第41話 味方

 時刻は夕暮れ時。

 ユーラシアが村長宅へ戻ると、居間へと先ほどのいじめっ子三人の姿とその母親たちの姿、そして、十名程度だが選抜生徒の姿と、それぞれの引き取り役の姿があった。

 今姿がある生徒の中で話したことがあるのは、ヴァロくらいだろう。

 ヴァロは、仲の良い者たちの姿がないため、いつもとは打って変わり、珍しく静かであった。

 彼らは長机を取り囲み夕食の準備をしていたのだが、ユーラシアが居間へと姿を見せるや否や一斉にみんなの視線がユーラシアへと注がれる。

「来たわね」

 すると、いじめっ子の一人を懐に抱いていた母親らしき剣魔が、ユーラシアへと睨みを利かす

「まぁまぁ、まずはわしから質問させてもらってもいいかの?」

 ビヨンドが優しげな笑みで母親の剣幕を牽制し、訳もわからず立ち尽くすユーラシアの下へと歩み寄る。

「一先ずここに座るのじゃ」

 ユーラシアはそのままビヨンドの隣へと腰を下ろした。

「それでじゃ、先ほどの魔物の気配、あれはもしやジャイアントベアーかの?出現後即座に倒されたみたいじゃが、倒したのはお主か?」

「あ、いえ。足止めはしましたけど、実際に倒したのは、崖の上に住んでいた剣魔です」

 ビヨンドは始めから討伐主を分かっていたかのような反応で、得意げに「フンッ」と鼻を鳴らして見せる。

「そうかそうか、やはりあの魔力の気配はあやつのじゃったか。先日、お主らの試験のことを伝えに行った時にちと、久々に実力を確かめてやろうと思ったのじゃが、あいにく断られてしまってのぉ。じゃが、先ほど感じた魔力の気配から察するに、むしろ腕を上げたみたいで安心したぞ」

 剣魔たちは、ビヨンドが話している人物について心当たりがあるらしく、ビヨンドの妻以外は、皆が揃って気まずそうな表情を浮かべている。

 そしてユーラシアも、おそらくは先ほど助けてくれた剣魔のことを言っているのだとなんとなくは予想がついたのだが、イマイチ村長の話についていけてなかった。

「それにしても困ったものじゃ。自分たちのテリトリーくらい守ってもらいたいものじゃが、ああしてたまに勝手にこの村に立ち入る愚か者が現れるんじゃよ。まぁ、わしらも食材や装備品の素材集めなどで他階層に行くことがあるんじゃが、先ほどの魔物は殺意が迸っておったわ」

 何も面白くない話を、どこか楽しそうに語るビヨンドだが、話の内容などほとんど頭に入っておらず、それよりも、ユーラシアにとっては横から刺さる鋭い複数の視線が気になって仕方がない。

 そのことにビヨンドも気がついたのか、仕方がないと言った様子で話を切り上げる。

「はぁ、ところでお主の名前をまだ聞いておらんかったな」

「ユーラシアです。ユーラシア・スレイロットと言います」

 当然、十年前の地上の話など地下ダンジョンにまで届いているはずもなく、スレイロットという名に反応する魔物はいない。

「スレイロットか。あの時の態度もそうだが、名前まで下品だとは驚いたよ」

 名前を聞いた金髪の剣魔が、いきなり挑発的な言葉を口にする。

「こんな風にみんなの前でお前の悪事を暴露するのは気が引けるけどさ、けれど、お前が先に手を出したんだ。仕方ないよな?」

 ユーラシアからすれば何を言っているんだという気分だ。

 実際にルイスという剣魔をいじめていたのは自分たちのくせして、それを棚に上げて自分たちがユーラシアに痛ぶられた事実のみを暴露しようとしている。いや、あの反応から察するに、母親や何人かの剣魔には、既にそのことを伝えているのだろう。

 証拠が、今ユーラシアへと向けられる複数の鋭い視線である。

「僕は被害者だということをみんなにまずは知っていてほしい」

 涙ながらに訴えるその演技力は、十歳かそこらの歳にしては素晴らしいものだ。おそらく、村で噂が広まらない程度に複数の者たちを同じように悪者にしてきたのだろう。

 母親も母親で、バカの一つ覚えみたいにずっとユーラシアへと睨みを利かせている。

「僕とルイスは友達なんだ。たまにからかってしまうこともあるけれど、正真正銘の親友さ。だけど多分、その人間には、僕たちのやり取りがいじめているように見えたんだろうね。いきなり襲われて、この二人なんて頬が腫れ上がるほどの怪我を負わされた!」

