第22話 折り返し地点
コキュートスの幼体がバベル内に誕生してから半月が経過したが、エルナス、ミラエラでさえもその存在を感知できてはいなかった。
頭上百メートル先には、今もなお現在進行形で成長を続けているコキュートスが潜む。
しかし気が付かないのも無理のないこと。なぜならば、コキュートスが宿すは神の力。
そんなこととは知らずに今日もひたすらに特訓に励む選抜者一堂。
その中で唯一アートのみが、頭上に潜む存在へと目を向けていた。
「やはり気のせいではなかったか」
アートは直感的に、本来は感じることのできない神の力を僅かばかり感じ取ることができていた。
「何のこと?」
隣にいたユーラシアがキョトンとした表情でアートへと視線を向けている。
「いや、ただの独り言だ。気にするな」
アート自身は神を倒すまでは人間に危害を加えないことを約束したが、他人の行いまでも配慮する必要はない。
元々の目的は最高神への復讐と、人類への復讐なのだから。
しかし、いざとなればユーラシアだけは何としてでも守ることを強く心に誓っていた。
特訓もいよいよ折り返し地点。
約百メートルの高さを誇る円柱状の空間が、透明な壁に隔てられ縦に六分割されている。
そのため、上を見上げるあるいは下を見下ろせば他の班の特訓風景を覗き見することができる。
そんな中、特に三年生数名の生徒が目立っていた。
彼らは全員がSクラスに所属するエリート集団であり、その他ではアーノルド兄弟がより存在感を放っている。
もちろん高学年の生徒たちも、Sクラス以外の低学年の生徒と比較すると実力の強弱がはっきりと見て取れるのだが、それでも三年Sクラスのメンバーやアーノルド兄弟と比較すると見劣りしてしまう。
ユーラシアは言わずもがな、防御力は一丁前だが攻撃の方がお話にならず、アートはまともに参加していないため、それ以前の問題である。
この場にもし、五、六年生のSクラスがいたならば、状況は五、六年生の一強状態となっていたことだろう。
今回参加する五、六年生も決して弱いわけではない。むしろ優れている生徒たちだ。その証拠に、全学の中で最も参加人数が多い。
それほどまでに全学年に共通して、Sクラスの力が大きいということだ。
「そういえばさ、オレちゃんずっと気になってるんだけど」
「何だ?言ってみろ」
「五年と六年のSクラスが不在なのはどうして?見れば見るほど三年生が目立っちゃってるし、これじゃ先輩のメンツが潰れちゃうよねぇ」
エルナスは「あぁ、そのことか」と一人でに納得し、フェンメルの質問に答える。
「実はな、彼らは今、『エルフの都』への遠征中なんだ」
「うっそ⁉︎」
フェンメルは大袈裟に驚いた態度を見せる。
しかしこれは大袈裟でもなんでもなく、人間は生涯でエルフを一回見ることができるかできないかと言ったレベルなのに、自ら進んで『エルフの都』に立ち入れるなど、常識の範囲外のこと。
『エルフの都』。それは、世に広まる噂通りに、エルフたちの強力な魔力で張られた結界に守られる別次元に存在している幻の地。
そこに住むエルフたちは、人間が一目見ればたちまち惚れてしまうほどの美貌を性別問わずに持っており、その長寿さ故に、竜族が世界の主であった時代から存在している種族であるという話まである。
そして、かつて竜王に一族を救ってもらった恩義から、何世代にも渡り竜王を崇める種族であるとされている。
「嘘ではない。エルフとは昔からの縁があってな、毎年は無理だが、三年に一度ほどで生徒たちの遠征を許可して貰っているんだ。私が校長に就任してからもう七年か、今年で二回目の遠征になるな」
「縁って一体どんなのさ、想像もつかないんだけど」
「フッ、お前は知る必要のないことだ」
フェンメルのことは冷たくあしらうエルナスだが、その表情には温かさを帯びていた。
「まっいいや〜。それじゃあオレちゃんは、今日もお気に入りくんのところに行って来ようかなぁ」
「分かっているとは思うが、あまり一人の生徒に固執しすぎるなよ」
その言葉がブーメランであることは、エルナスは百も承知。
しかしフェンメルは初日以降、ユーラシアに固執する面が顕著に表れすぎている。そのため、その他の生徒はほぼほぼエルナスとミラエラの下、指導が行われている。
