第4話 合宿②

 すぐそばのコートでは、のぞと稲垣ペアが、ゆりゆりと山口ペアとの白熱した試合を繰り広げていた。ボールが高速で行き交い、両者一歩も譲らない激しいラリーが続く。

 緊張感が漂う中、周りは息を呑んで試合の行方を見守っていた。

 たまきは、試合をじっと見つめているかおるんの隣に立ち、一緒に試合に見入った。


 稲垣がサービスエースを叩き込み、試合の流れを一変させる。その瞬間、稲垣は汗で光る額を拭うことも忘れ、全身で喜びを表現した。


「っしゃ!」


 彼は勢いよく叫び、ガッツポーズを決める。

 山口は悔しそうな表情を浮かべていた。


「ガキさん、かっこい~」


 かおるんは、まるで恋する少女のように、夢見心地でつぶやいた。


 試合は稲垣の連続ポイントが決まり、ついに稲垣とのぞのペアが勝利を収めた。

 周囲からは大きな歓声が上がる。

 稲垣は隣ののぞと力強いハイタッチを交わし、のぞの笑顔も誇らしげで、彼の達成感を分かち合うように輝いていた。




 夜が更けると、広場にはキャンプファイヤーの暖かな炎が揺らめいていた。火のパチパチという音と共に、煙の香りが漂い、夜空には星が瞬いている。火の周りにはサークルメンバーたちが集まり、それぞれがビールやチューハイを手にしながら、賑やかな声で笑い合っていた。


 ゆりゆりは試合で負けたのが相当悔しかったようで、いつも以上に酒を飲んでいた。顔を赤く染めた彼女は、甲高い声で男性の先輩に絡んでいる。


「ガキさん強すぎません? あんなの絶対取れないし!」

「うん、うん、そうだね」

「私弱かったですか? 弱くないですよね? ねえ!?」

「うん、強かったよ、強かった」

「じゃあなんで負けたんですか!?」

「それは向こうがもっと強かったわけで……」

「じゃあ、私が弱いってことじゃないですか! もうやだ!」


先輩も、もうやだなというような顔で苦笑していた。彼女の激しい反応に対して、どう言葉を選んで慰めれば良いのか困っている様子であった。



 一方で、たまきはスマホを片手にそそくさとその場を離れた。騒がしい広場の喧噪から逃れるように、広場の隅の方へそそくさと歩いていく。

 人気のない、街灯が小さく電話ボックスを照らしているそばで、たまきはスマホの画面を見つめて短く息をつくと、そっと電話を掛けた。



 キャンプファイヤーの前では、のぞと山口が軽い会話を交わしていた。今日対戦した二人は、試合を振り返っている。


「マジで二人、強かったよなぁ」


 山口が少し悔しさを滲ませながら言う。


「すいません、勝っちゃって」


 のぞは謙虚に笑ったが、その顔はちょっぴり誇らしげだった。


「テニスは、いつから?」

「中高テニス部でした。県大会止まりですけど」

「それでもすごいよ」

「ぐっちさんとガキさんは同じ高校なんですよね?」


 のぞが尋ねると、山口は少し照れくさそうに笑った。


「そう。中学もね」

「ずっと一緒なんですね」

「腐れ縁ってやつ? まあ俺が追っかけてんのかな。いつか追い越してやるって思ってんだけど、なかなかね」

「いい友達なんですね」

「腐れ縁、腐れ縁」


 山口はそう言って笑い、のぞの方に話題を振った。


「安東たちも仲良いよな。5人」

「同じ学部なんで」

「英米だっけ?」

「よく覚えてますね」

「じゃあみんなペラペラってわけだ」

「いえ全然! ゆりゆりは小さい頃にアメリカ住んでてペラペラですけどね」


 そう言ってのぞがゆりゆりを見ると、彼女はすっかり酔いつぶれて寝てしまっていた。


「あ」


 のぞはそんなゆりゆりの姿を見つけると、そばに駆け寄る。

 山口も後を追った。


「ゆりゆりー?」


 のぞが声を掛けながらゆりゆりの肩を軽くゆすった。

 山口も心配そうにのぞき込む。


「上川、大丈夫かあ?」


 ゆりゆりは完全に酔い潰れてしまっていて反応はない。のぞは少し困ったように、山口に向かって言う。


「部屋に連れて帰ります」

「そうした方が良さそうだな」


 のぞはゆりゆりを起き上がらせようとするのだが、ゆりゆりの体は、すっかり力が抜けているので重い。


「手伝うよ」

「すいません。ゆりゆりー、部屋行くよ」


 のぞと山口は、ゆりゆりの腕を肩に回し、ふたりで支えながら、宿泊施設の中へとゆりゆりを運んでいった。



 広場の隅では、たまきが電話をもう終えようとしているところだった。


「うん、だからそれは会ったら話す。うん、うん、ちゃんと話したいから。じゃあね」


 電話を切ったたまき。緊張した表情が少し緩み、しばらくその場で静かに立ち尽くした。会う約束は取り付けられた。まだ確かめるのはこわい思いはある。でも、もやもやしたままでいるのは嫌だと思ったのだ。


「……(ふう)」


 一息つき、たまきが広場に戻ろうと足を踏み出したその時、前方に人影が見えた。

 ちなと稲垣の二人だった。

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