第26話 兄弟のような存在
夕食後、食堂でフェンメルに呼び出されたユーラシアは、以前連れて来られた『ウィザードファミリア』へと、寮内に設置された暖炉に白灯の火を灯し訪れていた。
白灯で灯した火は、長時間燃えはせず、僅か数分で消えてしまう。
ユーラシアは、寮内のメンバーよりも先に食事を切り上げたため、他のメンバーが寮内に戻ってくる頃には白灯の火は消えているだろう。
ウィザードファミリアの景色は以前と何一つ変わっておらず、相変わらずの賑わいを見せている。
そんな中、ユーラシアは宙に浮かび不規則に飛行している箒の一つを手に取った。
「確か、青に変わったらだよね?」
中央に置かれた鍋の中の液体の色が変化する度、その直後の数秒間、色によって異なった外の景色が誕生する。
色の変化は不規則とのことであり、前回来た時の変化は、緑の次は青色へと変化していた。
現在は、赤→緑→紫→茶と変化を見せている。
フェンメルはユーラシアより先に来ているらしく、青色の景色が現れたら外へ来るように言われている。そのため、鍋の色が青くなるまで待っているわけなのだが、中々青色が回って来ない。既に三十分ほどは待っているというのに。
しかしその時は突然訪れた。
中の液体が沸騰し始め、徐々に色が変化していく。
その色は綺麗な青色。
沸騰していくに連れ、だんだんと揺れの勢いを増していく液体。
そして沸騰が最高点まで達した直後、天高く青い液体が噴射された。
天井が溶けていき、星満点の夜空の景色がユーラシアの視界へと飛び込んで来た。
ユーラシアはすかさず箒へまたがると、少ない魔力を勢いよく込めて飛び上がる。
洞窟内を超えて見えた景色。それは、広大な砂漠に、まるで地上から発生しているかのように地面に接した巨大な雲たち、近づけば触れられるのではないかと思うほどに。そして、雲と雲の間から見える地上を照らす星たちが、無数に夜空へと浮かんでいるまさに幻想的な景色だった。
あまりに壮大な景色に意識を奪われ見渡していると、砂漠の中央に青白い光が無数に集まる場所があった。
そこには、何やら真っ白な羽を背中に生やした馬型の生物とフェンメルの姿があった。
「フェンメルさん、それは?」
「待ってたよ。これはペガサスと、オレちゃんたち魔導師の間では呼ばれてる生き物だよ」
そのペガサスと呼ばれる生物が生やす翼は、羽というよりも強靭な鱗で覆われた言うなればアートと戦った際、一時的に枷が外れた時に見た竜の翼によく似ている。
「噂では、ペガサスは元を辿ればユニコーンだと言われてるんだ。伝承では、最古の時代に存在していたとされる竜族の血を分けられた古きセンムルであるとされているんだよねぇ。まぁオレちゃんもそんなに詳しくは知らないんだけどさ」
竜の血を分けられしセンムル。
そう言われれば、ペガサスの背に生える翼の見た目にも納得ができる。しかし、それはユーラシアにしか分からないこと。
「要するにペガサスは、人類の味方ってことになりますよね?」
ユーラシアは興味津々の様子でペガサスの頭に手を伸ばそうとする。
「そうなるねぇ。っと、ペガサスを見るのは初めてでしょ?随分と懐かれてるねぇ」
ペガサスはユーラシアの伸ばした手を一度ペロリと舐めると、とても懐いたように自身の顔をユーラシアの顔へと何度も擦り合わせて顔中を舐めまくっている。
フェンメルは少し感心した様子で、かつ楽しそうにその光景を見ていた。
「マジで食後でよかったねぇ。食事前だったら、食欲失っちゃってるよ〜」
まるで他人事みたいに笑いながら感想を述べるフェンメルに対して助けを求めるユーラシア。
まぁ、他人事なのだけれども。
「いやいや、見てないで助けてくださいよぉ」
だけど、ユーラシアにこれほど懐くということ自体、伝承が本当であると言っているようなものである。
おそらくペガサスは、ユーラシアの竜王の何らかの匂いを何となくだが嗅ぎつけ、ユーラシアを主人であると判断しているのではないだろうか。
