第42話 無刀流
翌日。ユーラシアは早速家から少し離れた森の奥地にて、オータル、ルイスとともに修行を始めていた。
「無刀流とは、その名の通り剣や刀を使わず、己自身を刀と化す流派のことだ。そして、技を使用する際、全ての気配を瞬間的に断つ技もあることから、『無刀』という名が名付けられている」
全ての気配を断つ技とは、昨日オータルがジャイアントベアーを仕留める時に見せた達人技のことである。
「己を剣と化す。つまりは、斬られても斬れず、斬ることができる肉体を作るところから始まる。そして無刀流を使う者は、剣化の呼吸というものを使用する」
剣化の呼吸とは、己の全身を剣と化す際、体内から生命を維持できる限界点まで空気を抜ききり、外圧の力のみを利用して肉体を鋼のように強化する技。肉体を強化する際には一切の魔力は必要としないのが、魔力による身体強化魔法とは異なる点だ。魔法には他にも、己の肉体自体を強固にするものも存在するが、剣化の呼吸の強度は魔法で強化した強度の遥か上を行く。
そしてこの技が剣化の呼吸と言われる由縁だが、呼吸法により体内の空気の量を自在に操り、肉体に変化を及ぼすことがまず一つである。そしてもう一つが、魔物や魔族、人間で魔力を取り込める者ならば誰しもが持っている魔力回路だが、この回路は、木の根のように全身に枝分かれするように張り巡らされている。そして当然、魔力は回路を経由して魔法という結果を生み出しているのだが、剣化の呼吸では、体内に散らばる魔力の粒子を、回路から外れた軌道へと導き、全身の細胞一つ一つに纏わり付かせる役目を果たすのだ。要するに、無刀流において放たれるのは魔法ではなく、魔力そのもの。
ブルジブなどの初日に見せた斬撃は、剣に込めた魔力が正体なのだが、無刀流の技は格が違う。
そしてオータルは、剣化の呼吸の説明を話し終えるなり、ユーラシアの全身をくまなく観察し始める。
「だが話に聞くところ、お前の体は剣を容易く折ってしまうほどの強度を既に誇っているそうだな」
そう、無刀流において何よりも重要となるのが、肉体による剣の強度と鋭利さ。ユーラシアの体は、鋭利さはともかく、その強度だけは超一流。
「はい。実は、それがボクの魔法なんです。正確に言うと、魔法の効果の一つなんですけど、魔力を消費しない分、その状態をずっと保っていられるので防御力だけは誰にも負けない自信があります!」
ユーラシアは自慢げにオータルへと自身の力をひけらかす。
今までユーラシアは、日々劣等感に苛まれていたこともあり、自分の力を自覚した今、誰かに自慢したい気持ちが出てしまったのだ。
「魔法なのに魔力を消費しないだと⁉︎いや、俺たちは魔法はあまり得意ではないため、あまり詳しくはないが、魔法とは、魔力を伴うものである認識を持っていただけに驚いてしまった。だがそれよりも気になる点がある」
オータルはユーラシアの発言に動揺を隠せないまま、疑問を口にする。
「防御力が永続的な魔法効果の一つなのだとしたら、もしや攻撃に特化した力も宿しているということか?」
オータルは、何となく勘づいてはいる。ジャイアントベアーの時、ユーラシアならば勝てる相手であると思った理由の一つに、攻撃に転じれないのではなく、転じる気がないように見えたからだった。それはつまり、一撃すら振るってしまえば、ジャイアントベアーを、倒せるという自負があったからに他ならない。
「あるにはあるんですけど、実はその力を使うとボクの体力と体の方が保たなくて・・・・・」
既に『竜王完全体』の怪力については理解しているため、今のままでは攻撃としてその力を扱うことの危険性を誰よりもユーラシアは理解している。そのため、マルフィの仲間たちを殴ったときも、めちゃくちゃ加減した上で、速度のみは身体強化魔法で補強し放ったつもりであった。しかし結果はやりすぎてしまったと言うわけだ。
「ユーラシア。できれば一度、その力を俺に向かってぶつけてみてくれないか?」
そんなオータルの自殺発言にユーラシアは、思わず動揺する。
それはそうだろう。記憶として覚えてはいないが、体が覚えているのだ。あのコキュートスですら、一撃で仕留めた事実を。
だからこそ、例え手加減をして放ったとしても殺してしまうかもしれない。
「何も全力を出せと言っているわけじゃない。威力もお前の腕に負担がかからない程度で構わない」
そう言うと、オータルは「スゥー」っと息を吐き、身を強固に固めた。
昨日の段階では気が付かなかったが、外圧の影響か、体が少し萎んでいる気がする。
剣化というものがどれほどの強度を誇るのか、ユーラシアとて気になっていないわけではないのだ。
だからこそ、最良の手加減を込めた一撃をオータルへと放つことを決意する。
「信じますからね」
「いつでもこい!」
オータルが言葉を発した直後、驚くほどの速度でユーラシアはオータルとの距離を詰めた。無意識に足にも力を込めてしまっていたらしく、当の本人でさえそのことに驚いてしまっている。
「ッ!」
しかしそれ以上に、ユーラシアの予想以上の速さに驚愕するオータル。
しかし、既に時遅し。
ユーラシアが繰り出した拳は、オータルの腹部へとクリーンヒットした。
「グッ!」
オータルは、見事なまでに腰を落とした姿勢を保ったまま後方へとスライドし、二、三本の木を薙ぎ倒した。
「ハァハァハァ」
「まさか、これほどまでとは———」
「す、すごいっす・・・・・」
親子揃って似た表情を浮かべ、驚愕している。
すごいだろうとは予想していたが、実際に受けてみた衝撃は、冗談抜きで想像の五倍以上のものだった。まさか、繰り出された拳の衝撃で木を三本も倒してしまう結果になるとは、驚かざるを得ない。
「正直、無刀流を教えるとは言ったものの、十日しかない時間で呼吸法すら教えられるか不安だったんだが、肉体強度を高める点に関しては必要ないと言える。しかし、体力の消耗を極端に少なくする利点や、魔力粒子を操る技術はこれから身につけていく必要がある。細胞に纏わせるとは即ち、肉体のみならず、骨すらも頑丈にすることが可能となるからな。ということで、修行の方針は決まった」
オータルの言うように、僅かしかない十日間で学べることなど限られている。
当然、十日間で体に身につくことは難しいため、学園に戻った際は、自主練で沁み込ませていくことになる。しかし、ユーラシア以外の生徒に十日間で教えられることといえば、呼吸法くらいだろう。その他を教えたとしても、呼吸法を身につける頃には忘れてしまっている。
その分ユーラシアは、呼吸法に関してはそこまで時間は要さない。この呼吸法で最も難しいのは、日々感じている魔力の扱いではなく、体内から空気を抜き、生命活動を維持する技術だからだ。
「まずは三日で剣化の呼吸法を覚えてもらう。だが、お前が覚えるのは、体力を効率的に活用できる呼吸法と、魔力粒子を操る呼吸法だ。もちろん、肉体の強度を上げる呼吸法も教えるが、それは学園に帰ってからじっくり練習するといい。そして呼吸法が終わり次第、時間が許す限り無刀流の剣術を伝授する」
どこまで自分のものにできるのかは分からない。しかしオータルの瞳は、一つの情報すら取りこぼしは許さないと言った気概を宿していた。
「遅れることは許さん。吐いてでも俺の修行について来い」
「はい!」
最早断ることなど許されない。
こうして、ユーラシアのダンジョン試験という名目上での過酷な修行が始まったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます