第43話 もう一つの師弟
ブルジブがシェティーネとレインを引き取った理由、それは、初めて会った剣聖の血縁者に単純に興味を抱いたから。
そして、長年愛用してきた武具に意志が込められるように、己の力にも意志が宿るとされている。
かつての剣聖は、そんな己の意志が込められた剣聖としての技を、魔物にまで継承させたのだ。それはつまり、剣魔が剣聖の技だけでなく、意志すらも継承しているということに他ならない。もちろん、全ての意志を引き継いでいるわけではないが、己の磨き上げた技を次世代へと継承させる意志は強く引き継いでいるのだ。
本来ならば、人斬り役の命を全うすればよいだけの話なのだが、剣聖の意志により、オータル同様、ブルジブまでもシェティーネとレインの成長を促そうとしている。
そして都合がいいことに、二人はいい感じにやる気になっている。
しかし今日のところは自身の刀の手入れをするため、試験一日目はやる気に満ちた二人を妻へと任せることにし、作業部屋へと引きこもってしまったのだった。
翌朝、ブルジブはレインとシェティーネを連れて、崖上の森へとやってきていた。
「本当に俺たちに剣術を教えてくれるのか?」
レインは、ブルジブの初日の態度もあり、修行をつけてくれる話が嘘に思えて仕方がない。
「心配ご無用。短い間ではありやすが、できる限りのことは教えると約束致しやしょう」
「そういうことなら、私たちに断る選択肢はないわ」
「ああ、俺もシェティーネと同じ意見だ」
早速二人からの信頼も得れたことで、ブルジブはゆっくり抜刀する。
鞘から抜かれたブルジブの刀は、昨日よりも一層キラキラと輝いているように見える。
森の中には微かにしか日の光が届かないため、日光による光の反射ではない。まるで刀自身が光源となっているような、そんな錯覚を起こしてしまいそうだ。
「あっしは『剣聖魔』でありながら、鍛治師でもあるんでさぁ。よければ二人の剣も打って差し上げますが、どうですかい?」
「そうね、それについては考えておくわ」
シェティーネは自らの魔法で魔剣を生成できるため、本来作られた剣など必要としないのだが、ブルジブが手に持つ刀の姿は、欲が出てしまうほど美しい様だった。
「俺は、できればお願いしたい」
レインに関しては、愛用している剣が、代々家系に伝わる一級品の剣なのだが、その剣に劣らぬほどの、むしろ勝っているのではないかと思わせられる魅力をブルジブの刀は有している。
「了解しやした。それでしたら後日、剣の材料を他の階層に採取しに行きましょうか」
「それはつまり、ダンジョン探索ということか?」
レインは目の色を変えてブルジブへと質問する。
「まぁ、そういうことになりやすか」
「なら、私も行こうかしら」
これはあくまで試験と言えど、ダンジョン探索となると、冒険心をくすぐられずにはいられない。
シェティーネも凛々しく振る舞ってはいるが、内心はテンションが上がりまくっていた。
こうして、レインとシェティーネの武器の新調が決定したのだった。
「では改めて、修行と参りましょう。まずはあっしの動きを見逃さずに見といてくだせぇ」
そう言うと、まるでその瞬間のみ時間の流れが遅くなったかのような感覚に襲われ、気づいた頃には目の前の大木が横一直線に一刀両断されていた。
「見えましたかい?」
「いや・・・・・今のは見えたと言っていいのか?確かに見えはしたが、おそらく動きの半分も捉えられてはいないと思う」
「私は、何が起こったのかすら分からなかったわ」
確かに二人には、ブルジブが大木に剣を入れる動きが見えていた。しかしそれは、目で見ていただけにすぎず、ブルジブの動きを脳で処理することができていた訳ではないのだ。
例えるならば、その場に意識があるはずなのにボーっとしてしまい、何一つ脳へと情報が伝達されない、あの感覚。
「まぁ、その反応が妥当でしょう。剣術とは、技本来の無駄を無くせば無くすほど、当たり前ですが技の精度は跳ね上がりやす。そしてその無駄を無くすための方法の一つが、基本に忠実なこと。ですがそれは、技の基本形が無駄のあるものでしたら、それ以上は見込めやせん。しかし、あっしが扱うのは剣聖様の剣術。そこに無駄などあると思いやすかい?」
かつての剣聖が生み出した、あるいは継承した技の数々は、それら全てが究極の技。即ち、完璧に等しい。
ブルジブは、剣聖のお手本を脱線せずになぞることで、動きの無駄を極限まで無くすことに成功している。
つまり、ブルジブの動きにはあまりにも無駄がないために、一瞬の時間を、引き伸ばされた精神的な時間へと無意識の内に変換させてしまうということだ。
「簡単に言ってくれるが、一体どれほどの研鑽を積めばその域に到達するのか、今の俺には想像もできない」
