第24話 ウィザードファミリア
夕食の時間、研究室を出たユーラシアが食堂へと向かう途中、突如背後から何者かに声をかけられた。
「やぁやぁ、食堂に向かうところかい?」
「あっフェンメルさん。フェンメルさんも向かうところですか?」
「まぁ、そんなところかな」
フェンメルはどこかソワソワした様子でユーラシアへと視線を向けている。
「やぁ、特訓ではエルナスちゃんのおかげでユーラシアくんにあまり絡めなくなっちゃったからね〜。これから少し時間もらえる?」
「えっ今からですか?今は食堂に向かわないと。夕食の後じゃだめなんですか?」
「ダメってわけじゃないけど、今日は外食と洒落込もうじゃないか!」
そう言うと、フェンメルはユーラシアの腕を強引に引いて、エルナスに提供されている自身の客室に連れてきた。
「ここは?」
「ん?オレちゃんの部屋〜」
フェンメルは部屋に着くなり、片手に真っ白な棒状の何かを持って部屋の隅に設置されている暖炉へと近づいていく。
棒状の物体の先端には真っ白な揺らめく炎が灯され、フェンメルは炎に口を近づけて優しく息を吹きかける。その瞬間、小さな灯火であった炎の姿は、大きく燃えたぎり暖炉を灯す明かりとなる。
「さぁ、行こう!」
「えっ、どこにですか?」
「それはついてからのお楽しみぃ〜」
フェンメルはまたしても強引にユーラシアの腕を引くと、そのまま一直線に燃え盛る白炎へと突っ込んでいく。
「え!フェンメルさん⁉︎」
焦った様子のユーラシアを気にする素振りすら見せないフェンメルを見て、ユーラシアも覚悟を決めて目を瞑る。
熱さは全くと言っていいほど感じない。
むしろ、さっきの部屋にいた時より肌に触れる冷たい風と相まって、とても心地よい涼しさを感じる。
「目、開けてみ」
フェンメルの優しい声が聞こえて、ユーラシアはゆっくりと目を開く。
「うぁわ!」
目の前に広がっていたのは、洞窟内らしき空間に広がる祭り騒ぎの景色。
辺り一帯に多様な色を宿す火の玉が浮かび上がり、空飛ぶ箒もそこら中に見受けられる。おまけに、それにまたがる者たちの姿も。
そして、空間の壁に沿うようにしていくつもの出店が設置されている。そんな出店に囲まれた中央には、一際目立つ巨大な鍋が置かれている。その中には、緑色の正体不明の液体が入っており、液体が数分に一回天に向けて噴射されると、空が緑色で染められた外の景色が現れ、その機を逃すまいと次々と洞窟内にいた者たちが外へと飛び立っている。外の景色は、数秒経てば再び洞窟内の天井の景色へと戻ってしまい、液体の色も緑ではなく青色へと変化している。
「君が知ってる街には、魔法が使える人間もいれば、使えない人間も当然いるよね?だけどここには、魔法使いしかいないのさ。ようこそ、魔法の街『ウィザードファミリア』へ。歓迎するよう!」
『ウィザードファミリア』へ入るためには、『白灯』と呼ばれる、直径一メートルほどのキャンドルを用いなければならない。そのキャンドルが『ウィザードファミリア』へ入るためのカギとなるのだ。
白灯は『ウィザードファミリア』内でしか販売されておらず、必ず初回購入時には白灯所持者に連れてきてもらう必要があるのだ。
また、白灯で灯された炎を通る時、魔力を宿さない者が通ってしまえば火傷どころでは済まない大怪我を負ってしまう。
「それじゃあとりあえず、何か食べるとしよう」
フェンメルは、慣れた動きで次々と屋台を周り、二人分の夕食を購入していく。
その後、屋台が立ち並ぶ空間内を一つのくねった横穴を通って抜けると、高さ三メートル程ある人型の氷の結晶を中心として、その周囲にいくつも机と椅子が並べられている開けた空間に出た。
中央に置かれている氷の結晶からは、洞窟内に心地よく響き渡るゆったりとした音楽が鳴っており、まるで人型の結晶が歌唱しているかのような錯覚が起きる。
そして、氷の結晶は一つの曲が終わる度に形を別人へと変化させ、異なる曲を奏で始めた。
フェンメルとユーラシアは、空いている席にそれぞれ着き、感動的な音楽に浸りながらの食事を始める。
「こんな場所があったなんて・・・・・そういえば校長先生に許可は取ってあるんですか?」
「いいや、内緒で来ちゃった」
ヘラヘラとした態度で答えるフェンメル。
帰ったら二人揃って説教コース確定である。
「そんなぁ、せっかくのいい気分が台無しになっちゃいますよぉ」
「まぁまぁ、たまにはこういう付き合いも大切さ」
「たまにはって、ボクまだ入学して一ヶ月ちょっとしか経ってないんですけど」
