第3話 合宿①

 夜のファミレスの店内は、いつもと同じ慌ただしさに包まれていた。

 たまきはせっせとテーブルを拭いたり、料理を運んだりして忙しく動き回っている。

 時間はあっという間に過ぎ、ドリンクバーのカップを補充していたたまきのところへ、後輩の紗枝が交代を告げにやって来た。


「真紀さん、お疲れ様です」

「お疲れ。あ、もうこんな時間か」

「代わりますよ」

「ありがと。じゃ、あとお願い」


 補充の続きを紗枝に任せ、たまきは更衣室へ。

 着替える前に、思い切り伸びをして、ふう、とひとつ息を吐く。


 着替え終えて店の外に出たたまき。すでに時刻は23時を回り、外は真っ暗だ。

 駐輪場に停めてあった自転車にまたがり、たまきはKazukiにメールを打つ。


【バイト終わった。これから行くね】


 たまきはKazukiのアパートに向かって自転車を走らせるのだった。


      ◇     ◇     ◇     ◇     ◇   


 その日は、テニスサークルのメンバーたちと2泊3日の合宿の始まりだった。新宿で集合して、バスで山梨へと向かう。車内は賑やかで、みんなでわいわいと談笑している。

 たまきは、かおるんと隣同士に座りながら話していた。


「でさ、靴下が白だったわけ。もう、ないよね」


 かおるんが最悪、というような顔をして言う。

 たまきは一瞬話の流れについていけず、「え?」と返す。


「白だよ? 白。白ハイソ」

「カラオケ超うまくてかっこいい!って言ってた人だよね?」

「うん、でもさ、白ハイソだよ?」


 かおるんは何度も「白ハイソ」を繰り返し、たまきは苦笑する。

 かおるんは彼氏が欲しくて度々合コンをしたり、マッチングアプリで知り合った人とデートをしているのだが、なかなか進展しない。今回の「サクヤくん」は、1回目のデートでカラオケに行ったら歌が超うまかったそうで、かおるんは胸を鷲掴みにされていた。Mrs. GREEN APPLEの高音を綺麗に出せて、歌ってる顔も超セクシーだったそうで、きゃーきゃー言っていたのだが、2回目のデートのボウリングで、白ハイソ事件は起きていた。


「そこは直してもらえばよくない?」

「白ハイソだよ? てか若干茶ばんでたし」

「そりゃ白はね」

「茶ばむのわかってて白買う? その思考が理解できない」

「うーん、まあ……ね」


 たまきは、確かに超かっこいい人が白ハイソを履いていたら嫌かもとは思ったが、それだけで嫌いになれるかと問われると、考え込んでしまう。

 かおるんは、たまきからの同意が得られないとわかると、話題を変えた。 


「たまきはどうなの? 最近」

「うーん、まあ」


 曖昧に答えるたまき。


「大学別々でもさ、うまくやってけるもん?」

「うーん、まあ」

「どっちなの?」


 どっちつかずの返答に、かおるんが少し声を強めた。

 たまきは少し目を伏せ、ぽつりとつぶやく。


「……浮気? してるかも」

「え! 女いるってこと?」

「わかんない。わかんないよ。勘違いかもだけど」

「問い詰めた?」

「ううん」

「なんで」

「だって、こわいし」

「でもさ、ちゃんと話したほうがいいよ。もやもやしてるんでしょ?」

「うん……」


 ちゃんと確かめたい気持ちはある。でも、こわい。たまきは、口にしてみて改めて自分の気持ちを実感した。



 山梨の合宿施設は、緑豊かな山々に囲まれた静かな場所にあった。そこには年季の入った宿泊施設があり、隣にはテニスコートが併設されていた。建物自体は少し古めかしいものの、手入れが行き届いており、全体的に清潔さが保たれていた。


 10畳ほどの和室は女子部屋で、各メンバーがそれぞれテニスルックに着替えを済ませていた。


「ゆりゆり、それ可愛い」


 ちなは、真新しいウエアに身を包んだゆりゆりを目にして、思わず声を上げた。白地にピンクのラインが入ったウエアは、ゆりゆりの明るくて華やかな雰囲気にぴったりだった。


「へへっ、新しく買っちゃった〜」


 ゆりゆりは嬉しそうにポーズをとり、笑顔を見せた。


「ねえー、誰か日焼け止め貸して」


 のぞが部屋の隅から声を上げると、かおるんがすかさず応える。


「あ、あるよー」

「サンキュ」


 のぞはかおるんから日焼け止めを受け取ると、念入りに腕や首筋に塗り込んでいった。夏の日差しが強い中、これからの試合に備えてのぞも本気モードだった。

 他の女子メンバーたちがテニスラケットを手に、続々と部屋を出ていく中、ちながみんなに声を掛ける。


「そろそろ行く?」


 しかし、まだ鏡の前で髪を結んでいるたまきが焦りながら答える。


「待って。あとちょっと!」


 たまきは必死に髪を縛っていたが、突然、彼女の手にあったヘアゴムがぷつんと切れてしまった。


「うあ!」


 思わず声を上げるたまき。それを見て、のぞは少し呆れたように言う。


「たまきってば何やってんの」

「待って。予備の、予備のやつあるはず!」


 たまきは必死にバッグの中をかき回して、何とか予備のヘアゴムを探し出そうとするのだった。



 太陽が燦々と照りつけるテニスコートにはサークルメンバーたちが集まり、ダブルスの試合が行われていた。青空の下、汗が額を流れ、ラケットがボールを打ち返す音が響く。笑い声や声援が飛び交い、空気は活気に満ちていた。


 たまきも気合を入れ、ポニーテールを揺らしながらコートに立っていたのだが、あっけなく負けてしまった。肩を落としながらコートを出ると、隣のコートで繰り広げられている熱戦に目を奪われた。

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