。彼はラケットを軽く振りながら、のぞを呼んでいる。


「はーい!」


 のぞは明るい声を上げると、勢いよくラケットを手に取り、山口の前に向き合った。

 二人が打ち合いを始めると、その様子を見ながら、かおるんがニヤリと言う。


「なんだかんだ、あの二人だって怪しいよね~」

「そう?」

「そうそう。合宿の時だって二人で話してたし」

「そうなんだ」


 かおるんの発言に、たまきは軽く驚きつつも、へぇーという風につぶやいた。

 のぞと山口の打ち合いは鋭く、スピード感に溢れていた。



 練習帰りのたまきは、自宅マンションの駐輪場に自転車を止めた。前カゴからカバンを取り、何気なくスマホのホーム画面を確認する。

 すると、Kazukiからメッセージが届いていた。


【マジ何様だよ!?】

【ウザすぎ】

【キモ】

【死ね!!】


荒々しい言葉の連続に、たまきは胸の奥がずしんと重くなった。

たまきはスマホの画面を見つめたまま、深いため息をついた。






 



 



 

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