第38話 ダンジョン試験開始!

 三日後、アートとユキを除いた元バベル試練選抜者一堂は、学園の地下へと集められていた。

 学園の地下を何十、何百メートルと進んだ先には、巨大な石でできた壁があり、それこそが地下ダンジョンへの入り口である。まだ所々に凍結の跡が残ってはいるものの、試験への影響はなさそうである。

 試験に挑むのは、計五十八名の生徒たち。

 エルナスとミラエラが生徒一人一人へと、事前の説明でもあった緑色のクリスタルを一つずつ配っていく。

「今配ったクリスタルを左胸に来るように付けるんだ。この『ダンジョン試験』は、『バベル試練』と比較すれば、危険度は遥かに下回るだろう。しかし、未知という意味では同じことだ。今回、私から魔物側へのテーマの提供は行ったものの、そのテーマを元にどのような世界観が創られているのかは、私たちの知るところではない」

 今試験では、人斬り役を演じる剣聖の技を受け継いだ魔物が五体いる。

 生徒たちも人斬りのいる世界の中、命を狙われる立場となるわけだが、人斬り役がどのような立場を利用して襲いかかるのか、はたまた親密となりて裏切りの行為などに及ぶのかは不明。更に、その他の魔物は、普通の人役を演じるのか、人斬りの味方を演じるのかも分からない。

「ダンジョンに入る前に改めて質問しておきたいことがある者は挙手をしろ。私とミラエラはこの十日間、お前たちを常に監視している。そのため、当然何か緊急事態などに陥れば即刻助けに入るから安心しろ。バベル試練のような醜態は見せないと約束しよう」

 生徒一堂はやる気に満ちた表情をしており、誰一人として不安な表情を浮かべる者はいない。

 そう、ユーラシアでさえも。

 今はまだ諸刃の剣ではあるが、『竜王完全体』の力を完璧にコントロールすることができれば、ゴッドスレイヤーたちの遥か高みへと至ることができるであろう。

 なんせ、コキュートスの全力をも引き出せなかったフェンメルに比べ、攻撃に使用した骨は粉々に砕けてしまったが、全力のコキュートスをワンパンで仕留めてみせたのだ。

 ユーラシアもまた、自信に満ちた表情を浮かべ、皆と共に扉から生じた光の中へと吸い込まれていった。

 

 



 アートとユキが欠席している理由についてだが、エルナスは三日前の放課後にアートとユキを一人ずつ校長室へと呼び出したのだ。

 アートとユキ。二人の真実を知ってしまっているエルナスからすると、いくら監視の目があるとは言え、ダンジョンへと送り込むのは不安が大きすぎた。

 よって、一応は学園の生徒でもあるため、特別に単位は与えることを約束し、二人には欠席を納得してもらったのだった。

 しかし、エルナスは多少の言い合いは覚悟していただけに、あまりの潔さに面を食らってしまったのだ。

 二人にとって、目的に支障を来さないのなら、試験などどうでもいいことなのだ。アートとユキの中には多少、ユーラシアの力を近くで見たいという感情はあったものの、試験の場でなくても構わないのである。

 

 その他の生徒たちには嘘っぽすぎるが、二人は体調不良で欠席すると説明を行った。その際、一部では不満げな声や違和感を話し合う声などがちょくちょく聞こえていたが、試験の進行を遮ってまで質問することでもなかったらしく、特に追及されることなく試験は予定通り開始した。

 




 

 扉から生じた眩い光は、地上を照らす太陽の光となって、眼球を刺激する。


「おいおい、マジかよ⁉︎」


 そこは、本当にダンジョンの中かどうか疑わしくなるほどに外界の景色とそっくりだった。

 いや、そっくりとは語弊がある。青空の景色と、周囲一帯が緑で囲まれた風景が外界によく似ているということ。

 その他は、似ても似つかない文化が広がっている。

 ユーラシアたちが飛ばされたのは、十メートルほどの高さがある崖の上であり、その十メートル下には、ほとんどが木製でできた家が立ち並び、所々に木の葉と藁で創られた昔ながらの家も見受けられる。

 すると、崖下にこちらを見上げる二人の魔物の姿が見えた。

 生徒たちは近くにあった坂道を降り、警戒心を緩めることはなく、魔物へと近づいていく。

「ホッホッホ、エルナスから話は聞いておる。ようこそ、『剣聖村』へ」

 出迎えてくれたのは、人とよく似た見た目をしており、白髪と白い髭を生やし、真っ白な和服に身を包んだかなり年老いた魔物。

 おまけに腰には一本の剣、あるいは刀を携えている。

「わしらの名称は、剣に魔物と書いて「剣魔」と言うてな。皆が剣を達者に扱うことができる魔物なのじゃよ。じゃが、その中でも特に次元を逸しておるのが「剣聖魔」と呼ばれる者たちじゃ」

 剣魔と呼ばれる魔物は、確かに人と瓜二つな見た目はしているものの、手足の指は三本ずつしかなく、額に開いていない目のような物が存在しているなど、所々人とは異なる部分が見受けられる。

「「剣聖魔」とは、魔法陣に刻まれた剣聖様の力を継承する者のことじゃよ。そして今回、お主たちを襲う人斬り役でもある存在」

 その瞬間、生徒たちに多少の緊張の色が見られた。

 魔物側から直接、人斬りという言葉を聞いたことで、現実味が一気に増してきたのだ。

「自己紹介がまだじゃったのう、わしはビヨンドと言う名を持つこの村の村長じゃよ。そしてこっちのが————って、何か様子が変じゃのう?」

 ビヨンドの背後に控える笠を被る背の高い魔物が、徐々に分かりやすく身震いし始める。

「これはこれは、校長さんは粋なことをして下さるお人だ。まさか、あっしらと同じ質の魔力を秘める子らが居ようとは」

 そう言うと、被っていた笠を取り、片目に負った大きな切り傷と、口元に生やしたワイルドな髭を現した。

「ちょいと、力試しと行きやしょう。さて、お二人とも、出てきてはくれやせんか?クリスタルの破壊は致しませんで、安心してくだせぇ」

 そう言うと、ビヨンドと同じく腰に携えていた刀の柄を力強く握りしめる。そうして、脚を大股に広げてものすごく低姿勢となる。そのせいで、二、三メートルはあろう刀身の鋒が高く舞い上がった。

「それではいきやす」

 魔物が鞘から少し刃を抜き出し、煌びやかな銀色を目立たせた瞬間、生徒たちの中から二人の影が飛び出した。

 シェティーネとレインである。

 二人ともがシェティーネの魔剣を手にした状態で魔物の頭上から襲いかかった。

 手にしている一本は、格付け期間の際、ユーラシアとの戦闘時に見せた大剣。もう一方は、太陽に照らされ、姿を隠すほどに全身の刃を光らせた日本刀のような剣。

 

 鞘から抜かれた刀を用いて、とてつもない低姿勢から放たれる剣撃は、目にも止まらぬ速さ。

 シェティーネとレインの上からの攻撃に対し、それを無視するかのように地面スレスレをなぞる魔物の刀。

 しかし次の瞬間、微かな声量である言葉が囁かれた。

 

「天地一閃」

 

 シェティーネとレインの耳には確かにその一言が届いていた。

 しかし、眉ひとつ動かす暇なく、先に振り下ろしたはずの両者の魔剣は一瞬にして砕け散った。


「「クッ!」」


 二人は魔物が突如振り上げた刀の衝撃波により、背後で一部始終を見ていた生徒たちの更に後ろの崖へと吹き飛ばされた。

 そうして放たれた圧倒的な斬撃は、延長線上にあった崖上の木々のいくつかを切り倒し、天へと舞い上がっていった。

 

