第37話 今後の予定とダンジョン試験
それから一週間弱が過ぎ、六月も終盤に差し掛かった今日、約一カ月ぶりに学園が再開した。
校内の解凍作業は全て終了し、凍結した痕跡もなく綺麗な様となっている。
そうして久しぶりに教室へと集められた魔戦科一年Sクラスのメンバーたち。しかしその中に、相応しくない二人の生徒の姿があった。
ミューラとユキである。
二人自身も、どうして他クラスである自分たちが魔戦科Sクラスの教室にいるのか分かっていない。
「おいおい、再開早々、なんで関係のねぇ奴が混じってんだよ?」
「それは私も思った。だけどまぁ、このクラス女子少ないし、私的には歓迎だけどね」
どこかピリつく雰囲気を纏うヴァロと、相変わらず能天気なリリルナ。
「少し考えれば分かるだろう?」
「あぁ?」
早速、シュットゥの発言がヴァロをイラつかせる。
「このメンバーは、バベル試練の選抜者に選ばれたメンバーだ。はぁ、君たちと話してるとレベルの低さを痛感させられるよ・・・・・色んな意味でね」
シュットゥの発言は、明らかにヴァロとリリルナを侮辱しているように聞こえるが、本当は最も自分自身に向けた言葉。
それも全てはユーラシアのせいだ。
今まで散々見下してきた存在が、自分よりも優れていたなど、そう簡単に認められるものではない。しかし、認めるしかないのだ。
そんな心のわだかまりが怒りへと変換され、行き場のなくなった感情をヴァロへとぶつけてしまっている。
そしてヴァロもシュットゥと同じく、プライドが人一倍高いだけに、ユーラシアの実力はそう簡単に受け入れられるものではなかった。
二人とも、ユーラシアに向けた怒りというよりは、何も知らずに見下すことしかしてこなかった自身への怒り。
二人の怒りは、約一カ月経った今もなお、収まっていない。
「おいシュットゥ。喧嘩ならいくらでも買ってやるぜ!今は猛烈に誰かに怒りをぶちまけたい気分だからよぉ!」
「はぁ、そういうところが低俗だと言うんだよ君は。だけど今日ばかりは我慢できないね」
今にも沸騰しそうな怒りを沸かせるヴァロとシュットゥ。
そんな二人を収めるべく動いたのは、やはりレインであった。
「やめろ」
「はぁ?なぁレイン。お前は確かに俺たちよか強ぇけどよ、お前だって自分の無能さに気づいちまったんだろ?」
敢えてレインを挑発するヴァロ。
これまでは格の違いを理解していたからこそ言うことを聞いていたが、そのレインでさえ、ユーラシアと比べれば無能者であることを気づいてしまった。
「俺が無能だと?スレイロットがしたことは、あの怪物を足止めしただけだ。実際に倒してくれたのはミラエラ先生のはずだ」
「ケッ、幸せな野郎だぜ。なぁレイン、お前は何を見てたんだ?まぁ、俺だって一部始終を見てねぇから言えたことじゃねぇんだろうがよぉ、あの怪物はユーラシアの野郎の目の前でグチャグチャに吹き飛んでたんだぜ?信じられねぇ話だが、お前だってほんとは分かってんだろ?」
悔しい、認めたくはないが、認めるしかない。
ヴァロも全くと言っていいほど、シュットゥと同じ気持ちを抱いている。
「それによぉ、あんな怪物を数秒間でもお前に足止めできたかよ?」
「———何が言いたい?」
気がつくと、拳を力強く握りしめるレイン。
「だからぁ、何度も言わせんなよ。俺もお前も、無能ってこったろうがよぉ!」
レインは強く拳を握りしめたまま、視線を上へと向け、ヴァロへと睨みを利かせる。
止めに入ったはずのレインだが、ヴァロの挑発は度がすぎていた。
レインは怒りを抑えられずに、己の中に流れる魔力の動きがものすごい勢いで活性化していくのを感じた。
レインは間違いなく、手加減などするつもりがない攻撃をヴァロへと放つつもりでいる。
しかし、ヴァロはそのことを理解した上で、屈辱にまみれた笑みを浮かべた。
「来いよ、クソがぁ」
「覚悟しろ、ヴァロ」
教室内の空気が微弱ながらも揺れ始めた瞬間、教室の扉が勢いよく開かれた。
「何をしている!遊びでは済まされないぞ!」
怒りを露わにした状態のエルナスが教室内へと姿を見せると、次第にヴァロとレインの魔力は収まりを見せる。
「なぜ喧嘩したなどとは聞かない。だが、次から授業や決められた場以外での戦闘を行う、あるいは行おうとした場合、罰則を与えることとするからよく肝に銘じておけ」
その後、それぞれ思うところはあれど、一先ずは席に着いたタイミングでエルナスが話し始める。
「さて、事情は知らないが、できるならば早いうちに仲直りをしておけ。それじゃあ、話を始めるとしよう。話すことは三・四つほどあるが、まずは七月末付近にある三者面談についての話からするとしよう」
この時期の三者面談では、主に入学したてということもあり、学園生活中心の出来事や過ごし方についてを親と子、そして教師の三人構図で話していく。
