第21話 動き出す影
動き出すもう一つの影。
時はバベル試練に向けた特訓初日の夜、大半の者が寝静まった時間帯。
当然バベル内には人影など一つとして存在するはずがなく、先の見えない闇が存在している。
そんな暗闇に佇むは一人の少女。
そして少女の目の前には、血を流し倒れ伏す数体のユニコーンの姿。
「運命とは分からぬものよ。まさか学園の生徒となり、再びあの女と会える日が来ようとは」
少女の可愛らしく幼い見た目に反して、その堂々とした態度からは、残虐性と冷酷さを感じられる。
「ミラエラ・リンカートン。かつての屈辱、忘れはしない———」
二百年前、わらわはまだ未熟だった。
仲間であるセンムルの血から作り出した初めてのわらわのペットが殺され、それに激怒したわらわも返り討ちにあってしまったのじゃ。
その時のあの女の一言が、今もわらわを苦しめている。
『未熟ね』
たった一言。されど一言じゃ。
あの時向けられた蔑みの視線。
殺す価値はないと命を見逃された侮辱。
屈辱的な発言。
全てが神経を逆撫でしてくれる。
仲間であるセンムルの命と引き換えにペットを作り出したことが最高神様にバレて以降、あの時の怒りがトラウマとなり、わらわの友は二度と帰らぬ存在となってしまった。
そして時が経ち今から約十年前、最高神様の命を受け、わらわは地上に『断罪の雨』を降らせた。愚かなる人類を滅亡させるために。
けれどわらわの狙いはミラエラ・リンカートン。
わらわの降らせた雨からは、ミラエラ・リンカートンですら抗えないはずであったが、雨は名も知らぬ男女二人に止まされ、ミラエラ・リンカートンには逃げられた。
けれど今、わらわは喜びに震えている。
「最高神様がわらわに下した命令は、バベルに囚われた仲間の解放。そして、人類への侵攻の先陣」
少女は血塗られた笑みを浮かべ、ユニコーンの呪いにかかった様子を見せることもなく、手のひらから生じた光り輝く空色の水滴を地面へと垂らす。
そして地面へと水滴が落ちた瞬間、そこを起点として水色の円がだんだんと広がっていき、次第にその空間を水色一色で染め上げる。
「一度囚われた仲間など、最高神様には相応しくない。これからすることもまた一つの解放じゃ」
すると途端に地に伏すユニコーンたちが地面へと吸い込まれていく。
「あの時は僅か三体ばかりしか与えてやることが叶わなかったが、今回の養分はこの塔の全ての生命だ」
空間を包み込んでいた水色の景色はやがて、少女の約四、五倍ほどもある水色の球体へと収束する。
「あの女に見せてやるのだ。生まれ変わったお前の強さを。そして人類へと告げるのだ、神による侵攻の前触れを」
球体へと次第に小さな穴がいくつも空いていき、徐々にその大きさは広がっていく。
そこから見えるは、外側が白銀色で包まれ、内側が漆黒の色で染められた流動的な何か。
「目覚めよ。我が愛しの『コキュートス』」
忘れているというのならば、思い出させてあげようぞ。
わらわの顔と、魔力の気配を。
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