それでは指導者としては不合格であると、エルナスはフェンメルに毎日今と同じような発言を繰り返している。
「分かってるさ、そんな怖い顔ばかりしてると、お肌によくないよぉ」
「分かってないから言っているのだ」と、嘆きたくなる気持ちを抑えエルナスがため息をついているうちに、フェンメルはエルナスの下から素早く去っていった。
「全くあいつは・・・・・」
特訓期間も残り僅か、全体的な総力を上げなければ試練に不安を残すこととなる。
しかし二時間しか設けられていない一回一回の特訓の中で、フェンメルの説教のみに時間を浪費してしまうのはあまりに愚かな行為だ。
そのためエルナスは、今日のところもユーラシアの班以外の皆の指導を、神経を張り巡らせて一人で行うことを覚悟した。
いつの間にかユーラシアが所属する班の指導はフェンメルが付きっきりで行ってくれるのが当たり前となっており、その他の班は、エルナス一人で指導を行っている。
ユーラシアの班は六分割された空間の最上段で特訓する班である。
ユーラシアは、分割された空間の最下層でエルナスと会話するフェンメルを眺めながら、隣にいるアートと話をしていた。
「随分とあの者に気に入られたものだな」
「うん。でもそのせいで何だかみんなに申し訳なくて」
言葉通り、態度にも申し訳なさが現れるユーラシアを見たアートは、自慢げに笑みを浮かべる。
「何を言っている?お前の力があいつに認められた証拠だ。他の者はそれほどの力を有してはいなかった。実力の差だろ。何を悩むことがある?」
「そういうことじゃないんだよ。ボクが言いたいのはね、ボクたちだけがフェンメルさんに贔屓されてるせいで、他のみんながしっかりと特訓できていないかもってことだよ」
「厳密にはお前一人が贔屓されているのだがな。だが、いくら嘆いたところで仕方のないことだ。ここは己自身の成長の糧として利用してこそ強者というものだ」
アートの言葉に励まされるどころか、更に申し訳なさで心の中がいっぱいになっていく。
「ただまぁ、この中だとボクが一番弱いのは確かだし、できる限り強くならないとね」
「謙遜するな。お前が力を発揮できないのは、あのミラエラとかいう女の封印のせいであることは分かっている。だから偽物の力をあたかも真実であるような態度はよせ、お前を認めている者に失礼だとは思わぬか?」
何やらアートがとても真面目なことを口にしたので、ユーラシアは思わず納得させられてしまった。
「そ、そうだね。ボクには強くなれる可能性があるんだ。その機会をみすみす逃そうとするなんてバカだったよ」
ユーラシアは十年もの間、自分になど何の力もなければ才能もないのだと思い込んできたが、今はそうではない。
かつては最強と謳われた『竜王』の生まれ変わりなのだ。
かつての力を解放し強くなることで、その時のように最強にだってなれる可能性を秘めている。
ユーラシアは弱者根性を叩き直し、本日の特訓に向けて気合を入れ直した。
「そういえば、研究科の方の実験は順調か?」
「うーん。順調と言っていいのか分からないけど、研究室のみんなとは結構仲良くなったんだ」
そうして新しい話題にシフトした直後、今日も今日とて満面の笑みを浮かべながらのフェンメルがユーラシアたちの下に現れた。
「やぁやぁ、おっまた〜。何の話してたの?」
「いや、何でもない。今さっき解決したところだ」
アートはフェンメルに対する興味を示さず、冷たくあしらうように告げる。
「相変わらず、オレちゃんには冷たいな〜。分かってるとは思うけど、別に君のユーラシアくんを取ろうだなんて思ってないよ。ただ、彼の力に興味があるんだよねぇ。その気持ち、分かってくれるだろ?」
「もちろん、痛いほどよく分かる」
いつから自分はアートのものになったのだと叫びたい気持ちに駆られていると、フェンメルの存在に気がついたその他の生徒たちが周囲へと集まってきた。
「おはようございます。フェンメル指導官」
そう挨拶を告げるのは三年生であるフリック。
正直時刻を考えれば、「おはようございます」と言う時間帯ではないが、今日初めて顔を合わせた者たちにとっておはようと告げるのは何も不自然なことではない。