「三者面談には、両親どちらか片方の出席はお願いしたい。もちろん、どちらも出席するというのなら、そこに制限を設けるつもりはない。そして、期間は三日に分けて各々一時間配分で面談を行なっていくことになる。まぁ、ざっくりとこんなところだろう。質問のある者はいるか?」
ユーラシアが悩ましげな表情を浮かべているが、後ほどユーラシアにはミラエラから説明があるはず。
そして、この場での質問者はいないため、素早く次の話題へと移る。
「そして三者面談が終わり次第、つまりは八月の始めからだな。約一カ月ほどの長期休暇が待っている。家に帰るも、学園に残るも自由だが、外部での問題だけは起こさないようにとだけ伝えておこう。そして重要なのはここからだ。長期休暇を終えて更に約一カ月後、現役のゴッドスレイヤーたちによるスカウトも兼ねた、いわゆる武道の祭り『魔導祭』が行われることとなる」
魔導祭は、年に一度、学園主催で開かれる武道の祭りである。
「詳しい説明は休み明けに行うが、祭の対象は四年生〜六年生の高学年連中に絞られている。お前たち低学年の生徒は、祭りの設営などの準備を手伝ってもらうこととなるからそのつもりでいろ」
これには皆が嫌そうな表情を見せるが、文句を言っても仕方のないことだ。
しかし、ヴァロやシュットゥ、レインは現在、腹の虫が治まってはいないため、一人ボソボソと文句をひたすらに垂れ流している。
「また、会場となるコロシアムと、運行予定である魔導列車の詳細な説明も休み明けにされるため、ここでは省略させてもらおう。そのため、質問などはその時に受け付ける」
コロシアムも、魔導列車も、実際の物を見せながらの説明の方が分かりやすいのだが、今はまだ線路も含めて解凍作業が済んでいないため、詳細が後回しとされる。
「それでは最後に、今日一番の本題に移るとしよう。五月末に行われる予定だったバベル試練だが、想定外の事件により白紙になってしまった。そこでだ、そのバベル試練に変わる試験を新たに設けることとした。期間は三日後の六月二十七日からの十日間だ。そのため、試験の内容についてをこれから詳細に伝えて行く」
すると、エルナスは一枚の大きな紙を広げて黒板へと貼る。
そこには、木の根のように幾つもの枝分かれした通路のようなものが記されていた。そして、通路の先には空間らしきものがあり、その空間の先にも枝分かれした通路で繋がった空間が存在している。
「実は学園の地下、言うなれば海の底の地中には、異次元に繋がるダンジョンの入り口があるのだ。そしてそのダンジョンの構図となるのが今張り出したこの図というわけだ」
「質問なのですが、ダンジョンとは、勇者が創り出したとされる噂の産物に過ぎないのでは?実際、ダンジョンが発見されたという話は聞いたことがありません」
そんなシュットゥに向けて、エルナスが試すような視線を向ける。
「いいや、ダンジョンは実在する。実際に東側に情報が伝わってきていないだけで、南などはダンジョン探索にのり出しているギルドもあるのだ」
シュットゥだけでなく、ダンジョンの噂を一度でも聞いたことがある者たちは驚きの表情を浮かべている。
「では改めて、知らない者のためにダンジョンについて説明をするとしよう」
エルナスはダンジョンの誕生した過程についてを話し始めた。
ダンジョンと聞くと、誰しもが魔物が潜む洞窟だったり、未知の宝の存在を想像することだろう。
要するに、人類が一方的に侵略してゆく道具という認識。
しかし、その認識は間違っている。
確かにダンジョンには、魔物もいれば宝もある。しかしそれらは人間のためではなく、魔物のために存在しているのだ。
つまりは、魔物による魔物のための国なのだ。
魔物の発生方法は、魔力をエネルギーと人体構築の要素として自然発生的に誕生する。
魔力とは、人間にも恩恵をもたらすものであり、魔物とはそれ自体本来は危険なものであれど、敵視する存在ではないのだ。
魔物=魔族という認識が九割型の人類に刻み込まれた真実であるだろうが、事実は、魔法の神とも言うべき魔王にただ操られ、道具にされていただけに過ぎない。
それ故、魔王が滅んでいた間は、攻撃しなければ、人間へと危害を加える真似などしなかったのだ。もちろん、攻撃的な魔物がいることも否定はできない。
かつて魔王を討ち取った勇者は、その事実を分かっていたからこそ、魔族を全て滅ぼし、残された魔物へと住処となるダンジョンを与えた。
ダンジョンは様々な場所、形で存在している。そして、ダンジョンには常に魔力が満ちている。なぜならば、地上へと過剰に溜まった魔力を吸収して調節しているのである。しかし、全てを一律に調整できる機能はなく、地上でも所々で魔物が発生してしまっている。
そして、ダンジョンへと流れ込んだ魔力により、魔物の発生や強化・進化、ダンジョンの拡大などを常日頃から行われている。
つまり、地上で大量の魔力が充満すればするほどに、ダンジョンが成長して行くと言うわけだ。
