第36話 医務室での出来事

 その後の解凍作業はと言うと、学園内の解凍とコロシアムの解凍を優先して行っていった。

 方法は、発明科が開発した人工放火具と炎属性の力を有する生徒や教師たちが協力しながらの地道な作業となる。

 しかし、海中の解凍に関しては、機嫌のよいアートが『モナフェス』を発動した直後に、自身の魔力を熱源に変化させたエネルギーを海中へと潜ませたことで、ものすごい速さで解凍が進行しているのだ。この調子ならば、『魔導祭』当日に魔導列車を運行することが可能となるだろう。

 そして、既に学園内には、アートによって解凍済みの部屋が二箇所存在していた。

 一つ目が魔戦科Sクラスの寮内であり、二つ目がユーラシア含めて若干名がお世話になっている医務室である。

 この二箇所を解凍した理由は、十中八九ユーラシアの為であろう。

 おかげで、ユーラシアの砕けた骨は無事に元通りとなり、今は体力の回復のみに努めている。

 しかし体力の消耗が想像以上に激しいらしく、二週間ほど経った今もまだ一人では碌に起き上がることすらできない有様。

 それに解凍作業が忙しいため、学園はしばらくの間休みとなるとのこと。

 しばらくとは言っても、六月中には再開させる目処は既に立っている。

 まぁ、その話は一旦置いておくとして、今、ユーラシアの両サイドには麗しき花が二つ添えられている。

 片方はシェティーネ・アーノルド。もう片方には、ユキ・ヒイラギの姿。

 シェティーネはユーラシアの手を握りしめ、目を瞑るユーラシアを心配そうに見つめる。

 そして一方のユキも、白々しくあたかも心配しているかのような雰囲気を醸し出している。

 この場には、ユーラシアとユキ、シェティーネの他には数名の生徒しかいなく、誰一人としてユキの正体に気づいている者はいない。

「ん?・・・・・」

「ユーラシアくん⁉︎」

 二週間もの間ひたすら眠り続けたユーラシアの瞼がゆっくりと開かれる。

 その光景を目にしたシェティーネの目からは徐々に涙が溢れ始めた。

 そして——————

「えっ———シェティーネさん⁉︎」

 まだ目を覚ましたばかりのユーラシアへと無造作に抱きつくシェティーネ。それが思わず取ってしまった行動であったため、シェティーネはすぐさまユーラシアから距離を取った。

「ご、ごめんなさい。そのぉ・・・・・あれ?私どうしちゃったのかしら?」

 自分でも今取った行動の意味が理解できずに混乱している様子。

 そうしてそのまま、顔をりんごのように赤面させて「頭を冷やす」と一言残し、颯爽と医務室から姿を消してしまった。

 シェティーネのユーラシアへ抱く想いは、『恋』と言う名の病である。

 それはまだ本人が自覚していないことだが、気がつくのは最早時間の問題。

 まだ十歳という幼い年齢なだけに、シェティーネは誰かを好きになったことが一度もない。つまりはこれが『初恋』なのだ。

 少女の恋は儚く散るか、それとも甘い果実となり得るかは誰にも分からないこと。

 

 シェティーネが出ていってしまったことでユーラシアとユキ、二人の空間が出来上がる。

 まず始めに口を開いたのはユキだ。

「私、すごく驚きました。まさか、あんなに恐ろしい怪物を倒しちゃうだなんて」

「え?ボクがやったの?」

「うん。私たちが生きていられるのは、スレイロットくんのおかげだよ。本当にありがとう」

 ユーラシアが何も知らないのをいいことに、弱々しく偽の涙を浮かばせ、弱者を演じる。

「だけど、その反動で二週間もの間寝ていたの」

「に、二週間⁉︎えっ、その間みんなは?というか、みんなは無事なの?あの後は一体どうなったの?」

 

 ユキはユーラシアへと、自分が見た通りの出来事を話した。

 