「おはようさん」
フェンメルも軽く同じように挨拶を返すが、フリックの方へと視線は向いておらず、興味のなさが顕著に現れている。
「それじゃあ、今日もオレちゃんは君らの特訓を観察してるからよろしくね〜」
いつものように擬似ユニコーン人形とひたすらに戦闘を繰り返す特訓が今日も始まる。
擬似ユニコーン人形は、それぞれの空間の隅にゆったりとしたまさに生きているような態度で睡眠をとっている。そして、ユニコーンとの距離が十メートルをきった地点で擬似ユニコーンの意識が覚醒する。
いつもならフェンメルの指示が出された後、即座に特訓に移る生徒たちだが、今日はどういうわけかフェンメルの下から一歩も動かない。
何やら皆が共通して気まずそうな表情を浮かべていた。
「あの、一ついいですか?」
「どしたの〜?」
緊張するフリックと、緩い態度で視線を向けるフェンメル。
「どうしてそんなに彼を贔屓に?」
フリックから発せられた一言は、皆共通の思いだったらしく、強く賛同するように大きな頷きを見せる。
「どうしてって、君らにオレちゃんの魔法を打ち消すなんて芸当ができるかな?」
フリックたちは頭を多少傾けて、脳内に?を浮かばせていることだろう。
しかしフリックが何か思い当たることでもあったのか、ハッとした様子で口を開く。
「もしかして、初日のことを言ってるんですか?」
「もちろん」
「ですが、あの時の魔法は指導官自らが止めたのでは?確かにスレイロットくんは、かの有名な勇者の息子ですが、指導官の魔法を止められるほどの力があるとは思えないんですが・・・・・」
その先を言う必要もなく、魔力制御されていない魔力ならば、その分を感じ取ることができる。
しかしユーラシアが宿している魔力が元々少ないことは、同じ魔戦科生徒ならば一年生を通して多少の低学年、高学年生徒も知っている。
そのため、フリックはフェンメルの放ったあれほど強力な魔法を、ユーラシアにどうこうすることなどできるはずがないと先入観を抱いている。
現に、今回の特訓でもやはり防御力だけは一丁前だが、攻撃力が論外であることも班のメンバー全員の頭に叩きつけられている。もちろんフェンメルにも。
「君たちはその程度だからオレちゃんの気を引けないのさ。本当に自分達も贔屓して欲しいんなら、今ある力の限界をオレちゃんに見せてくれないと、今のままじゃ輝きのカの字も見えてこないよ」
フリック含め、当然だが納得した表情を見せる生徒は一人もいない。むしろ、ユーラシアに嫉妬の睨みを効かせる者が何人かチラホラ現れ始める。
ただでさえ、贔屓されていることに罪悪感を感じ、アートの言葉でその機会を受け入れる心の準備をしていたのに、これでは余計罪悪感に駆られてしまう。
「ヒントを教えちゃおう。これは他の奴らには内緒だぜ?」
フェンメルの言葉が理解できていない生徒たちは、一先ず訳もわからず頷きを見せる。
「よしよし、それじゃあ行ってみよう!」
フェンメルは元気よく言葉を発しながらユーラシアの腹部中央に手のひらを置くと、ユーラシアが反応しきれない速度で何らかの魔法を発動させた。
直後、ユーラシアを中心としてギリギリ立った状態を維持できるほどの爆風が生じ、フェンメル、アート以外の者たちが反射的に腕を自らの顔へと運び、目を瞑る。
「目を開けてごらん」
目を開けると、魔法を受けたはずのユーラシアが何をされたのかも分からないと言った表情で平然と立ち尽くしていた。
「——————」
その場にいた生徒たちは、全員が今の魔法に含まれていたフェンメルの魔力量に気がついていた。
その魔力量は、百獣の王を生じさせた魔法には及ばないものの、限りなく近いものだった。
フェンメルの手のひらは完璧にユーラシアの腹部へと密着していた上、発動の速度から考えてまず避けることは不可能。
しかし、今目の前には今の出来事が夢だとでも言うように何の怪我も負っていないユーラシアがいる。
「あっ」
しかし、少しずつ落ち着きを取り戻すと見えてくる魔法を受けた痕跡。それは、ユーラシアの制服の損傷。そこから見える肌色の肌は疑いようのない肌色一色だった。