話は長くなったが、ダンジョンとは、地上では危険視、敵視されてしまう魔物たちの住処なのである。ダンジョンには、魔物の世界が存在していると言っても過言ではない。
「知る者がごく僅かなだけに、その反応は無理ないだろう。実際私自身も、ダンジョンについてあまり詳しくは知らなかったのだ。試験の話をしたところ、ミラエラから聞かされたのだ」
理解が追いつけているのかいないのかはさておき、あまりの衝撃的な内容に、生徒たちの常識が根底から書き換えられているのは確かだろう。
「さて、ダンジョンの基本的説明が済んだところで、もう分かっているとは思うが、試験内容は『ダンジョン』だ。それでは、その詳細な説明を行う」
生徒たちに一先ず一呼吸おく時間を設けた後、即座にエルナスは再び説明を始める。
「ミラエラが放った魔法の影響は、ダンジョンにまで届いていたんだが、幸い凍結が全体の五分の一程度で済んでいた。初めてと言うこともあり、今試験では、入り口付近の魔物に協力してもらおうかとも考えていたのだが、それは無理になってしまった。よって、今試験で挑んでもらうのは、『剣聖村』と呼ばれるダンジョン内に存在する魔物の村だ」
「「剣聖?」」
流石は剣聖の子供。
シェティーネとレインがほぼ同時に「剣聖」という単語に反応した。
「いい反応だ」
「剣聖村と言うからには、何かしら、アーノルド家と関係があるのでしょうか?」
「まぁ落ち着いて聞け、『剣聖村』には、かつて勇者がダンジョンを創る際、そこに居合わせた、かつての剣聖が己の技を刻み込んだ魔法陣を空間内に記したそうだ。その魔法陣が刻まれた空間には、滅多にない確率で凄腕の剣術を持った魔物が誕生するのだと聞いた」
「つまりは、俺たちの先祖が、魔物に剣の腕を与えたと言うことになるな」
レインは深々と考える。
今まで、魔族=魔物であるという認識を持っていたからこそ、魔物に剣の腕を与えたことに何とも言えない気持ち悪さを感じる。
「理解はしたわ。けれど、納得は、簡単にはできそうにないわね」
シェティーネもレインと同じ気持ちらしい。
「まぁ、そうだろうな。しかしお前たちの気持ちを試験へと持ち込むのは禁止だ。それでは試験の内容だが、現在、凄腕の剣の腕を持つ魔物は、計五体いるそうだ。その魔物を探し出し、倒すことを目的とする。今回の試験テーマは「人斬り村への潜入だ」」
「「「人斬り村への潜入?」」」
ここに来て、アートとユキを除いた七名が息を合わせてテーマ名を復唱する。
これにはエルナスもにやけ顔である。
「フッこれまたいい反応だな。今試験は魔物側にも話を通して協力を依頼してある。今回、五名の魔物には、お前たち生徒を襲う人斬り役となってもらうのだ。つまりお前たちは、やられる前にやらなければならない。相手は容赦なくかかってくることだろう。だからお前たちも容赦なく反撃しろ。心配はいらない。魔物は死んでも、ダンジョン内であれば何度だって生き返る。そのことについても許可は既に取ってある。だが一つ、トドメの際、頭部は狙うな」
「いやいや、ここにいる誰も魔物の心配なんてしてないですって!」
思わずリリルナがツッコミを入れてしまった。
「そうだろうな。まぁ安心しろ、何もお前たちにまで命を背負わせるつもりはない。一度死んでしまえば、二度と戻りはしないからな。そこでこんなものを用意した」
エルナスがポケットから取り出したのは、緑色のクリスタルに紐がついたブレスレットのようなもの。
エルナスはそれを、首に通した後に脇の下にも通す。すると、緑色のクリスタルの部分が、丁度左胸の心臓あたりにやって来た。
「このクリスタルは、そう簡単に壊れはしないが、相手はこれの破壊を狙ってくる。要するにだ。お前たちの絶命は、クリスタルの破壊を持って判断される。クリスタルの破壊された者は即刻村から退出し、その時点で試験は終了となる」
つまり、試験の終了条件としては、クリスタル破壊=絶命する。または、人斬り役の魔物五名の討伐にあるということ。そして、十日というリミットが訪れ次第終了となるわけだ。
「『剣聖村』には既にいくつかのカメラを許可を取って仕込み済みであり、試験監督である教師は、逐一お前たちの行動をチェックしていることは伝えておこう。そうして各々の活躍度により、成績が出されるという仕組みとなっている。それでは最後に、質問のある者はいるか?」
実にシンプルな内容だけに、質問する者が現れない。しかし気になることがある者もいるらしく、シェティーネの手が上がる。
「当然、倒した方がいい成績をもらえるのですよね?」
「当然だ。しかし気をつけることだな。魔物でも相手はかつての剣聖の技を継いでいる。そのことだけは忘れるな」
いつも以上に真剣な面持ちのシェティーネにエルナスも真剣な表情で言葉を述べる。
その後は、質問する者は現れず、今日のところは解散となった。
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