第20話 勧誘

 翌日の放課後、魔戦科一年Sクラスのメンバーは全員がバベル試練に参加する選抜者なため、特訓が始まる時間まで皆が教室に残って暇を潰していた。

 そこへ現れた三名の他学科生徒。

 一人は満面の笑みを浮かべ、一人は凛々しく、そしてもう一人は気だるそうな感じである。

「ユーラシアとかいう生徒はここにいるのか?」

 三名は突然押しかけて来たにしては随分と態度がデカく、教室内にズケズケと入り込み、一番背の低い紫髪の少女がかなり大きな声でユーラシアの名を呼ぶ。

 そんな彼女たちに最初に声をかけたのは、少し困った表情を浮かべているシェティーネだった。

「イニ、貴方ね・・・・・」

「おっティーネじゃないか!食事以外に会うのは久しぶりだな」

「そうね。いえ、そうじゃなくて、貴方がここに来たのって、まさかこの前私が話したことが原因かしら?」

「流石はティーネ。話の分かる奴めぇ」

 シェティーネはユーラシアたちに申し訳なさそうな表情を向けた後、やれやれとため息をつく。

「あのねイニ、あの時私はこうも言ったはずよ?もしユーラシアくんに会いたいのなら、私含めて三人だけの時にしてと」

 イニレータは完璧に忘れていた様子で、視線を斜め上へと向けた。

「そ、そうだったか?あはっあははははは」

 誤魔化すためにして見せた笑いは、不自然極まりない。

「まぁいいわ。私が後日必ずユーラシアくんとの席を設けてあげるから、今日のところは帰ってもらえる?私たちこれからバベル試練に向けた特訓なのよ」

 イニレータはイタズラな笑みを浮かべると、案の定シェティーネの願いは打ち砕かれる。

「それは嫌なのだ!せっかく来たのだし顔ぐらいは確かめて帰りたい」

 そう発言するイニレータの下にタイミングよくユーラシアが現れた。

「ボクに何か用かな?シェティーネさんと親しげに話してたから邪魔しちゃ悪いとは思ったんだけど」

「いいや邪魔では決してないぞ。なぜなら私たちはお前のためにここまで来たのだからな!」

「えっ、ボクのためってどういうこと?」

 何も知らないユーラシアの無造作な発言に対し、何度も頭を小刻みに横へと振り続けるシェティーネ。

「よくぞ聞いてくれたな!シェティーネから話は聞いだぞ?」

 またしてもイタズラな笑みを浮かべるイニレータ。

 その様子を見たシェティーネは、柄にもなくため息をついた後、再度申し訳なさそうにユーラシアへと視線を向ける。

「な、何を?」

 一体何を聞かされたんだと、必死に思い当たることを探るユーラシア。

「お前、魔力を使わずに魔法が使えるらしいではないか。それは本当のことなのか?」

 イニレータの声は高らかで、本人は小さく喋っているつもりだろうが、かなり教室内に響いている。そのため、教室内にいた全員に会話の内容が筒抜けとなっていた。

 そして当然、今の発言を聞き逃す連中ではない。

「ほう。興味深い話をしているようだな。魔力を使わずに魔法を・・・・・到底信じられない話だが、一体どこから出た情報だ?」

「はっ確かに、んなくだらねぇことを最初に言い出した奴はどこのどいつだ?百歩譲って発動した魔法の気配を消すってんならまだ理解できるぜ?」

 そう言いながらアートの方へと視線を向けるヴァロ。

「だが、魔力なしで魔法発動なんて聞いたこともねぇ」

「私の発言が気に食わないなら、この場から消えればいいのではないか?」

「あぁ?勝手に押しかけておいて、んだよその態度」

「あんたたちひょっとして魔法研究科の生徒でしょ?」

「だったら何だと言うんだ?」

 どこか見下した態度で発言をするリリルナ。

「戦闘には興味がないとか言って、研究ばっかりしてる連中には分かるわけないと思うけど、魔法は魔力を必要とするから魔法と呼ばれるのよ」

 そんな侮辱とも受け取れるリリルナの発言に、僅かばかりイニレータが眉を顰める。

「確かに魔法研究科が戦闘に興味を示さないことは有名だな。私たちは戦闘に興味を持てるほど強くはない者の集まりなのだ。だけど、戦闘に興味を持つのではなく、戦う者たちを陰で支える役割にこそ、興味を持っているのだ。何も知らない小娘の分際であまり生意気な口を叩かないことだな!」

