第50話 残された者たち

 時は少し戻り、七日目の夕刻。

 一年から六年合わせて計五名の生徒たちは、家の密集地帯から若干離れた人気の少ない小さな広場に集まっていた。

 この場にいる五名は、三年であるヒューズの呼びかけで集まった者たちである。

 構成は、一年が一人に三年はヒューズのみ。そして、残りの三名は四年生が一人と六年生が二人。

 ヒューズは敢えて十名程度にしか呼びかけをしなかった。理由は、話し合いの内容と関係しており、村の住民に密会がバレないようにするため。残る生徒全員で集まりでもしたら、怪しまれること間違いなし。

「ほんなら、先輩方もいますが、呼びかけた自分がこの場は仕切らせてもらいます」

 皆も大方ヒューズが呼びかけた訳を理解しているため、ヒューズが進行役となることを否定しない。

「どうしてみんなを集めたか、大方の予想はついとるでしょう。生き残りは俺たちを含めた約二十名。つまり、半分以上の生徒が人斬り役にやられたっちゅうことになります。けどまだ、二十名近くも残っとる。俺の考えでは今夜、あるいは明日が俺らの最後だと思うとるんですわ」

 ヒューズの発言の根拠は、六日目の夜に脱落した人数にある。

 五日目までは約二十名程度の脱落者を出していたのだが、六日目の夜を経た後、その数が倍ほどに増えたのだ。何らかの意図があったのかは不明だが、明日を待たずして今夜中に全滅する可能性も十分あり得るということ。

 残る生徒は、一年生はヴァロ、シェティーネ、レイン、ユーラシアの四名。二年生は三名。三年生はヒューズのみ。四年生はここにいる一人を含めた二人だけ。五年生は全滅。六年生が九名生存している。つまりは計十九名が未だ生存していることになる。

 そして、五年生が全滅しており、二年生や一年生が生存していることからも、今試験は決して実力だけが左右するものではないと言える。

 剣聖魔には、今の生徒たちがいくら束になってかかろうが敵わない絶対的な力の差があるのだから。要するに剣聖魔を倒すなど夢のまた夢なのだ。

 学園側は、そんな圧倒的な力量差に見舞われながらも、如何に立ち回れるかを見ているのだ。その点、初っ端に脱落していった生徒たちは論外である。まぁ、運がなかったと言うしかない。その点で言うと、シェティーネやレイン、ユーラシアの三名は、人斬り役となる剣聖魔の弟子となった幸運から、高得点を得られることは間違いなしである。

「だけど、一体誰が俺たちを襲っているのか検討も付かないぜ」

 するとここで六年生であるバインが口を開いた。

 制服の両袖を切り落とし、タンクトップのように着こなしている男子生徒である。バインの行いから、高学年になるとある程度自由度が増すことが伺える。

 続いて発言をしたのは、同じく六年生であるミショス。彼女もまた制服に自分色のアレンジを加えている。

 しかし、今回のダンジョン試験は最大十日間ということもあり、私服の許可が出されている。現に、六年生の二人以外は、制服ではなく私服。

 バインとミショスは、オリジナルの制服をえらく気に入ってしまっているのだろう。

「それよね問題は。けれど犯人が五人もいたら対策を立てるだけ無駄なようにも思えるんだけど?」

「まぁまぁ、そないなこと言わんでくださいよ。それと犯人は五人じゃなくて四人や」

「この際、ちょっとしたタメ口は多めに見てあげる。それで、四人ってのはどう言うこと?」

「感謝しますで先輩。ほな、ブルジブっちゅう剣魔は、初日の時点で剣聖魔ってことが分かっとる。そして、そいつはレインやシェティーネちゃんとはおそらく師弟の関係ができてるんやろな。実際この目で見たから間違いないで」

「それで言ったら、ユーラシアの野郎もそうだぜ」

 ここで話に割り込んできたのは、ヴァロ。

 オータルが村長宅に訪ねてきた際にもいて、実際三日目にユーラシアと会っているヴァロは、ユーラシアとオータルが師弟関係であることを知っている。

「そういえば、ユーラシアくん初日以降は見てへんな。ほんで、今の発言はどういうことや?」

「ユーラシアは、オータルっつう剣魔に引き取られたんだけどよぉ、おそらくそいつが二人目の剣聖魔で間違いねぇ。ブルジブっつう剣聖魔と風格がそっくりだったからな。んで、ユーラシアはそいつんところで修行中なんだよ」

「なるほど、シェティーネちゃんたちとまさに同じ状況ってことやな」

 ヒューズは顎に手を添え、考える仕草を見せる。

 今のところ正体が分かっている剣聖魔は二名。そしてその二名ともが犯人候補から外れるとするならば、犯人候補残り三名が闇の中となってしまう。突き止める足掛かりも何一つとしてない状況。