「一体、どうなっているんだ?」
誰もが不思議に思うユーラシアの体の仕組み。それは、フェンメルでさえも分からない。
しかしただ一つ言えることは、ユーラシアの肌に魔法が触れた瞬間、魔法が消失している事実。
「これで分かってもらえたかな?オレちゃんが彼を気に入る理由をさ」
しかしフェンメルのその問いに答えたのは、フリックたちではなく、エルナスだった。
「フェンメル!貴様、特訓もせずに何をしてる?」
その口調から、エルナスの怒りがひしひしと伝わってくる。
気づけば六つに分けられたユーラシアたちの最上段の空間にいたエルナス。最初から今の一連のやり取りを見られていたと考えるべきだろう。
「私はお前を特訓の指導者として招いたんだ。生徒を傷つけさせるために招いたわけではない」
「傷つけるなんて人聞き悪いよエルナスちゃん。エルナスちゃんだって知ってるでしょ?ユーラシアくんが魔法を消すことができること」
「だとしても、そういった行為をとったことに問題があると言うのだ。それに、傷つくのはなにも外側だけではない。お前がユーラシアを贔屓する度に、その他の生徒の心が苦しめられていることが分からないのか?」
今さっきまで言い返していた勢いはどこへやら、フェンメルはだんまりになってしまう。
「まぁ、分かっていないからこういったことが起きるわけか」
ゴッドスレイヤー間で見れば、六武神のエルナスよりも四天王のフェンメルの方が立場も実力も上ではあるが、エルナスは遠慮なくため息をつく。
「ハァ、正直、ユーラシアにとっては現役ゴッドスレイヤー、しかも、四天王とのマンツーマンというまたとない成長の機会を奪うことになってしまうが、分かってくれ」
ユーラシアはエルナスの苦労を察しているからこそ、申し訳なさそうに頷く。
ユーラシアにとっても、今のフェンメルの一件でより贔屓されることが申し訳なくなってしまったこともあり、エルナスがこれからしようとしていることは好都合。
「フェンメル、これからするのはお願いではなく命令だ。学園の校長としてのな」
「またまた怖い顔しちゃって〜」
そうふざけるフェンメルとは対照的に、エルナスの表情は鋭く真剣。
「残りの特訓期間は、お前にも私と同様、皆に平等の指導を任せる。それを断ると言うのならば・・・・・仕方ない、王に洗いざらい報告するまでだ」
エルナスの揺るぎない瞳に見られたフェンメルは、そうなった時のシチュエーションを想像して体を硬直させた。
「あっいやぁ、えぇっと〜・・・・・」
王にチクられることがすっかり頭から抜けていたのか、ぎこちのない笑顔を見せる。
正直、王にチクられればどのような罰が待ってるかは想像もしたくない。なぜならば、過去バベル試練の特訓のための指導者として送られたゴッドスレイヤーの一人が、女子生徒に卑猥な意味で手を出そうとしてしまったのだ。それを知った王は罰として、その者の右手を切り落としたとかしていないとか。真実は定かではないが、噂では切り落とした後に「これで俺とお揃いだ」とか何とか言ったとか言ってないとか。
何にせよ、この話を知っている者からすれば、王からの罰など死んでも受けたくはないのである。
「私はしっかりとアドバイスをしたぞ。一人の生徒に固執するのはよせと。何度もアドバイスしたつもりだったが、こうも簡単に逆鱗に触れられるとは思いもしなかったぞ。分かったならば、態度を改めろ。私は下三段の生徒たちを見る。お前は上三段の生徒たちの指導をしろ」
エルナスは最後の言葉を言い終えると、今日はミラエラがエルナスの代わりに溜まりに溜まった資料整理をしてくれているおかげで指導者は二人だけなので、さっさと他の生徒たちの指導へと戻っていった。
そしてフェンメルもしぶしぶ・・・・・。
「悪いねぇ。オレちゃんすっかりこれが仕事だってこと忘れてたよ〜。怒られるのは嫌だからね、もう誰かの贔屓はしないよ」
少し寂しそうな瞳をユーラシアへと向けた後、フェンメルは下の空間へと下がっていった。
その後の特訓は、フェンメルがこれまでとは打って変わり、皆に平等の指導を行なってくれたことで、とても有意義な時間となっていた。
一方でユーラシアは、罪悪感はなくなったものの、どこか名残惜しさに駆られていた。