 背を反り、自慢げにない胸を強調するイニレータの頭を、マーラがポンッと叩く。

「何をする?」

「今の言葉は確かにすっきりしましたわ。けれど、最後の言葉は少し余計ですわよ」

 薄らと笑みを浮かべた状態でイニレータへと優しいお叱りをするマーラの姿は、まるで母親のようだ。

「そろそろ話を戻して欲しいんだが、君は本当に魔力を使わずに魔法を使える者がいると信じているのか?それもまぐれでこのクラスに選ばれたようなユーラシアがそうだと」

 気に食わないと言いたげな鋭い視線をユーラシアへと向けるシュットゥ。

「当然だろう!なぜなら、親友であるティーネからの情報なのだからな」

 あっさりと暴露してしまったイニレータに対して、頭を抱えたい気持ちに駆られるシェティーネ。

 みんなの前でユーラシアの話をすると、このように面倒な揉め事へと発展し、その情報を流したのが自分であると知れたら、更に面倒なことになることが分かっていたからこそ、ユーラシアとシェティーネ、イニレータの三人の時にこの話をしたかったのだ。

「それは本当か?シェティーネ」

 レインの鋭い視線がシェティーネへと向けられる。

「ええ、本当よ」

「おいおいマジかよ・・・・・まさかユーラシアの野郎に惚れでもしたのか?」

「それは今関係のない話よ」

 ヴァロの発言を冷たくあしらうが、否定はしなかった。

「兄さん。兄さんはまだ十二歳だし、私は十歳だわ。世界は私たちの知らないことで溢れてると思わない?」

「確かに俺たちが知らないことはまだまだ多いが、人魔戦争まで遡った記録でも、魔力を使用せずに魔法を使用できた記録など一つもない」

「それは兄さんが知らないだけよ」

「シェティーネ。だとしても、魔力を使用せずに魔法を行使するなど、世の中の摂理から逸脱しているとしか言いようがない。その結果が、今の魔法研究科だろう。おそらく魔法研究科の連中は俺たちの知らない情報を腐るほど知っていることだろう。それなのに、一向に研究が進んでいる様子が見られない。口では俺たちの役に立ちたいと言いつつも、それでは理想だけで何の役にも立ちはしない」

 レインの言葉に、イニレータまでも悔しげな表情を浮かべつつも言い返せない様子。

 しかし流石は能天気のイニレータと言ったところだろう。気持ちを切り替え、本題へとシフトする。

「まぁ、言いたい奴には言わせておけばいいのだ。それよりも、お前、ユーラシアと言ったな」

「う、うん」

「ぜひ私たちの実験台になって欲しいのだ!いわゆる人体実験というやつだな」

 恐ろしいことをさも当たり前のように笑顔で話すイニレータに、またもや呆れた様子を見せるシェティーネとマーラ。

 これまでの付き合いが長く、これからの付き合いも長くなっていくであろう二人は、イニレータのお目付け役と言っても過言ではない。

「いくらなんでも言葉が足りなさすぎるわイニ。私から説明するわね。彼女、イニレータの扱う魔法は『無属性の知覚情報』。簡単に説明すると、意識した対象を構成するあらゆる情報をまるで手足のように理解し、分析することのできる魔法なの。だから、実質彼女と向き合っているだけでいいということよ」

「やはり持つべきものはティーネだな。ティーネの言った通りだ。だけど私も人権は理解しているからな、無理矢理情報を読み取り分析することはしないぞ。だからこうして、しばらくの間研究に付き合ってくれるようお願いしに来たと言うわけだ。もちろん、特訓の邪魔にならない程度で構わないが、ダメか?」

 分かってやっているのか、分かってないでやっているのかは定かではないが、ユーラシアへと潤んだ瞳で上目遣いをするイニレータ。

 正直イニレータの魔法は、どこまでの情報を探るのかは理解はできないし、前提として自身の全てを曝け出すことになりかねないため、かなりの覚悟は必要である。

「それなら二つだけ約束してくれる?」

 自分が協力することで、後に世界を救うことに繋がるかもしれないのならば、ユーラシアは協力しようと決意する。

「もちろんだ。それで、約束とは何なのだ?」

「まず、実験台になるのは、バベル試練の特訓期間だけにすること。二つ目は、ボクに関するどんな情報を知ったとしても、魔法のことに関して以外は君の中だけに留めておいて欲しいんだ」

 もしかしたら自分の正体を知られる可能性もある。そうなってしまえば、イニレータならば後先考えずにあちこちに言いふらしてしまうだろう。それを未然に防ぐための約束。

 しかしそんなユーラシアの発言が他の生徒たちに奇妙な違和感を与えたが、それを確かめる術はない。

「了解した!それじゃあ、明日の特訓後に早速来てくれ」

 イニレータと他二名はこうしてSクラスから去っていった。

 その後、Sクラスのメンバー全員が特訓へと遅刻する結果となったのだった。

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