第34話 王都の現状
季節はもうすぐ夏に差し掛かろうとしている六月初旬。
王都クリメシアの景色は白銀色に包まれ、その姿はまるで氷の国そのものであった。
王都内では群衆間に騒動が生じ、王城内でも混乱の嵐が巻き起こっていた。
王都クリメシアの国王「ダビュール・サラン・クリメシア」は、そんな状況下でただ一人、何やら楽しげな笑みを浮かべて玉座に腰掛ける。
側近には、主に緑が強調されるエナメル色の衣装に身を包んだ従者二名の姿がある。
この色はクリメシア色と王都内では呼ばれており、王都内に存在するあらゆる自然の緑色を混ぜ合わせた混合色となっている。
マルティプルマジックアカデミーへの巨大魔法陣が刻まれている場所も森であり、魔法学園の非常用の予備施設が設けられているのも森の中である。
つまり、それほどまでに大きく、国のシンボルとなり得る森を象徴した衣装であるということ。
「クリメシア王。失礼は承知で聞くんだが、こんな状況でどうして笑っていられるんだ?」
「ダビュール様に失礼ですよ!カルメ」
「だから、失礼は承知でって言ってるだろ?頭が固いなクランは」
いくら側近と言えど、一国の王の前で喧嘩を始めるなど論外である。
しかしこの二人に関しては、日々いがみ合うのが習慣化しているのだ。そのことを分かっているからこそ、ダビュールは笑みを崩さず、二人の喧嘩に対して一切の反応を示さない。
「民が苦しみ、配下であるお前たちが苦労しているのは承知している。しかしこの白銀の景色に対するこの喜びを味わうことだけは、どうか許してほしい」
カルメとクランには、ダビュールの発言の意味がよく分からなかった。
当然である。王都全土に被害をもたらした白銀色の凍結に何の喜びを感じると言うのか、その意味が不明なのだ。
そんな時、ふとカルメが言葉を漏らした。
「もしかして、クリメシア王の知り合いが起こした現象とかですか?」
ダビュールは一瞬驚いたように目を見開いてカルメを見つめる。
「よく分かったな。お前の言うように、これは余の古き友人の魔法だ」
「けれど、ダビュール様は魔力がないのではなかったですか?」
そう、ダビュールは、クリメシアとなった日から魔力のない一般人となっている。
「ああ、余には魔力がない。だが、今のお前たちには想像し得ないほど、余は昔、強者であったのだぞ」
カルメとクランは同時に互いの顔を見合わせ、分かりやすく気まずそうな表情を浮かべて言葉に詰まる。
王都クリメシアの歴史には、王の世代交代の伝承が一切残されていないのだ。つまり、王は現であり初代。そして、何かしらの大きな秘密を抱えているということ。
王に仕える誰もがそのことに触れないようにする習わしを守っているのだが、まさか自身の口から怪しげな雰囲気を匂わせてくるとは、習わしを守らねばならない立場として反応に困ってしまう。
「それでは、お前たちも気まずそうだしこの話はここで終わりとし、余も喜びに浸るだけでなく、国の現状について意識を向けるとしよう」
「ですね!」
王とは、孤高にあらず、民を、配下をまとめ、土地を支配し、そこに住む皆が利益を享受できる国を作ること。
その教えは、ダビュールだけが守るべきものなどではなく、国を持つ王ならば誰しもが守らねばならぬ責務。
そして王都クリメシアは、その教えに恥じぬ発展を遂げてきたのだ。
それを成し得たのは、民や配下たちの協力のおかげであれど、ダビュールが王たる質を発揮したおかげに他ならない。
そして今、かつてない混乱に陥っている国を救うために、カルメとクランは自分たちが憧れる王「ダビュール・サラン・クリメシア」が、王の質を見せてくれるのだと多少心を躍らせている。
もしも世代交代がなかったのだとしたら、王都クリメシアをダビュールがゼロから創り上げたことになる。表には出さないが、裏で憧れている者は多くいるのだ。
「状況を見るに、民や余を含め、王城にいる配下たちだけでは解凍にかなりの苦労を要することとなる。下手をすれば年単位での解凍もありえるほどだ。余はあまりあの魔法には詳しくないが、生じた氷には術者の魔力が宿っておる。それ故に通常の氷よりも解凍に時間がかかってしまうのだ。だから余が出す命はこうだ。学園に繋がっている森の中の魔法陣に覆い被さる氷を優先的に解凍し、エルナスたちの手も借りた上で、王都全体の解凍作業に移るとしよう」
流石の判断力の高さだが、魔力を持たず、その気配を感じることのできないダビュールは、エルナスたちの状況には気がついていない。つまり、この凍結がどこから生じたものなのかが理解できていないのだ。ただ理解していることは、白銀色の世界を創り上げたこの魔法は、ミラエラのものであるということのみ。
そして、ダビュールはミラエラが学園にいること自体知らないのである。
カルメとクランにおいては、異なる次元の魔力反応を感じられるほどの実力者ではないため、論外と言える。
よって、ダビュールの命は下された。
「「承知しました」」
「ところで、『白銀世界事変』とはよく言ったものだな。余はあやつの更にすごい魔法を見たことがあるだけに、『事変』とは言い過ぎな気もしなくはないが」
「いやいやいや、センムルの中には一国を滅ぼしちゃうほどの力を持つ奴もいるって話は聞いたことありますけど、こうも一瞬で王都全体を凍結させるなんて異常としか言いようがありませんよ!」
「ですね。私も色々な経験をしてきましたが、これほど強力な魔法は見たことがありません」
またもやダビュールの発言に驚いたように勢いよく発言するカルメとクラン。
「フッ、そうであろうな。しかし次元を異にしているとしても距離的にはそう遠くにはいないということ。いつかはお前たちも余の友人に会える日が来るかもしれないぞ。だがしかし、一体なぜこれほどの魔法を放つ必要があったのだろうか?」
ダビュールは思考する。そして優秀なその脳は、一つの答えを導き出した。
「もしや、神からの侵攻があったとでも言うのか?いや、それにしてはこちらに被害がなさすぎる」
被害がないと言うのは言葉のあやであり、魔法による被害しか出ていないことを表している。
「まぁ何にせよ、念の為の配慮はしておいた方が良さそうだな」
王は孤高にあらず。しかし幾度となく、ダビュールの思考は配下を遠くに置き去りにしてきた。それはこれからも同じであり、ダビュールの思考は、常に一人静かに行われる。
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