「まったく、彼を贔屓したくなる気持ちは分かるけれど、度が過ぎたみたいね。校長先生が怒るのも無理ないわ」
先ほどのエルナスとフェンメルのやり取りを二つ下の段で眺めていたシェティーネが呆れたように発言をする。
「特訓初日もそうでしたけど、現役のゴッドスレイヤー、それも、四天王の魔法を受けても無傷なんてほんとすごいと思う。こんな私でもスレイロットくんの凄さには気づいてるんだし、ゴッドスレイヤーの人に気に入られるのも当然だよね」
シェティーネの隣で話すユキは、初日に比べれば口数も増え、笑顔も増えてきたが、まだ少しだけ緊張がほぐれない様子。
「それに彼は、ミラエラ姉さんにもすごく可愛がられていて羨ましい限りだわ」
軽く冗談まがいで嫉妬を匂わせる発言をするシェティーネだが、その表情は明るく、嫉妬の陰りなど一つも見えない。
自分もミラエラにもっと可愛がられたいのは本心だろうが、ユーラシアのことも気に入っているシェティーネからすると、そこに嫉妬心が入り込む余地などないのである。
「あの、アーノルドさん・・・・・」
するとユキがどこか気まずそうな表情を見せる。
しかしこれは毎度のこと。特訓班が同じであるシェティーネに、特訓がある日は必ず一度か二度、ユキのこういったシェティーネを、いや人自体に恐怖心を抱いているような態度を取ることがある。
本当に人が怖いのかは本人しか分からないことだが、シェティーネは、せっかくの同い年の女の子だということもあり、もっと仲良くしたいのである。
「シェティーネでいいわ。私もユキと呼ばせてもらうわね。だからもっと、気楽に話してくれていいのよ?」
シェティーネは優しく、小さく微笑む。
「う、うん。それじゃあ、シェティーネさん。一つ聞きたいことがあって」
「ええ。何かしら?」
「その、ミラエラ先生は今日はどうしていないのか分かります————分かる?」
シェティーネに言われた通り、なるべく気楽に話すことを意識をしながら発言をする。
しかし、意識すればするほどにぎこちなさが顕著になる。
シェティーネは自分で気楽に話すよう言ってしまった手前、簡単にそれをやめさせることなどしない。それでは本人のためにならないからだ。
「確か、校長先生に頼まれた仕事をすると言っていたわね。ミラエラ姉さんに話したいことでもあったの?」
「ううん、そういうわけじゃないよ。ミラエラ先生はすごく強いから、試練の担当から外れてしまったのかと思ったら不安で」
「ふふっ、確かにミラエラ姉さんは惚れ惚れするほどの強さだわ。ただ、試練当日はおそらくだけれど、先生方は別室で私たちの様子を観察しているはずよ。まぁ別室と言っても、何かあればすぐに助けに来られる場所だと思うけれどね」
流石の頭のキレの良さで、当日についての説明をまだ何も受けていないにも関わらず、それなりの推測を披露するシェティーネ。
「そ、そうなの?」
ユキは自身を過小評価する性格故、当日に対する不安が強いのだろう。そのため、実力のあるミラエラがいるといないとではモチベーションに差が生じてしまう。
「そんなに不安に思わなくても大丈夫よ。班ごとに分かれているとはいえ、当日のバベル試練でも私たち以外にも頼もしい先輩方や、ユーラシアくんだっているわ。それに、私は貴方のことをかなり評価しているのよ」
「え、私を?」
まさか自分のことまで言われるとは思いもしなかったのか、キョトンとした様子を見せるユキ。
「普段は、みんなと同じくらいの魔力量を貴方から感じるけれど、発動した魔法からは一切魔力の気配を感じないわ。格付け期間の際の手合わせの時もそうだったけど、これほどまでの魔力制御をできる人物、私はアートくんと貴方の二人だけしか知らないわ。だからもっと自信を持って」
「そ、そう。ありがとう、シェティーネさん」
ユキはシェティーネの発言に対して特に否定をすることはなく、ぎこちのない笑顔を作り、シェティーネへと向けた。
シェティーネは、そんな不器用なところも含めて、ユキという人間を更に知りたくなったのだった。
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