 魔物は滑らかに鞘へと刀を納める。

「あっしはブルジブと言う者でございやす。お見知りおきを」

 そう言って、ブルジブと名乗る魔物は、スタスタと村の中へと姿を消していってしまった。

 

 剣と剣の勝負において、これほどまで相手にならなかった経験は、レインとシェティーネにとっては、両親と剣を合わせる時の他にはなかった。

 ブルジブが五十八名もの生徒の中からシェティーネとレインに同じ波長の魔力を感じたのと同じく、シェティーネとレインも代々家系に伝わる剣聖の魔力を感じとっていた。

 それは、剣聖である父のものと少し似ていたが、少し違う。

 そのため、無策のままに敵に突っ込んでいくなど、無謀と言う他なかった。

 しかし相手の挑発に乗ってしまった。

 決して取り乱していたわけではない。むしろ冷静であったくらいだ。魔物を今まで敵視していたため、魔物が剣聖の技を使うなど認めたくない気持ちに駆られはしたが、怒りに呑み込まれることはなかった。

 しかし魔物の剣が自分たちより上に行くことは許せない。それは、剣聖を生み出してきた一族としての本能である。

 だからこそシェティーネとレインの体は無造作に動き、シェティーネが生成した二本の魔剣を魔物目掛けて振り下ろしていた。

 その結果は信じられないようなもの。何の反応すらできずに剣を破壊され、尻餅をついただけ。

 悔しいなどの屈辱感に苛まれる余裕などなく、目の前の魔物の存在が父ほどに大きく、圧倒的な存在感に思えてしまった。

 

 一瞬の攻防で見せた魔物の一太刀は、とてつもなく洗練された技であり、生徒たちを魅了するものであった。と同時に、ある疑問が所々で湧き上がる。

 それは、ブルジブというあの魔物こそが、五人の内の一人である『剣聖魔』なのではないかという疑問。

「挨拶にしちゃ〜少しやりすぎてしまったようじゃの」

 ビヨンドの予想外の出来事がまさに今目の前で起きたはずだというのに、驚いた表情のカケラすら見られない。

 ビヨンドはむしろにこやかな表情を浮かべながら、後方で未だ尻餅をつくシェティーネとレインに手を伸ばした。

「見事なものじゃったじゃろ?いつも以上に緩急のある剣筋をしておった」

 その言葉は、今の二人からすれば答えも同然であった。

 いや、その場にいる全員が確信付くには十分な一言だった。

 ブルジブは『剣聖魔』なのだと。

 そして気になるのは、今目の前にいるビヨンドと名乗る村長である。

 ブルジブから放たれた剣撃は、直接受けたシェティーネとレインでさえ、完璧には捉えられないものであったのだ。

 洗練された達人の動きとは、見るものを魅了するかの如く、流れるように滑らかに見える。しかし実態は超速で繰り出されているキレのある技。素人などは、一つの技の中に潜む、技術や動きを理解し、捉えられてはいないため、唯一捉えられる動きを捉えた結果が、滑らかに見えるということ。

 それなのにビヨンドは、ブルジブが放った一太刀の中にある緩急の技術を見切っていた。

 つまりは、低姿勢から放たれた剣筋を上へ向けた際の動きが一部始終見えていたことになる。

 そのような芸当ができるのは、同じ次元に立つ者のみ。

 それが意味するところ、それは、村長であるビヨンドが二人目の『剣聖魔』なのではないかということだ。

「手助けはいりません。一人で立てますので」

 レインとシェティーネはビヨンドから差し出された手を握ることなく、羞恥心から若干俯きがちで立ち上がる。

 その他の生徒の中にも、ビヨンドから感じる違和感に気がついている者もいるだろうが、ブルジブの「天地一閃」を受けた二人が最も違和感を抱いている。

「そうかの?それなら早速、わしの家に行くとしよう」

 そう言ってビヨンドは、計五十八名の生徒たちを引き連れて村長宅へと向かった。

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