「よかったぁ。それじゃあ、ここにいる人たちはみんな、重症じゃないってことなんだね」

 ユーラシアは心底ホッとした様子を見せた直後、嫌なことを思い出したのか表情がとても暗いものとなる。

「どうかしたの?」

「フェンメルさんのことなんだけど・・・・・いや、何でもない」

 ユキは心の中でほくそ笑む。

 あのような何の価値もない男のために悲しむことなど時間の無駄であろうにと。

 しかし声には出さない。

 本当に胸糞悪い話である。

「あの、一つ聞いてもいいかな?」

「何?」

 ユキは慎重に言葉を切り出す。

「コ———あの怪物をどうやって倒したのか本当に覚えてない?」

 ユーラシアは深く記憶の奥底を探ろうともがくが、何一つ思い出せない。

 それもそのはず、あの時はアドレナリンが出まくっており、とてつもない興奮状態の中、拳を放った直後から意識が飛んでしまっているのだから。

 しかし、進化した『竜王完全体』の力を頼りに思い出すことだろう。

「ごめん。本当に思い出せないや」

 ユキは鋭い視線をユーラシアへとバレずに向ける。

「そっかぁ。そういえば、スレイロットくんが気絶した直後に、あの怪物の体が砕けた散ったのね。失礼かもしれないけど、普段のスレイロットくんが宿す魔力量は、ほんの少しの量だよね?」

「うん。お恥ずかしながら」

「もしかしたらの話なんだけど、何らかの方法で力を隠してたりするのかなぁって思うんだけど、どうかな?」

 いつもとはどこか違うユキの様子に、ユーラシアは少しだけ違和感を覚える。

「ヒイラギさん?なんか今日は、積極的だね。まぁでも、みんなには広めないって言うなら———」

 間違いなく何かある。そう思わせる発言がユーラシアから飛び出したところで、あまりにもタイミング悪くミラエラが姿を見せた。

 ユキは相変わらず笑顔を保っているが、怒りの沸点は限界を越えそうなほどに達している。

「調子はどうかしら?」

 ミラエラはユキを一瞥した後、興味なさげにユーラシアへと笑みを向ける。

「あの先生?今は私が———」

「骨の方はほとんど元通りみたいで安心したわ。今まで骨の修復に体力を使っていた分、後一週間もすれば、急速に体力も元通りと言ったところね」

 今の自分は、ミラエラなど簡単に捻り潰せる。そのような自信があるからこそ、今にも手が出てしまいそうな感情に駆られるが、本能がそれを抑え込む。

「先生、今は私がお話をしていたと思うんですが」

「ユキ・ヒイラギ。個人的な事情に首を突っ込むのは、あまり感心しないわね。プラバシーの侵害だから気をつけるべきよ」

「大丈夫だよ、ミラ」

「そう?それならよかったわ。だいぶ元気そうだし、授業の再開日には間に合いそうね」

 ミラエラはあえてユーラシアが放った「大丈夫」という意味を異なる意味で捉えた。

 ユーラシアが言いたかったのは、ユキはみんなに言いふらすような子じゃないから大丈夫だよという意味である。それに対してミラエラの言葉が持っていたのは、ユーラシアの体調が良好であるというニュアンスである。

「そうだわ。今の状況は聞いたかしら?」

「うん。聞いたよ」

「今のところ解凍作業は順調に進んでいるけれど、体力が戻ったら貴方にもお願いするかもしれないから覚えて置いてね」

 そうしてミラエラはユキへと鋭い視線を向ける。

「それじゃあ、私たちは行きましょうか」

「いえ、私はもう少しだけスレイロットくんの側にいます」

「ああ、ええっと、貴方もう二時間くらい医務室にいるでしょう?シェティーネも戻ってきたし、そろそろ休憩はお終いよ。それとも、ユーラシアのことが好きなのかしら?」

 ユキの怒りは限界の限界だ。

 このままでは、取り返しのつかない事態になりかねない。そう判断したユキは、仕方なく退散することにした。

「純粋に心配だっただけですよ。だけど、もう戻らないといけないから行くね、スレイロットくん」

「うん。ありがとうヒイラギさん。シェティーネさんにもありがとうって伝えといてもらえる」

「うん。分かった」

 そうしてユキは静かに医務室を後にした。

「それじゃあ、私も行くわね」

「ねぇ、ミラ」

「何かしら?」

「何か怒ってる?」

「いいえ、そんなわけないじゃない」

「・・・・・そっか」

 その後ミラエラも医務室を後にした。

 十年という月日は、短いようでとても長い。

 隠しているつもりでも、ちょっとした仕草や言動により、相手の感情を読み取れてしまうのだ。

 

 こうして学園内とその周辺の解凍は着々と進んでいき、王都の方も炎属性の魔導師が活躍してくれているおかげで思いの外順調に解凍作業が進んでいく。また、王都には海がないため、これから夏を迎えるということもあり、あっという間に白銀世界は溶けていくことだろう。

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