第49話 母親の想い
初めて見る人間の子供たち。
とても可愛らしく、撫でてあげたくなるほどに微笑ましい。
緊張している表情も、困っている表情も、笑っている表情も全てが尊く思えてしまう。
そして思い出してしまう。我が子もかつてはあの子たちのように可愛く、無邪気であったことを。
我が子はどれほど成長しても、愛しき存在であるということ。
私は今回、人斬り役と名のつく命を授かった。それは、試験で村に訪れている子供たちを殺すというもの。だけど本当に殺してしまうわけじゃない。一人一人胸につけている緑色のクリスタルを破壊してあげるだけ。
もし本当の意味で命を奪わなくちゃいけなかったのなら、私は絶対にそんなものは認めなかったよ。
せっかく会えた人間の子供たちとすぐお別れするのは私としても悲しい。
数日経てば、心を許したかのように向けられる子供たちの柔らかな笑顔。
例えクリスタルを破壊するだけだとしても、私は躊躇っただろうね。それをしちゃえばもう子供たちとは会えなくなってしまうんだから。
だけど実際に私は一切躊躇わなかった。
躊躇う必要がなかったからだね。
なぜなら、五年ぶりに愛しき我が子が復活するからさ。
そうだねぇ、年齢はブルジブやオータルと同じ三十ちょっとと、言ったところだろうね。
何?おっさんじゃないかって?
言ったでしょ。母親にとって、息子は何歳になっても愛しき息子なんだよ。
だから私の興味は学園の生徒たちじゃなくて、カリュオスに向いていたんだ。
五年ぶりに会える!
だけど、村の誰もカリュオスの復活を望んでいないことは、私とて理解しているつもりだよ。
私がしたことに罪悪感がないわけじゃない。
だから私は今、夫であるビヨンドに真実を見せている。
夫はそれを見るなり、書斎の椅子へと力が抜けたようにもたれかかった。
そして怒りや悲しみといった負の感情を全面に押し出した表情を妻である私に向けてきている。
当然よ。それだけのことを私はしてしまったのだから。
「ミアラ・・・・・やはり、お主が魔法陣に細工をしたんじゃな」
信じたくはないという辛そうな表情。
私は決して夫を苦しめたかったわけじゃない。けれど、結局苦しめてしまったようね。
「そう。今あなたに見せたのは、カリュオスの術式。あの子の様子がおかしいことにいち早く気がついた私は、前もってあの子の術式のコピーをとっていたの」
正確には、カリュオスの頭の中を意識的に覗いて、それをただの紙に書き写しておいただけだけど。
ミアラが行ったのは、エルナスが自らの魔力を額を通じて送り込むことで入試の際にユーラシアの魔力、アートの魔力を悟った方法と似ており、相手の術式に魔力を送り込んで干渉することにより、ミアラはカリュオスの術式を読み取ることに成功したというわけだ。そしてカリュオスが術式ごと破壊された後、こっそり村に刻まれた魔法陣へと、紙に書き写したカリュオスの魔法陣を再度書き写したというわけだ。
「自分が何をしたのか、理解しておるのか?お主の身勝手な行いで、これからどれほどの血が流れるか・・・・・」
「理解しているわ。だからこうしてあなたに打ち明けたのよ」
「理解しておるが、わしの態度に納得はしておらぬようじゃな」
だってあなた、あの子が死んでから悲しむ素振りすら見せなかったじゃない。
「どうしてあなたは、平然と息子を突き放せるの?それはあの子を暴れたままにはしておけなかったけれど、あまりにも冷たすぎない?」
「何を言っておる?わしとて表に出さぬだけで心が裂けそうなほどに辛い思いをしたのじゃ・・・・・じゃが、お主の悲しみをできるだけ早く消してやろうと思い、心を殺しておったのじゃよ。なのにお主は、もう一度息子を殺せとでも言うのか?」
唖然とし、私の目からは一滴の涙が流れていた。
静かな悲鳴・・・・・私はこの時、夫の想いを受けて、取り返しのつかないことをしてしまったのだと頭で理解することができた。
「あなた・・・・・」
なんて答えればいいのか分からない。
私はただ、もう一度あの子に会いたくて——————失いたくなくて。
「ごめんなさい」
出たのは、ただ一言だった。
「息子の自我ではなくなれば、わしらの息子じゃないのか?違うじゃろ。記憶はなかろうが、魂はカリュオスじゃ。一からわしら家族の絆を築き上げていけばいいじゃろ」
「その通りだわ」
本当にその通りだった。
何よりもまた、あの子に色んな命を奪わせてしまう。私も、夫も、そんなことは望んでいない。
「先程も話したが、カリュオスは既に復活し、多くの魔物を手にかけているようじゃ。村へ来るのも時間の問題じゃろうな」
カリュオスのことを考える度、かつてのあの子との記憶がフラッシュバックする。
可愛らしい笑顔に、お母さんと呼んでくれた時のこと・・・・・・一緒に遊んだ時のことや出かけた記憶も。
思い出すほどに、時間を戻したいと思うけど、もうあの子とあの時のようには触れ合えないのだと実感する。
だけどそれでもいいと思っていた。あの時とは違くてもいいから、誰も傷つけず、私たち家族と幸せに暮らせればいいと。
そしてそのためには、カリュオスの自我を消す必要があることも、心の奥底では分かっていたのね。失うのが怖かっただけ。だけどとっくに失っていたんだわ。
本当に私のしたことは夫の言う通り、あの子ともう一度お別れをしなくちゃいけなくなっただけ。
「本当にごめんなさい。私は、最低なことをしてしまったわ」
「もういい。お前の気持ちも十分に理解した。じゃが、生徒たちを巻き込むわけにはいかん。今夜中にオータルとブルジブに任せている三名を除いた残る生徒たちの始末をしてしまおう」
ビヨンドの剣を取る仕草はとてもカッコよくて、見惚れてしまうほどだった。
私は、彼の剣とともにある姿に惚れたのよ。
「わしとて『剣聖魔』じゃ。お主ばかりに頼ってはおれんよ。ほれ、客人のようじゃぞ」
家の外からは複数の足音が小さく響き渡る。
おそらく、私の正体に勘づいた生徒たちが勝負に出てきたのね。
だけど、好都合。
あなたたちを救うために、殺させてもらおうか。
時間にして三秒にも満たなかったと思う。
私とビヨンドの剣が残りの生徒約二十名のクリスタルを破壊するのは。
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