「ユーラシアくんは人だけでなく、センムルにまで好かれちゃうのかぁ。まったく頭が上がらないよぉ」
「うっ、口の中に唾が!———ペッ」
ペガサスは何周もユーラシアの顔を舐め回した後、満足したのか、背中に生える翼を器用に使ってユーラシアを自身の背中へと乗せた。
「おっいいね。それじゃあ、早速行きますか!」
続いてフェンメルもユーラシアの後ろへと回り、ペガサスの背中にまたがる。
そうして二人が乗ったことを確認した後、ペガサスは白く大きな翼を何度も羽ばたかせ、空高く舞い上がった。
「ほぉぉぉぉぉぉ‼︎」
ペガサスは星々の輝きに満ちた夜空を気持ちよさそうに優雅に舞う。
ペガサスはまるで雲の上をかけるように飛び回り、ユーラシアは身を乗り出して近くに浮かぶ雲へと手を伸ばした。
「すごい」
雲は質量がなく、ただただひんやりとした感覚だけが手のひらへと伝わってくる。
「ユニコーンと戦うのが嫌になったかい?」
不意にフェンメルがそんなことを聞いて来た。
「確かに、ペガサスと触れ合って何も思わないと言えば嘘になります。だけど、ペガサスとユニコーンは違う。そうですよね?」
例え、元々が同じ生物であったとしても、今では異なる存在同士。
「その通りだね。だけど、オレちゃんがユーラシアくんにペガサスを見せたのは、この美しい生物の背中に君と一緒に乗って、この美しい景色をともに分かち合いたかったからなのさ」
頬に触れる冷たい風、手のひらに感じる雲の感覚、体に伝わるペガサスの熱、フェンメルの優しい温もり、それら全てが複合し、目の前に広がる広大で美しく、素晴らしい景色が篤と心に染み渡る。
「おそらく明日は、試練を行うことはできないと思う」
「もしかして、特訓の時に言っていた、バベル内に潜んでいる謎の存在のせいですか?」
「そうだね。正直あの時は、みんなに不安を与えないように嘘をついたんだ」
アートから話を聞かされ、フェンメルのついた嘘は優しい嘘であることをユーラシアは分かっている。
「本当は、その存在が気のせいなんかじゃないことくらいオレちゃんにも分かってる。だけど安心してよ、オレちゃんが必ずそいつを倒して、センムルに変わる存在を用意して待ってるからさ」
フェンメルの力は『無属性の想像力×創造力』。
その力でセンムルに変わる生物を新たに用意して選抜者たちを待ち受けるということ。
「だから試練を行うことができないじゃなくて、ユニコーンとは戦えなくなるねって言うのが正解かな?」
フェンメルは自身の勝利を信じて止まない。
しかし、もしもの場合が存在するのが現実だ。
フェンメルはそっと片方の手でユーラシアの頭に手を置く。
「今回のように、いくら特訓しようとも、戦いに備えようとも必ず限界は訪れる。だけどね、限界が来ることや相手に負けることは決して悪いことじゃないとオレちゃんは思うんだよ。まぁ、死んじゃったら元も子もないけどさ。肝心なのは、真に守りたい者のために己の限界を超えられるのかってこと。だからオレちゃんは、弟を失ってからは必死に強くなろうとしたし、ユーラシアくんにも強くなってほしい」
その言葉はまるでユーラシアに贈られているようで、自分自身に言っているようにも感じた。
ユーラシアは、理由もなく奥底から涙が込み上げて来そうになったが、決して表に出すことはしなかった。
フェンメルの贔屓を始めは苦痛に感じていたユーラシアだが、今では完全に兄のように感じている。
自分のために素晴らしい景色を見せてくれたり、心からの言葉を贈ってくれたりと、ユーラシアの中でフェンメルの存在が徐々に大きくなっていっている。
だからこそ出た一言だった。
「絶対、死なないでね」
フェンメルは一度驚いた表情を浮かべた後、優しく微笑む。
「もちろんさ、オレちゃんを誰だと思ってるんだい?それに、新しくできた弟のためにも死ねないからな」
そう言ってフェンメルはもう一度ユーラシアの頭を優しく撫でた。
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