神攻編

第33話 仲間の死と侵攻の兆し

 バベル崩壊から数日後。

 場所はゴッドスレイヤーの住処『ホープァル』。


 漆黒と黄金で彩られた機械仕掛けの巨腕を身につけた大男ロッドは、薄暗く開けた空間に一つ置かれた椅子に腰掛けながら、いつも以上に深刻な雰囲気で難しげな表情を浮かべていた。

 そしてロッドの他にも一名。そんなロッドに涼しげな表情を向ける人物の姿があった。


 彼の名は『ユーリ・ポールメール』。

 ゴッドスレイヤーの四天王にして、王であるロッドに次ぐ強さを持つ四天王最強の男である。

 その立ち姿は、背後で両手を繋ぎ合わせているのにも関わらず、隙など不思議なくらい見つからない。更に、水色がかった輝く銀色の長髪は、その美しい容姿とも相まって女性であるかのような錯覚を起こさせるほどだ。


「王よ。今言っていたフェンメルが殺されたって話、嘘じゃないんですよね?」


「ああ、これが落ち込まずにいられるか?仲間を失うこと、それは俺にとって耐え難い激痛を与えやがる」


 数日前、バベル試練の指導役として派遣させたフェンメルが死んだと言う報告がエルナスから入った。

 その声は震えており、エルナス自身もフェンメルの死を受け入れたくない、信じたくはない様子であった。

 それが普通の反応だ。

 仲間を失うこと、それは、悲しみ。

 それ故にユーリがフェンメルの死を聞いて動揺するどころか、清々しい表情を浮かべていることにロッドは多少の苛立ちを覚えている。


「お前はどうしてそう平然とした様子でいられる?」


「平然としたように見えるんなら、それは人の死というやつに慣れすぎたんでしょう。俺は昔から少し見れば何でもできるし、何でも慣れてしまう。だから今回も、いつもと変わらず一人の仲間が去って行っただけ、そういう認識なのかもしれませんね」


 ロッドは渋い表情を絶やさず継続的に浮かべながらも、ユーリの言葉に対して更に不機嫌さを色濃く増すようなことはしない。


「はぁ、そういえばお前はそういう奴だったことを忘れていた」


「それに、今は落ち込むことより、他にやることがあるでしょう?」


 王に対してこうも堂々と意見を言えるゴッドスレイヤーは中々いない。エルナスを除けば、六武神の面々でさえ多少の緊張は見えるもの。

 そんなユーリの言葉を受け、ロッドは俯いていた体勢をゆっくりと起こして、深く椅子に座り直す。


「だな」

「エルナスによると、フェンメルの死の原因は『コキュートス』という存在であるとも言えるし、そうでないとも言えると———」

「ああ」

「そのコキュートスとやらを生み出した存在がエルナスの学園の生徒であると、そういうことですよね?」

「ああ、そう聞いてる。名前は『ユキ・ヒイラギ』、人類に潜んでいる神の遣いだそうだ」


 エルナスからの情報では、『ユキ・ヒイラギ』という魔戦科一年の生徒が、『コキュートス』を生み出しバベル内に放ったこと、そしてその理由が個人的な私情によるものであることの報告を受けている。


「このまま放っておくわけにもいきませんが、無闇に情報を広めるわけにもいかない・・・・・困ったもんですね」

「ああ、これがたかたがセンムルごときなら話は違っただろうが、おそらくは、かつて十年前の『ゴッドティアー』を引き起こした張本人かもしれねぇ点があまりにも厄介すぎる」

「もし、この話が表沙汰になれば、混乱どころの話じゃ済まないかもしれませんしね。下手をすれば経済破綻なんてこともあり得るんじゃ・・・・・」


 要するに、人々の奥底にある絶望の記憶を呼び覚ますことによって、世の中を中心的に回す人々がまともな判断力を失ってしまうことになるということ。

 そうなれば、危うい行動や、最悪の場合は自ら命すら絶ってしまう者も現れるかもしれない。そのため、ユキの正体、神の遣いが人類の中に紛れ込んでいるなどの情報は口外できないのだ。


「可能性は大いにあり得る。今このことを知ってるのは、ゴッドスレイヤーの中では俺とお前、そしてエルナスの三人。その他にも数名が知っているらしいが、こうして情報が漏れる危険を考慮してまで行動に移ったってことはだ。神からの侵攻もそう遠いい話じゃねぇってことだ」


 そう、ユキも言っていたように、神による侵攻は目前まで迫っているのだ。今ここで何か策を講じなければ、人類は『ゴッドティアー』など比にならない規模の犠牲を出すことになってしまうだろう。


「ユーリ・ポールメール。王としての命だ。西南北の全ゴッドスレイヤーにもこの真実を伝え、招集をかけろ。ここ東のゴッドスレイヤーどもには、俺から真実を話しておく」


 ゴッドスレイヤーには、王→四天王→六武神→役なしと言ったように階級分けがなされているのだが、それは、ここ東の『ホープァル』における分け方であり、西と南と北にもそれぞれゴッドスレイヤーの住処であるホープァルが存在し、それぞれに似たような階級が設けられているのだ。つまり、世界は東西南北の四つに区分され、計四人のゴッドスレイヤーの王がいるということ。その内の一人がロッドであるということだ。


「了解」


「そういえば、お前も気になっているここ『ホープァル』を白銀色に染めた奴の名は、ミラエラと言うらしい。細かい情報はエルナスから教えてもらってねぇが、名前だけは聞いてやったぜ」


 ホープァルが白銀色に染まった現象は、バベル崩壊時期と重なっており、染められた瞬間に感じた魔力は、ロッドやユーリさえも凌駕するほどであったことを、当の本人たちも認めている。


「ミラエラか。いい名前だ。いつかは会ってみたいものですね」


「だな。強さは必ずしも魔力量に依存するものじゃないが、異次元をも侵食する力となると、計り知れない実力だ」


 ミラエラの放った『氷界創造』は、ユキの『隔絶空間』を破るだけでなく、学園周辺の空間全てと、異次元に存在するホープァルにまで及んだのだ。


 更に———


「しかも任務の帰りに見たんですが、王都も全てが白銀色に染まりきってましたよ」


「全くもって呆れた力だ。まぁ、仲間である内は頼もしい限りだがな」


 ロッドは小さく微笑み、白銀色に染まる窓の外へと視線を向けた。

 そしてユーリは、早速任務を遂行するため、背後にあった黒い球体に触れてロッドの下から去っていく。

 


 ユーリは、その先の空間には誰もいないフェンメルの部屋の扉へと軽く背を当て、もたれ掛かる。

 そうして小さく何かを囁いた。


「お前の仇は、俺が必ず取ってやるよ」


 先ほどとは異なる悲しげな表情を浮かべ、今は亡き親友へと語りかける。

 ユーリの瞳には、任務に対する責任や、ゴッドスレイヤーとしての使命などとは違う、個人的な怒りを表す感情が強く濃く浮かび上がっていた。

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