第39話 家決め

 村長宅は当然屋敷のように大きく、居間は広々とした一面が畳張りになっている空間であった。

 居間の中央に置かれた長机を、村長含めて剣魔たちが囲むようにして座り、空いている何もない空間へと正座させられている五十八名の人間へと、興味津々な様子で視線を向けている。

 その中には村長の奥さんらしき魔物の姿もあり、とても穏やかな魔力の気配と、柔らかな表情を浮かべている。

「さて、試験は今日を含めて十日間と聞いておる。その間は、お主たちをこの村の住人として扱うわけじゃが、暮らす家が必要じゃのぉ」

 その瞬間、長机を囲むようにして座っていた魔物たちがビヨンドとその奥さんを残して一斉に起立する。

「皆も久しぶりの客人ということで気分が上がっておるようじゃな。この階層に来る者と言えば、種族の異なる魔物などなど。他のダンジョンでは「冒険者」と呼ばれる人間も来るには来るそうなんじゃが、ここには人間がエルナスを除いて一人たりとも訪れたことがないんじゃ」

 起立した魔物の数はおよそ三十。その全員が瞳を輝かせ、どこか落ち着きのない様子。

「この魔物たちの中に人斬り役はいないことだけは伝えておくかのぅ。じゃから安心して十日間引き取ってもらうとよい。それでは、開始じゃ〜」

 どこか気の抜けた声量で合図を出した途端、「ドタドタ」と大きな音を立て、床を何度も軋ませながら一斉に生徒たちへと魔物の群が駆け寄って来た。

 

 その様はまるでスーパーの特売セール。

 

 まず引き取りの基準となるのが、精神の成長度合い。他所の子供を十日間と言えど引き取るのだから、出来るだけ物分かりのよい生徒を歓迎する。

 魔物は、生徒たちの精神を測る術がないため、学年の高い者たちから平均して二人ずつのペースで引き取られていく。

 そして次の基準となるのが強さである。それを手っ取り早く測れるのが魔力量。このダンジョンに人が来るのはエルナスを除き、創設以来初めてのこと。そのため、全力でなくとも手合わせしてみたいのである。当然、相手にならない生徒は論外。よって、分かりやすく学年が低く、尚且つ魔力量が劣る一、二年生が最後まで残る。

 以外だったのはミューラだ。

 一年生ながらも制御しきれないだけの巨大な魔力量に目をつけられ、始めらへんに引き取られて行った。

 そして当然のようにシェティーネとレインにおいては取り合い騒動が勃発していた。


 俺の家に来るべきだ!


 いや、私の家に来るべきよ!


 などど、勢いの絶えない言い合いが幾度となく行われている。

 そんな騒ぎを鎮めたのは、蒼い和服に身を包んだブルジブだった。

 ブルジブが姿を見せた途端、嘘のように静けさを纏う空間。それだけで、ブルジブが異質であることが嫌でも感じ取れてしまう。

「その子らはあっしが引き取らせてもらいやす」

 その言葉を受け、ビヨンドの眉がピクリと動く。

 引き取り役には人斬り役が混じっていないと言いながら、ブルジブが人斬り役では矛盾が生じてしまうことになる。

「九日目まではクリスタル破壊は致しやせんで、安心してくだせぇ」

 その発言はいわゆる、自分が人斬り役であると自白したようなものである。

 しかし、ブルジブの実力を見た後すぐに挑もうとする者など誰一人としていはしない。

 それはシェティーネとレインとて同じなのだが、先ほどは衝撃のあまり悔しさを抱くことができなかったが、本家ではない者。それも、魔物に同一の剣技で完膚なきまでの惨敗を喫したことへの悔しさを猛烈に感じていた。

「俺たちを甘く見すぎている」

「ええ、気分がいいとは言えないわね」

 けれど、二人は立ち上がり、ブルジブの下へと歩いていく。

 プライドを傷つけられたままではいられない。相手がその気なのならば、近くで思う存分『剣聖魔』とやらの技術を見せてもらおうじゃないか。

 二人はそんな意思を持って、ブルジブと共に村長宅から姿を消していった。

 


 その後もどんどんと生徒たちが引き取られていき、引き取り役の魔物たちは、一人以上の生徒を連れて村長宅から去っていった。

 


「あのぉ〜、ボクはどうすれば?」


 一人残されたユーラシアはとても気まずそうにビヨンドと、その奥さんへと声をかける。

「まぁ、お主は仕方ないじゃろう。試験が終わるまで、この家で暮らすといい」

 ビヨンドの寛大な心行きにより、ユーラシアは一先ず心を落ち着かせる。

「ほれ、明日から色々と手伝ってもらうことがあるんじゃが、今日のところは村の散策にでも行ってきたらどうじゃ?」

「そうですね・・・・・そうします」

 慣れぬ地で一人ぼっち。

 ユーラシアはとてつもない孤独感を感じながら、一人寂しく村の散策へと出かけたのだった。

 

 だからだろうか、緑生い茂る木々に囲まれたソルン村を思い出し、村の散策ではなく、木々が多く生える崖上へと来てしまった。

 いや、ここも一応は『剣聖村』の空間内。建物や人がいなくとも、村の一部なのだ。

 



