第23話 研究

 魔法研究科研究室。


 より意識を研究対象へと集中させる目的や、外部とのコミュニケーションをできる限り遮断する目的として室内の床や天井、壁は新品同様の真っ白な見た目をしている。

 空間の大きさは、おそらくは入試などで使用された運動場と同等か、それ以上の規模だが、あちらこちらに研究のための機器が設置されているためそこまで広さは感じられない。

 研究室のメンバーとして選抜される生徒二十名は月々更新されるのだが、一人として手を抜こうとする生徒はいなく、皆がそれぞれ与えられた役割を真剣にこなしている。

 そのため、室内には機械音が流れる程度で、大半は静寂が流れている。

 

 そして研究されている内容は、『いかに魔力を消費せず、魔法を行使できるか』というもの。

 研究室は学園創設以来からあったとされる歴史あるものであるが、その成果は今のところはゼロ。

 

 何十年とかけてきた研究は、一つとして結果を残してはいない。それ故にしばしば他学科の連中に嫌味なことを言われる機会もあるわけだが、誰一人として一ヶ月という短い期間を無駄に過ごすことはしない。

 もちろん、今回の一ヶ月の研究で成果が出る保証はない。しかしこの一ヶ月を積み重ねていくことで、どこかの一ヶ月で必ず成果が出ることを信じてやまない。

 そして当然、今年入学したばかりのイニレータ・レイロスも同じ志のもと研究に励んでいる。

 魔法研究科は、このイニレータの入学を機に、成果へと新たな歩みを踏み出した。

 イニレータと同じく今年入学した魔戦科Sクラスの生徒 ユーラシア・スレイロットは、魔法研究科が求める終着点であるかもしれないという噂が研究室内に駆け巡ったのだ。

 当然、ほとんどの者はそんな噂信じるはずもなく、鼻で笑う者までいる。

 

 ユーラシアを実験台として研究室に招いてから約半月が経過し、研究室内に漂う噂の疑念はより一層強まってしまったと言えるだろう。

 なぜならば、イニレータの無属性の知覚情報の魔法を何度も用いて判明したのは、ユーラシアの宿す魔力樹が擬似魔力樹であるということと、現在発動されているという魔法は、正確には既に魔法ではなくなっているという二点だったため。つまりは何の成果も出ていない。その他、ユーラシアのDNA情報なども色々と入手することができたが、それらは特に研究とは関係のないこと。

 イニレータは、ユーラシアに関するどんな情報を知ったとしても、魔法のことに関して以外は自分の中だけに留めておくことをユーラシアと約束している。

 そのため、ユーラシアの現在所持する魔力樹が擬似魔力樹であるということはマーラたちにはふせてある。


「何だこれは⁉︎」

 イニレータは食い入るように手に待つレンズを覗き見る。

 イニレータが現在行っていることは、ユーラシアの皮膚を、特殊なレンズを用いて覗く作業。このレンズは、エネルギーとしての魔力の動きを視認することができる優れものであるため、ユーラシアの防御力の秘密を探るべく使用しているというわけだ。

 そしてまさに今、レンズを通して驚くべきものを目にしたイニレータが驚愕している。

「この尖った鱗のように見えるもの・・・・・これは、見間違いではないのか?」

 疑心暗鬼になりもう一度レンズを覗いてみるが、やはり気のせいではない。

 この特殊レンズを通してユーラシアの皮膚表面を見てみると、光の反射により、キラキラと透明な鋭い鱗が多重に重なっている様子を見ることができる。

「本当ですの?」

「本当かよ」

 マーラとポディーノもイニレータに続いて覗いて見ると、確かに光が反射して薄らとそれらしいものが見える。

「これは、魚・・・・・ではありませんわね。蛇にしてもこの鋭利さは説明がつきませんわ」

「魚に蛇って、例えが酷いな。だけど一つ確かなのは、人間の皮膚ではあり得ないってことだよね。もしかして、君って人じゃなかったりする?」

 真剣にそんなことを聞かれたユーラシアは、どこか気まずそうに答えた。

「いや、人間ですよ」

「だよね。悪い悪い、こんなの見たの初めてだったからついね」

 失礼な発言をしたことを悪びれもせず、笑って誤魔化すポディーノ。

「さてと、話を進めるのだ。今お前たちも見たユーラシアの皮膚は、ユーラシアが人であるならば何らかの魔法が発動した結果だと考えるのが普通だ。だけど、私の魔法で調べた結果、ユーラシアの魔力は、今現在、使用されている痕跡が見られないのだ」

「てことはつまり、魔力を使わず魔法を発動してるってのは本当の話だったのかよ!」

「私も、改めて驚かされましたわ」

 ポディーノとマーラが息を呑むほどの衝撃に駆られているところ、イニレータが水を差す。

「悪いが、それは違うぞ」

「「え?」」

 二人の動作がシンクロする。

「私たちが理想とする研究成果は、魔力を使わずに魔法を使うことだろう?だけどそれは不可能だと私は思うのだ。人が酸素を必要とするように、魔法の行使には魔力が必要不可欠。けれど、それをできる限りゼロに近づけるのが私たち魔法研究科生徒に課せられた使命なのだ。だけど、ユーラシアの皮膚からは一切の魔力情報を読み取ることができなかったのだ」