 しかしここで、何やら薄らと笑みを浮かべる魔戦科四年のカオス。

 安ものだが、その意地が悪そうな笑みは、カオスの小物感を更に強調させる。

「あるじゃねーかよ、一つだけ手がかりが」

 実力が伴わないくせに偉そうな態度を見せるカオスに対して、ミショスの眉がピクリと反応する。

「何よ手がかりって、どうせ大した手がかりじゃないんじゃないの?」

「あんた先輩のくせに意地悪だなぁ。いや、先輩だからか」

「はぁ?」

 カオスは決してわざとやっているわけではない。現に、ミショスをイラつかせたことにすら気が付かず話を進める。

「みんな思い出してみてくれ。初日のブルジブってやつが言ってた言葉を」

 カオスの言う通り思考してみるが、誰一人として思い当たることがない様子。

「奴はこう言ってた。一年のレインとシェティーネとかいう生徒に対して、同じ質の魔力を感じたってな。この発言自体異常なんだが、その二人なら、既に残りの剣聖魔の存在にも見当がついてるかもしれないぜ?」

 既に今日の集まりを断られているヒューズだが、もう一度思念魔法で呼びかけてみることにした。

 すると、丁度今修行を終えたらしく、夕食の支度ができるまでなら時間を作れるとのこと。

 そうして一先ず、レインとシェティーネの二人が到着するまでの間、先ほどカオスが言っていた異常だと言うことについて詳しく話してもらうことにした。

「事前説明にあった通り、この村には剣聖の技を記した魔法陣が刻まれているってことで合ってるよな?」

「せやな」

「アーノルド家と言ったら代々剣聖を生み出してきた家系として有名なのはみんな知っての通りだろう。そしてその剣聖の魔力を魔物が持っているとなると、剣術だけでなく、魔力まで継承させたことになるよな?」

 カオスの話をここまで聞いても、誰一人として違和感を感じる者がいない。それもそのはず、この違和感は、根底として魔法陣の知識がなければならない話題だからだ。

「その反応じゃ、まずは魔法陣について説明する必要がありそうだな。実力はないに等しいが、このデータベースと呼ばれる俺様の出番のようだぜ」

「実力がないって、ほんならどうやって選抜試験通過したんや」

 ヒューズの最もな質問など無視して、カオスは魔法陣についての話を始めた。

 

 魔法陣に関する内容を取り扱う書籍は多々学園の図書室に存在しているが、本目的で図書室を利用する者など、課題を抱えた生徒くらいなもの。

 しかしカオスは、図書室に存在する膨大な情報量をほぼ全て頭へと叩き込んでいるのだ。それ以外にも多様な知識がカオスの頭脳には存在している。正しく、データベースと呼ばれるに相応しき男。そのため、魔法陣に関する話など朝飯前なのだ。いや、この場合は夕飯前と言うべきか。

 

 魔法陣とは、本来魔法の発動を補佐するためのもの。即ち、魔力樹に存在していない魔法であっても扱うことが可能だと言うことだ。

 よく使用されている例で言うと、王都クリメシアにも存在しているマルティプルマジックアカデミーとを繋ぐ転移門の魔法。そして、召喚魔法などである。

 そしてこれらの魔法は、描いた魔法陣に発動に必要とされる魔力を込めるだけで魔法が発動されるため、実際に完成した魔法陣を扱う者は、魔法発動に必要な魔力総量を持った者ということになる。

 また、魔法陣は誰しもが作れるわけではない。作る際に魔力は一切必要とはしないのだが、『魔眼』と呼ばれる特殊な目が必要となってくる。しかも『魔眼』には、多様な種類が存在しており、その中でも、魔法を術式として捉えられる『魔眼』の持ち主が魔法陣を作ることができるのだ。

 その魔眼の名称は『真実の魔眼』。

 通常、魔法を発動する際には、魔力回路を魔力が経由した後、体内と体外の境界線にて目には見えない。見えたとしても文字や紋様とも取れない複雑な魔法の情報体が出現していると言われている。『真実の魔眼』では、その情報体を術式として100%の精度で読み取ることができるのだと言う。つまり、読み取った術式を元に、魔法陣を形成して魔力樹にない魔法を行使することが可能になる。また、一瞬にして発動した魔法の情報を読み取ることができるということは、魔法の効果に加え、その弱点や強みまでを一瞬で把握できるということ。

 更にすごいのはここからで、まだ世には存在していない魔法を作る際、脳内で作りたい魔法のシュミレーションをすると、存在していないにも関わらず、その魔法の術式が見えるのだという。もちろん、精度の高い魔法の構築ほど想像しづらいものではあるのだが、脳内でより洗練させていくことで、いずれは新たな魔法の術式が見え、魔法陣に転化させることができるのだ。

 