 いじめっ子三人の内残る二名は、二人ともが母親に庇うように抱きしめられ、見事な泣き真似をしている。いや、痛みがあるのは確かだろう。その涙が母親の母性をくすぐり、ユーラシアにものすごい敵意を抱かせているのだ。

「僕も、大切な刀を折られてしまった・・・・・鞘から抜いてしまったのは、過ちであり、僕が悪かった。だけど、防戦一方の僕たちに容赦なくこいつは暴力を振るって来たんだ!あの時はごめんよ、お前たち。あまりの恐怖に置いていってしまって」

 嘘くさく涙を流す金髪の剣魔。

「気にしてないぜ、マルフィ」

「そうだよ。俺たち、友達だろ?」

「お前ら・・・・・」

 ここにユーラシアのことを信じてくれる人が何人いるだろうか?

 ここにはミラエラやエルナス、シェティーネもいなければ、アートもいない。

 しかしユーラシアは真実を伝えずにはいられなかった。

「ボクは、正しいことをしたまでだよ。あの時、君たちは間違いなく彼のことをいじめていたよね?顔や、体を何度も殴ることがからかいだって?悪いけど、ボクには到底そうは思えない」

「証拠は?」

「え?」

「証拠はあるのかよ?」

 いじめっ子サイドも、ここで引いては不利になることを理解しているからこそ、一切の余裕を崩さずに対抗してくる。

「ないよ、そんなもの」

「ハッ、話にならないね。証拠って言うなら、今ここにルイスの奴を連れてきてみろよ!それで全て解決だろ」

 そんなことできないと分かっているからこそ、余裕綽々の態度を保っていられる。

「ボクは、絶対君たちなんかに謝らない」

「はぁ、マルフィに聞いていた通り、本当生意気な子ね。他所の子、それも人の子だからあまりとやかく言うつもりはなかったのだけど、何なの?その態度」

 マルフィの母親は立ち上がり、ユーラシアに対して今まで押さえ込んでいた怒りを露わにする。

「この子達を怪我させておいて、謝らないですって?ハッ、話にならないわ。第一、ルイスのことを殴っていたのだって、貴方の見間違いってことはないの?ん?」

 ものすごい迫力で詰められていくユーラシア。正直、ユーラシアが正しいことをしたのは間違いないのだが、ここまでの勢いで責められてしまうと、言い返すことができなくなってしまう。ユーラシアだって、まだまだ幼い子供なのだ。

「ボクは、悪いことなんてしてませんから!」

 強く下唇を噛み締め、必死に涙を堪えるユーラシア。

 その時、村長宅の扉が「バンッ!」と、大きな音を立てて開かれた。

 

「やめるっす!」

 

 瞳を潤わせ、息を切らせて入って来たのは、先ほどの剣魔ルイスと、その両親オータルとトレイルだった。

 

「オータル⁉︎」

 

 二年ぶりに降りて来たオータルに驚愕する一堂。

 しかし今は、ルイスの感情がこの場を支配する。

「この人は、オイラを助けてくれた人っすよ!誰も味方をしてくれないんすか?誰も信じてくれないんすか!」

 必死になって叫ぶルイスの姿に、ユーラシアの瞳から雫がポロリと落ちる。

 そして次の瞬間、ルイスは着ていた服を脱ぎ、多くのあざを残した上半身を皆へと見せる。

 

「———ッ!」

 

 トレイルは思わず目を逸らしてしまうが、オータルは断固として逸らすような真似はしない。

 他の者たちは、ビヨンドまでも驚いた表情を浮かべている。

 そして、肝心のマルフィたちはと言うと———

「何のつもりだよ?」

「何って、見て分からないっすか?あんたらにやられた証拠っすよ。みんな見るっす!オイラは、マルフィたちにいじめられているんすよ!」

 その瞬間、マルフィだけでなく、その母親たちまでも表情を固まらせる。

「剣が折れたのだって、マルフィが不意打ちでこの人に切りかかったからっす。この人は何もしてないっす」

 すると一人、高笑いをする生徒がいた。

「ハッハッハッハッハッ、まじかよおい!振るった剣の方が折れちまったのかよ」

 そんなヴァロの態度に我慢ならなくなったマルフィの母親がまたしても叫ぶ。

「何がおかしいのよ!私の息子が悪いとでも言いたいわけ?私の息子が嘘を言っているとでも言うの!」

「おばさんよぉ」

「おば?」

「あんたの息子が嘘ついてんのなんて明らかだろ。気づいてねぇかもしれねぇが、この場で悪者はあんたらだけだぜ?」

 ユーラシアはまさか味方してくれるとは思ってもいなかったヴァロに、驚きの表情を向ける。

「名前、何て言うんすか?」

「え?」

「名前っすよ。教えてほしいっす」

 ルイスはユーラシアへと温かな、尊敬に近い笑みを向ける。

「ユーラシア・スレイロット」

「ユーラシアくんすか、いい名前っすね。オイラは、ルイスっす。よろしくっす!」

 ユーラシアは瞳に浮かべる涙を拭き取り、差し出されたルイスの手を取った。

 そうしてルイスに引かれて村長宅の玄関へと連れて行かれた。

 入れ違いに、オータルが居間へと上がる。

「え?何?どういうこと?」

「何も心配いらないっすよ」

 そして居間から聞こえてくるオータルの声。

「村長。頼みがあるんだが」

「何じゃ?」

「あの人間、ユーラシアを、俺に引き取らせてほしい」

 ビヨンドは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐさま平常運転に戻る。

「久しぶりに顔を見せた第一声がそれか。お主からまさか頼み事をされる日が来るとはのぉ・・・・・ユーラシアは一時的にわしのところで預かっていたにすぎない。お主が引き取りたいというのなら、断る理由はないのぉ」

 その後、何やら他の者には聞こえぬよう二人だけで話し合った後、正式にユーラシアの十日間の移住先が決まったのだった。

 

 




 崖上にあるオータルたちの家へとユーラシアが連れて来られて、まず始めに起こったイベントが、オータルの謝罪である。

「すまなかった」

 オータルは三十ほど歳下の少年へと深々と頭を下げる。

「息子を助けてくれたとは知らず、いや、知っていたとしても、俺の態度はひどいものだった」

「大丈夫ですよ。見ず知らずのボクを警戒するのは当たり前ですし、それに、実際には、ボクの方が助けられる形になってしまいましたしね」

 オータルは顔を上げ、先ほどのような険しい警戒心を抱いた表情ではなく、ルイスに向けるような優しい笑顔を作る。

「お前は、本当に優しい奴なんだな」

「違いますよ。ボクはただ、争いごとがあまり好きじゃないだけです」

 ユーラシアはそう言うと、横に立つオータルたちの家へと視線を向ける。

「本当に、今日からここでお世話になってもいいんですか?」

「ああ、問題ない。村長がお前たち学園の試験について説明しに来た時、引き取りについての説明もされたんだが、そんなつもりは一切なかったんだ。それに、俺ではなく、引き取り役はなるべく別の者に任せたいとも言われたしな」

「なら、どうしてボクを?」

 オータルは何も言わずに、先ほど覗き見していた舞を間近で見せてくれた。

 その動きはやはり美しく、音を置き去りにしている。

「これは無刀流と言って、この村では俺たち一家にしか扱うことのできない剣術なんだ」

 剣を、あるいは刀を必要としない剣術。

 故に無刀流。

「詳しい説明などは後日するとして、お前にはこれからこの無刀流を授けるための修行をつけたいと思う」

 

「は?」

 

 ユーラシアは思わず、呆気に取られて裏返った変な声を出してしまった。

「え?修行をつけるって・・・・・今の技をボクに教えてくれるってことですか?」

「その通りだ」

 洗練された達人の動きを体得できれば、『竜王完全体』を今よりもずっと扱いやすくなるだろう。それどころか、無刀流の技を己の身へと習得し、更なる可能性を得ることもできる。

 ユーラシアは、胸が高鳴る気持ちと、そんな貴重な技を赤の他人である自分に教えてしまってよいのかという不安な気持ちに葛藤するのだった。

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