「ん?・・・・・つまりはどゆこと?」

 ポディーノには、イニレータの言葉の意味がよく理解できなかった様子。

「もしかして、あの鱗のような表皮が、彼の体の一部だと言うことなの?」

「その通りだ。流石だな、マーラ」

 マーラの考えは当たっていたらしく、イニレータがご機嫌で答える。

「私の魔法で調べた限り、ユーラシアが今の皮膚を手に入れるために魔法を発動したのは間違いないが、それがいつの間にか魔法ではなく、体の一部として定着したなど、興味をそそられないわけないのだ!」

「そうね。だけど何か、知ってはいけないことを知ってしまった気もしますわ」

「ね、だって間違いなく普通じゃないし・・・・・何かすごい秘密を抱えてそうなんですけど」

「だな!ユーラシアには試練が終わっても、今後ともお付き合い願いたいものだな」

 ユーラシアはイニレータの発言に苦笑いで答えた。

 正直、最初は実験台として何をされるのか不安で不安で仕方がなかったが、蓋を開けてみれば、イニレータの何の害もない魔法によりユーラシアの生体情報を読み取られた後、その情報を元にみんなで考察をすることの繰り返し。

 今日も今日とて想定外の発見はあったものの、基本スタンスは崩さず研究室での時間が過ぎていった。

 


 そんな中、ユーラシアが研究室に立ち入ってからまず初めに気になった、入り口の対角線に位置する一番奥の青い光を纏う扉がここにきて初めて開いたのだ。

 中から出てきたのは、真っ白な長髪を顔の前まで垂れさせた年老いた男性。

 その歩みは遅く、ゆったゆったとユーラシアたちの下へと向かってくる。

 男性の両手には野球バッドよりも一回りほど大きな木が抱えられている。

 ユーラシアはそれを見た瞬間、思わずある単語を口にしてしまった。

「ひょっとして、擬似魔力樹ですか?」

 マーラとポディーノがまたしても驚いた表情を浮かべる。

 しかし男性は、髪と髪の間の隙間からその鋭い眼球をユーラシアへと向け、ユーラシアの顔へと自身の顔を近づける。

 ユーラシアは男性のあまりの眼力の圧力に思わずたじろいでしまった。

「おぬしもしや・・・・・」

 一言切り出すがその後の言葉は続かずに、男性はユーラシアへと背を向け、再び奥の部屋へと戻っていった。


「マジで緊張したぁ〜」

 先ほどまで張り詰めていた空気が一気に緩まったことで、ポディーノも緊張の糸が切れたようにそんなことを口にする。

「ですわね。ここ半年は研究室のメンバーも変わらず、室長のお姿を拝見したのは、確か半年前くらいのことですから」

「今日、久しぶりに姿を見せたのは、イニレータの擬似魔力樹が完成したからってことね」

「それにしてもよく分かりましたわね、これが擬似魔力樹であることが。前にも見たことが?」

 ユーラシアが何の迷いもなく、一目見ただけで目の前の机の上に置かれたイニレータ用の擬似魔力樹の正体を当てたことに、マーラとポディーノは深く興味を引かれている。

「う、うん。まぁそんなところ、です」

 ユーラシアはどこかぎこちのない返答をする。

 何度も言うが、ユーラシアは別に自身の秘密を隠しているわけではない。ただ、聞かれてもいないことを話してしまうメリットもないのである。

 噂はどのような形で広まるかは分からない。良い風にも広がれば、当然悪くも広がる。

「ボクも一つ質問してもいいですか?」

「いいのだ」

 そこでなぜイニレータが答えるのか分からないが、マーラとポディーノも特に拒否はしてこないので、ユーラシアは遠慮なく質問させてもらうことにした。

「今の話しからすると、研究室のメンバーの全員が擬似魔力樹を持ってることになりますよね?」

「まぁね。俺たちは、さっきのおじいさ———いや、室長に作ってもらった擬似魔力樹を使って魔力と魔法、そしてその二つによる魔力樹との因果関係による研究を行うんだよ。本来の俺たちの魔力樹は移動させては来られないでしょ?だから研究設備の整ったこの場所で研究するために擬似魔力樹を作ってもらってるんだ」

 ポディーノがとても分かりやすく説明をしてくれる。

 普段はどこかダラダラとした雰囲気を感じざるを得ない表情をしているため、不真面目なのかと思ってしまいそうになるが、研究室のメンバーとして選ばれたエリートなのだということを忘れてはいけない。