 やはりと言うべきか、進めど進めど見えてくるのは密集する木々の姿。

 流石にこれ以上奥に進んでしまえば、道がわからなくなってしまうため、引き返そうかと考えていたその時、誰かの声のようなものが微かに聞こえてきた。

 ユーラシアは声のする方向へとゆっくり近づいていく。

 すると、森の中に存在する木々のない空間。そこに建つ比較的新品な木製の一軒家に、土と汗で汚れた真っ白であった道着と、黒の帯をしている一人の男性の姿があった。

「一万五百一・・・一万五百二・・・一万五百三・・・一万五百四・・・一万五百五」

 ユーラシアはその景色を目にして思わず息を呑む。そしてバレないようにこっそりと草陰に隠れた。

 木々に囲まれた円形の空間に舞い落ちる無数の葉。男はその葉一枚一枚を、音も立てずに手刀を用いてひたすらに一刀両断を繰り返している。

 葉はゆらゆらと至るところの宙を舞い、その全てが地へと落ちる前に、素早い動きで地を駆ける。

 その姿はまるで舞踊をしているかのようであった。

 そんな男の姿に目を奪われているユーラシアの目の前へと、一枚の葉がひらりと舞う。

 

「ッ‼︎」

 

 その瞬間、一瞬にして移動してきた男の手刀がユーラシアの目と鼻の先で音もなく空を切った。

「ん?誰だお前?」

 男は、思わず後ろに尻餅を付いたユーラシアへと鋭い視線で睨みを利かせる。

「いや、あの・・・そのぉ」

 咄嗟のことで上手く舌が回らずにいるユーラシアを見て、何か思い当たることでもあったのか、一人納得するような素振りを見せた。

「あー、そう言えば村長が人間が来ると言っていたような気がするな」

 男は興味なさげな視線をユーラシアへと向けながら、一切を寄せ付けない雰囲気を醸し出す。

「なるほど、つまりは敵情視察というわけか。俺の技を知り、弱みを握ると」

 何やらユーラシアの意図しない方向へと話は進んでいく。

 男はユーラシアへと分かりやすく警戒心を向け、いつのまにか臨戦態勢に入っていた。

 何をそこまで警戒することがあるのか、ユーラシアには甚だ検討がつかない。

 なぜならば、ユーラシアは自由時間を使い、ただ散歩していただけなのだから。そして、たまたまこの場所が目に留まっただけのこと。

 それなのにどうしてこうもユーラシアを警戒するのか?

 ユーラシアの中に、一つの推論が導き出される。

「ひょっとして、『剣聖魔』?」

 その言葉は、声として出すつもりのなかった、思わず出てしまった一言。

 しかしその瞬間、先ほど以上に男の視線の鋭さに磨きがかかった。

「よく聞け人間。家族に手を出せば、俺はお前の息の根を止めるぞ?」

 試験において絶命とは、即ちクリスタルの破壊。

 しかし男が発した言葉の意味は、問い返す必要もないほどにユーラシアへと伝わっていた。それは即ち、真の意味での死が訪れると。

「いやいやいやいやいや、ボクはただ、この村の景色を色々と見て回っていただけですよ!」

 ユーラシアは四つん這いになりながらものすごい勢いで後退し、必死に状況の説明を試みる。

「そしたら、貴方の素晴らしい剣技が見えて、その、思わず見惚れちゃっていて・・・・・」

 男はユーラシアの言葉に一瞬驚いた表情を見せる。

「ほう?あれが剣技であると分かるのか?」

「え?いや、なんとなくそうじゃないかなぁ〜っと思っただけです」

「まぁいい、俺に用がないのならさっさと消えろ」


 男はユーラシアから視線を外し、家の中から出てきた女性へと打って変わって優しげな笑みを浮かべた。

「どうかしたの?」

「いや、何でもないよ。それよりも、ルイスはまだ戻らないのか?」

「ええ、いつもの子たちと一緒にいるみたいなんですけど、気のせいか、胸騒ぎがするんです。後で少し様子を見てこようかと思います」

「そういうことなら、俺が行こうか?」

「ううん、大丈夫」

「そうか、それなら、今日は俺が夕食の支度をするとしよう」

 そんな会話が繰り広げられている内に、ユーラシアは素早くその場を離れることにした。

 おそらく何かしらの攻撃を受けていたとしても、ユーラシアの身に傷一つ付くことはなかっただろうが、それでも絶対というわけではない。魔法が『竜王』から『竜王完全体』へと進化したと言っても、この世に絶対など存在しないのだ。

 それに、傷つかなくても、怖いものは怖いのだ。

 さっきの魔物から感じた威圧感は、ブルジブと名乗る魔物が剣を抜いた時以上にやばいものだった。

 つまりは、剣を持たずしてブルジブと同格かそれ以上の実力。

 コキュートスの時みたく、骨が砕ける覚悟で攻撃を仕掛ければ勝てる可能性もあるが、戦闘は力だけが全てではない。達人のような技術により、力なき者が、圧倒的強者に勝利してみせることもあり得る。

 ユーラシアの今の力は、諸刃の剣。かすってしまえばそれで終了なのだ。

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