シェティーネもレインと同じ意見らしく、頷き、同意を示している。
「何も、基本に忠実なだけが剣の極致ではありやせよ。無駄を無くすための方法の二つ目は、基本に不忠実であること」
ここでレインとシェティーネは頭を悩ませることになる。
基本に不忠実であるということは、無駄のない型から、大幅に脱線し、余計な要素を取り込んでしまうことになる。
「一体どういうことなの?」
「言い換えれば、型にハマらないということ。それ即ち、柔軟性を持つことと同義。昨日のお二人の動きを見るに、無駄はまだまだあったものの、基本に忠実かつ不忠実な一面を見させてもらいやした。おそらく、現剣聖の剣術は、基本に忠実で洗練された剣技でありながらも、臨機応変で柔軟性を持つ剣ではありやせんか?」
確かに言われてみれば、そうであると二人は思った。
昨日、ブルジブが見せた「天地一閃」は、低姿勢から放たれた後、臨機応変に技の角度を調節することのできる剣術。ブルジブの天地一閃は、とてつもなく洗練された動きで天へと放たれていた。
現剣聖。つまり、レインとシェティーネの父と、ブルジブの一つの動きを取った時の洗練度合いは、ブルジブの方が上であるが、柔軟性を要する「天地一閃」に関して言えば、二人の精度はほぼ互角。いや、父の方が上であると言えるだろう。
「よく分かったな」
レインはたった一度、剣を振りかぶる動作を目にしただけで、父の剣すら見抜いてしまうブルジブに度肝を抜かされる。
「まぁ、これでもあっしは剣聖魔ですんで」
「つまり、無駄なく動くためには、どちらか一方が欠けていてもだめということ?」
「いいえ、それも一つの手段ということでやすよ。ですが一人だけ、全くと言っていいほど基本に不忠実な男がいやす」
ブルジブは気に食わなさそうな表情を浮かべながら、その者の姿を思い浮かべる。
「『剣聖村』と呼ばれながらも、この村で剣を使わない独自の流派を持つ男がいやしてね、子の方はまだまだ発展途上ですが、父親の方はそれはそれは見事な腕前をしておるんでさぁ。あっしでも勝てるかどうか」
その口ぶりからは、気に食わない気持ちを抱きながらも、心の底では認めている存在というニュアンスを感じ取れる。
しかしレインとシェティーネが気になったのは、剣を使わないという点。
「え?剣を使わないってどういうこと?」
「貴方が勝てるか分からないということは、その者は『剣聖魔』ということ?」
「その通り。あの男が使うのは無刀流という己自身を剣と化す技。あっしらの剣術の型には一切ハマらない我流の秘技と言ったところでしょう。それ故に、村の中では異端として扱われ、あっしも既に二年近く姿を見ていやせん」
レインとシェティーネは、とてつもなく「無刀流」の剣術に興味を抱いてしまったが、他人の流派を気にしている暇はない。残された九日目までの僅かな時間で己の剣を磨かなければならないのだ。
「さぁ、切り替えて修行を始めると致しやしょう。内容は簡単、これから毎日、あっしと剣を交わらすのみ。繰り返される動きの中で、あっしの呼吸と動きの真髄を見極めてくだせぇ」
要するに、見て覚えろというスパルタシステム。
しかし二人にとっては、一つ一つ技を覚えるよりも確実にためになるであろう修行法。
「それでは、弟子になったあかつきとして一ついいものをお見せしやしょう」
ブルジブは腰に携える鞘に剣を納めると、地面に落ちている十五センチほどの小枝を手に取った。
「無鉄砲」
そう言い放った直後、小枝を軽くレインとシェティーネに向けて一振りする。
が、何も起こらない。
そう思った直後、背後から「ズシンッ」という鈍い音が響いた。
振り向くと、おそらくは小枝から放たれたであろう斬撃が大木に付けられていた。
そして、斬撃を起点として、そのまま大木は地面へと倒れ伏した。
「一体何が起きた⁉︎」
「あの位置に傷をつけるのだとしたら、斬撃が私たちをすり抜けないと不可能だわ。けれど、そんなことが可能なの?」
驚愕する二人。
なぜならブルジブが放った「無鉄砲」という剣術は、見たこともない技であったから。
「剣術とは、魔法同様に無限の可能性を秘めていやす。そして、次世代へと引き継がれる度に失くしてしまうものもあれば、成長、または新たに誕生するものもありやす。おそらく、お二人の父上も例外ではないはず。そしてそれはあっしにも言えること。欲しいのなら、死に物狂いで己のものにしてみせてくだせぇ。この修行は、そういうものですから」
ユーラシア同様、レインとシェティーネの修行の日々が今、始まったのだった。
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