「イニレータ。さっそく擬似魔力樹を向こうの花壇に植えて来なよ」

「そうだな。では行ってくるぞ」

 イニレータはウキウキとした様子で自身の擬似魔力樹を植えに行った。

「それにしてもまさかスレイロットさんが擬似魔力樹をご存じだとは思いませんでしたわ」

「ね、室長も驚いたと思うよ。ほら、扉の方を見ててみ。多分もうすぐ室長が出てくるよ」

 ポディーノがイタズラな笑みを浮かべてユーラシアへと視線を向ける。

 その数秒後、ポディーノの予想通り室長と呼ばれる先ほどの男性が姿を見せた。そして男性の片方の手には何やら一枚の紙が摘まれている。

 室長がユーラシアの元まで来ると、目の前の机に手に持っていた一枚の紙を置いた。

 それは、『研究室で作られている擬似魔力樹の存在に関する口外禁止の契約書』。

 契約を破った場合は、学園の退学+多額の賠償金の請求となる。

「サインするがいい」

 貫禄のある太い声。

「この研究室内で擬似魔力樹の製造法を知っているのはワシだけじゃが、研究で擬似魔力樹が用いられていることを口外させないための契約となっておる」

 契約するにしても処罰が重すぎる。

 突然出された契約書に対して戸惑いを見せるのは当然のこと。

「擬似魔力樹の存在は、周知はされておらぬでな。知恵のある者ならばあらゆる手段を用いて製造法を探り出し、悪用されぬとも限らんだろう。分かったならばサインしろ」

 この場合、ユーラシアの力の封印が知られたとしてもそれは契約違反とはならない。研究室内の事情を知られてしまうことになった場合に限り、処罰が実行されるというわけだ。

 ユーラシアはしぶしぶ自身の名を記入し、蓋が開けられた状態で置かれた朱肉へと親指をつけ、指紋による判子を押した。

「おぬしの指紋契約により、契約を破った場合は即座に感知できるものとなった。心するがよい」

 そう告げると、室長は再び自室へと姿を消した。

 


 室長と入れ替わりにイニレータがユーラシアたちの下へ戻って来た。

「何をしてたのだ?」

「あぁ、契約させられてたんだよ。まぁ、こればかりは仕方ないよね。実際に量産されでもされたら悪徳商法に手を染めまくりだろうからね」

 擬似魔力樹の作製方法は、主に二つ。

 一つ目は、ユーラシアの魔力を封じたように、封印した残りの魔力を使用して本人の擬似魔力樹を作り出すパターン。

 もう一つは、宿主の魔力を用いずに製造者の魔力で作られた魔力樹と、宿主となる者の魔力と連結させるパターン。このパターンでは、いつでも所持する魔力樹を切り替えることができるのが特徴であり、宿主の魔力が製造段階で使用されていないことから、使用すれば本来以上の力を発揮できることになる。

 これは人類の可能性を大きく広げる事実であると同時に、不正行為などし放題になってしまう。

 けれどそもそもの話、作れる者などほとんどいないのだが、室長は擬似魔力樹の製造方法を書面として研究室内に保管している。もしそれを盗まれでもしたら、シャレにならない事態となる。

「私も当然、契約させられたから、あまり気にすることないのだぞユーラシア」

「それにしても室長ってさ、いつ見ても謎多き人物って感じでミステリアスだよなぁ。あんなに年老いてるのにすごい貫禄だし」

 ポディーノの言う通り、歳に見合った貫禄ではない。

 おそらく八十歳は超えているだろう。

 それなのに、一度扉を開ければ研究室内にとてつもない有無を言わせぬ圧がたちまち漂う。

「噂の域を出ない話ですけれど、聞いた話では、この研究室で行われている研究を最初に始めた人物こそが室長だという噂話がありますわ」

 それは三年生であるポディーノでさえも初めて聞く話であった。

「ワァオ!」

 そのため、普段は見せない独特な驚いた表情を見せる。

「それは私も初耳なのだ!」

 当然イニレータも驚いた反応を見せる。

 しかしユーラシアは、魔力もほぼ封じられた状態で『竜王』は魔力を一切消費しない。そして、まともに多くの魔力を消費した経験がないために、魔法研究科の研究のすごさがイマイチ理解できないでいた。

 全くではない。入学したてのシェティーネとの特訓では、魔力の効率的な活用法を学んだりもしたため、有意義な研究であることは理解できるのだが、その理解は研究科の生徒と比べると遠く及ばない。

 

 魔力の効率的な活用法とは即ち、魔法発動の際に無駄となる魔力を極力なくすための作業に過ぎない。どんな強者だとしても、魔法発動の際には必ず魔力の無駄が生じる。そのため、修行次第で魔力効率を改善していき、更なる高みへと至れるわけだ。

 しかし、魔法研究科がやろうとしているのは、魔法発動の際に無駄となる魔力をゼロにした段階で、そこから更に魔力の使用量を減らしていくことである。魔法にはそれに見合うだけの魔力が必ず必要とされる。

 つまり、魔法研究科は、不可能な事象を可能とする夢を見ているのである。

 

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