 よってここまでの話からも分かる通り、魔法陣とは、魔法発動のための装置だということ。故に、それ以外での用途で使用されたことは、一度たりともない。

 そう、『剣聖村』に刻まれた魔法陣を除いて。

「いいか、つまりだな、技の継承に、自分の魔力まで魔法陣に刻み込んだってことはだ」

 その時、ようやく皆もカオスの言いたいことを理解したらしく、驚きに満ちた表情を浮かべている。

「つまりあんたが言いたいのは、魔法じゃないものまで術式化しちゃってるってことね」

「そういうこった。まぁ、そうそう魔眼を持ってる奴なんていやしないが、これは大発見だぜ!」

「せやけど、この真実が既に広まっとる可能性はないんか?」

「全くとは言えないが、知ってたとしても僅かだろうな。このデータベースが知り得ない情報だったのがいい証拠だぜ」

「てことわよ、かつての剣聖は魔眼を持っていたってことにならない?」

 カオスはまたもや薄らとウザい笑みを浮かべて、偉そうな態度で物を言う。

「いやいや、俺はむしろ逆だと思うね」

「逆?逆って何よ」

 最早ミショスもカオスの態度に慣れてしまったらしく、いちいち反応しない。

「これは勘でしかないが、魔眼を持っていたのは勇者の方じゃないか?」

「まぁ、せやな。そっちの方がしっくりくるわ」

「勇者が使ったとされる魔法は、多種多様だったとされている。もしも、魔法陣を使って魔法を発動していたと解釈すれば、説明はつくだろう」

 データベースと言う割に、情報だけでなく、その分析まで行える頭脳を持つカオス。

 時間潰しの演説にしては、かなりレベルの高いものとなった。確かに実力はないのだろうが、選抜試験もその機転の良さと、膨大な情報量を駆使して通過したと考えても不思議ではない。

 カオスの評価が、他四名の中で多少上がった一時となったのだった。

「始めは生意気な奴だと思ってたけど、案外やるじゃない」

「まぁな。俺の名前はカオス・ブリューハット。まっ、この機会に覚えといてくれや。さて、どうやら来たみたいだぜ」

 カオスの発言により視線を村の方へと向けると、こちらへと歩いてくるレインとシェティーネの姿が見えた。

 

「何度も呼びつけて悪いな」

 ヒューズが一つ謝罪を入れ、輪の中に二人を招く。

「それで、俺たちに聞きたいこととは一体何ですか?」

「単刀直入に聞かせてもらうで。ぶっちゃけ、ブルジブとオータル、この二人を抜いた残り三名の剣聖魔が誰かっちゅうんは、もう分かっとるんか?」

 レインとシェティーネが一度互いの顔を見合わせると、レインが頷きシェティーネへと合図を送る。

「ええ、分かってるわ。けれど、残り一人がどうしても見つからないことは始めに伝えておくわね」

 残り一人が分からないとしても、この状況で新たに二人の剣聖魔を突き止められるのはかなりの収穫。

 ヒューズたちは食い気味にシェティーネへと視線を向ける。

「それは一体誰なんや?」

「結論だけ言うと、村長と、その妻よ」

 村長は、普段から魔力の気配が全く感じない点からも、数人の中では剣聖魔の候補に入ってはいたが、主候補ではなかった。

 けれど、妻であるミアラに関しては、いつも感じるのは見た目と相まって穏やかな魔力だったため、警戒すらしていなかったのだ。

「まぁ、その反応も無理ないわね。それじゃあ、そう思う根拠を説明するわ。まず、村長に関しては、初日に私たちが師匠から受けた動作から攻撃に至るまでの過程全てを、捉えていたことが決定的な証拠よ。それに、気づいてはいるでしょうけど、魔力の気配を一切感じない点も不自然極まりないわね」

「せやな。それは俺たちも感じていたことや」

「次に奥さんの方だけど、彼女は見事なまでに自身の魔力を偽っていたわね。僅かに感じることができた剣聖の魔力の気配も、師匠のものとは随分違っていたから、剣聖の魔力を実際に身に宿した私たちじゃなければ分からなかったのも無理ないわね」

「一つ聞いていい?あんたたち二人は、村長やその奥さんと戦うつもりはないんでしょ?」

 すると、ミショスがふと疑問に思ったことを口にした。

「ええ」

「なのにどうして、私たちに村長たちの正体を教えるなんて何の得にもならないことをするの?」

 言い方はアレだが、確かにレインやシェティーネたちにとっては、何のメリットもない。

「別に隠しておく必要もないですから。私たちには、私たちの役割が既にあります。それに、ここで借りを作っておくことが、今後何かの縁になるかもしれませんからね」

「そう」

 ミショスは「ほんと、先輩を敬うって心がないんだから」と、小さく吐き捨てた。

「それじゃあ、俺たちは戻ります」

「わざわざありがとう。ほんま感謝してるで」

 そうしてレインとシェティーネは、再び家へと戻って行った。

 

 残された者たちは決意する。

 何もせずとも全滅してしまうのなら、こちらから仕掛けてしまおうと。

 

 その後、夜が更け、皆が寝静まった時間帯にヒューズたち残された生徒十九名は、村長宅を静かに取り囲んだ。

 勝てるなどとは夢にも思ってはいない。

 しかしこのままでは試験が終了した後、あまり芳しくない成績になってしまう可能性が大きい。そのため、どんなに卑怯だろうと、無様だろうと、こうして賭けに出る必要があったのだ。

 

 しかし、皆が抱いた覚悟など無に帰すかの如く一瞬の内に勝敗がきした。

 

 ダンジョン試験も残り三日・・・・・残る生徒は、僅か三名。

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