バベル試練にも選ばれ、普段の授業も真面目に受けているユーラシアは、早くも教師連中や他の生徒たちに不良認定されないか不安な気持ちに駆られてしまう。
「安心して、オレちゃんがしっかりとエルナスちゃんに説明しておくからさ」
フェンメルがユーラシアの考えを見透かし、安心させるかのような発言をする。
「エルナスちゃんに説教されて、特訓も終盤に差し掛かっちゃうと、いよいよユーラシアくんとの時間がなくなっちゃうでしょ?だからこういう時間は大切なのよ〜ん」
正直始めは、贔屓されることに気まずさを覚えていたが、今では名残惜しい気持ちをフェンメルに対してユーラシアは抱いている。
「実はボクも理由は分からないんですけど、みんなの視線もあって気まずかったはずなのに、いざフェンメルさんが離れていったら、悲しい?のか分からないですけど、そんな風な気持ちになって」
「ほほう〜。オレちゃんに惚れちゃったのかな?」
明らかにふざけた様子でそう問いかけるフェンメル。
「いや、そういうわけではなさそうなんですよ」
それに対して真面目に答えるユーラシア。
「笑わないで聞いてくれますか?」
「もっちろん」
「ボク、実は十年前に両親をどちらも亡くしてて、今までずっと、ミラ———ミラエラ先生と暮らしてきたんです」
「知ってるよ。エルナスちゃんからある程度のことは聞いてるからね」
フェンメルはいつの間にか、ふざけた様子ではなく、優しい瞳でユーラシアに視線を送る。
「ミラは本当の家族同然で、色々勉強だったり料理だったり、入試の時には特訓まで付き合ってもらって、母親というよりお姉ちゃんって感じがするんです。見た目もボクとあまり変わらない分余計に」
ユーラシアはどこか恥ずかしそうにフェンメルを見る。
「失礼かもしれないですけど、特訓の時にボクに優しくアドバイスをくれたり、色々と気にかけてくれたり、今もこうしてボクとの時間をわざわざ作ってくれたりと、本当のお兄ちゃんがいたら、こんな感じだったのかな〜?なんて思っちゃってるんです」
ユーラシアは口では理由を分からないと言いつつも、心の中ではしっかりと名残惜しさを抱いた原因が理解できていた。
そしてユーラシアの言葉を聞いた瞬間、フェンメルが笑顔の中に悲しさの色を含ませる。
「お兄ちゃん、か」
「フェンメルさん?」
「もう十年以上も前になるかな。オレちゃんがまだ駆け出しのゴッドスレイヤーだった頃、ユーラシアくんと同い年の弟がいたんだよ」
普段とは異なる落ち着いた口調で言葉を発するフェンメル。
その姿は、過去の悲劇を思い返す悲しさを纏うものとなっていた。
「弟は君とは正反対の性格でよくヤンチャをしていた元気な奴だった。だけど今の君とそっくりなんだ・・・・・その赤髪が、今も忘れられずにいる。声や顔は全然違うけど、君を見てると、弟を思い出すんだ」
どんな理由であれ、ユーラシア同様、フェンメルもユーラシアのことを弟と重ねて見ていたということ。
現に今、フェンメルのユーラシアを見る瞳には、亡くなった弟に対する涙が浮かんでいる。
「フェンメルさん・・・・・」
「オレちゃんの方こそ、君には失礼な話だよね。確かにユーラシアくんに興味を持ったのは、君の特異体質がきっかけだよ。だけど、君への興味を深めれば深めるほど、君をほっとくことができなかったんだ」
「失礼なんて思ってないですよ。むしろ、色々と気にかけてくれて感謝してます」
「続けてぶっちゃけちゃうけど、オレちゃんさ、昔はこんな性格じゃなかったんだよね」
「そうだったんですか⁉︎」
ユーラシアは今日一番の驚きを見せた。
「まぁね。弟を失う前は、ユーラシアくんと似たような真面目な性格だったんだよ。信じられないだろ?」
「・・・・・はい」
ユーラシアは躊躇い気味に返事をする。
「だけど弟を失った現実が辛くて、苦しすぎて、とてもあのままのオレちゃんで受け入れられることができなかったんだ。だから、こんなおチャラけたハイテンションキャラが生まれちゃたわけよ」
今までしんみりとした話が続いてしまった分、自虐ネタでしんみりとした空気を払拭しようとするフェンメル。
「だからユーラシアくんは、自分のためにも大切だと思うものを守り抜けるくらい強くなって欲しいと思ってるよ」
フェンメルは最後にもう一度、温かな優しい笑みをユーラシアへと向けると、冷めてしまった料理へと視線を落とす。
「さて、時間もギリギリだしさっさと食べて、白灯買って、戻ろっか」
「ですね」
フェンメルとユーラシアはその後学園へと戻り、案の定エルナスに叱られるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます