第19話 特訓開始!
選抜者計六十名は、本日から放課後の二時間を利用してバベル試練に向けた特訓を開始していくこととなる。
そしてその特訓場となるのが、バベル本体である。
バベルの構造は、底から百メートルはセンムルがいない空間となっており、毎度この空間を利用してバベル試練に向けた特訓が行われている。
バベルの入り口は海の底に存在するため、選抜者一堂はエルナスとミラエラ先導の下、学園の地下を何百メートルと降りると、海中に存在する透明なトンネルを一直線に進んでいく。
視界に広がるのは見惚れるほどに美しく透き通った海。魚や海藻を含んだ遠くの景色までもを一望することができる。
日の光に照らされて輝きを帯びるその景色は、まさに神秘的と言わざるを得ない光景だった。頭上や直ぐ隣を色鮮やかで多種多様な海の生き物たちが通り過ぎていく。
「着いたぞ、ここがバベルの入り口だ」
決して一直線の道のりは短いものではなかったが、海の景色に心奪われていた者たちは、ほんの一瞬の時を過ごしたかのような気分を味わいバベルの入り口まで到着した。
「特訓とはいえ、気を引き締めることだ。今年の指導役は一味違うからな」
そう言うと、エルナスは両手を扉に添えて力強くゆっくりと扉を開けていく。
バベルの扉は、開ける際に込めた魔力量によってその重さが変わり、魔力を込めれば込めるほどその重さは軽くなる。
そして扉を開けるためには物理的な力と魔力量の二つが必要となってくるため、誰にでも開けられるものではない。ましてや生徒で開けられる者など、片手で数えられるほどしかいないだろう。
バベルの中は、試験を行った際に使用した無機質な空間によく似ているが少し違う。壁に沿って作られた螺旋階段が百メートル先の天井の先まで伸びている。
そしてもう一つ。空間の中心に胡座をかき座り込む一人の人物。足に肘を付き、頬に手を置いている。見るからに退屈そうだ。
「やぁやぁエルナスちゃん。ちょっとオレちゃん待たせ過ぎじゃない?」
入り口に背を向けたまま、不貞腐れたようなトーンで言葉を発するその人物の正体は———
「はぁ、フェンメルお前・・・・・仮にも指導役として任務を受けたのだろう。少しは態度を改めろ」
エルナスは案の定と言った様子で額に手を当てため息をつく。
「え?フェンメルって、あの?」
「確か、ゴッドスレイヤーの中でも四天王と呼ばれる最強集団に同じ名前の人がいたような・・・・・」
「うそ⁉︎そんな人が教えてくれるの?」
エルナスが口にしたフェンメルという名前を聞いた生徒たちが徐々にざわめき始める。
「おっ、オレちゃんのこと知っててくれるなんて嬉しいなぁ」
今さっきまで不貞腐れていたとは思えないほどの満面な笑みを浮かべて生徒たちの方へ振り向くフェンメル。
「はぁ、調子のいいやつだ。まぁいい」
エルナスはやれやれと再度ため息をつくと、フェンメルの隣に立ち親しげな感じで肩に手を添える。
「こいつの名前はフェンメル・ルーデシアだ。知っての通り四天王と呼ばれるゴッドスレイヤーの一人で、今回のバベル試練の指導役として来てもらうこととなった。今回は私とフェンメルの二人体制でお前たちを指導していく。気を引き締めていけ!」
エルナスの気迫とフェンメルという有名人に直接指導してもらえる興奮から、生徒たちのほとんどが目の色を変えて真剣な表情を見せる。
「そして今回の特訓期間も毎度同じく一ヶ月設けている。正直なところ悔しいが、フェンメルの実力は私よりも上だ。私の魔法人形だけでは実戦に挑むことへの不安があったが、こいつの力を借りれば、かなりユニコーン選抜の実戦に近い特訓を行うことができるだろう」
「まぁ、オレちゃんには敵わないかもしれないけど、エルナスちゃんも六武神の一人じゃない。自信を持っていかなきゃだよね!」
突如飛び出したフェンメルの余計な一言により、生徒一堂の視線がエルナスへと集中する。
「フェンメル・・・・・」
「えっ、何?まさかエルナスちゃんが自分の正体隠してたなんて、知らなくてさ。ごめーんね」
反省の色が少しも見えない謝罪の言葉に、エルナスは苛立ちを覚えた。
「だけどどうして隠しておくのさ?」
「今の状況を見てみろ」
生徒たちはキラキラとした瞳でフェンメルとエルナスへ憧れの視線を向けている。
そして所々から聞こえ始めるゴッドスレイヤー関係の質問の数々。挙げればきりがないためここでは省略させてもらうが、とにかくエルナスとフェンメルに関する質問の波が止めどなく押し寄せる。
「生徒たちが目指しているのは、まさに今の私たちそのものだ。それなのに正体を知られれば、プライベートにまで影響が及びかねないだろう。本来お前は部外者だからいいものの、私は今後も彼らと共に学園生活を送っていかなければならないのだ。全く、初日がこれでは先が思いやられる」
これからが今日の本番だと言うのに、中々先に進むことができず、エルナスの疲れは急速に右肩上がりで上昇していく。
「皆にお願いしたい。今聞いた話は表に出さず、密かに自身の胸の中で留めておいて欲しい。お前たちはこれから神の遣いであるセンムルに挑もうと言うのだ。一瞬でも気を抜けば命取りになることを忘れるな」
今現在、生徒たちのやる気はこれまでになく高まっている。
目の前には四天王と六武神が一人ずつ立っている。
憧れる者にとってはまるで夢のような現実だ。
皆が早く特訓を始めたくてウズウズしている中、またしてもフェンメルの発言が進行を妨げる。
「始める前にもう一ついいかな?」
「何だ?」
「制服を着てないってことはそこの少女は、もしかして教師なのかな?」
フェンメルが指差したのはミラエラだ。
「ああ、そうだ。しかし見た目ほど若くはないぞ」
そんなエルナスの発言がミラエラの顔を顰めさせる。
「ほうほう。それじゃあ、あの赤髪の少年の隣にいる藍色っぽい髪の色をした少年は、一年生?」
「そうだが、それがどうかしたのか?」
エルナスはさも平然を装っているが、この二人に共通して言えること、それは———
「これは単純な好奇心なんだけどさ、あの二人にエルナスちゃんは勝てる自信があったりする?」
「正直に言えば、万に一つの勝機もないだろうな」
即答するエルナス。
「だよねぇ。少年の方はやってみなくちゃ何とも言えないけどさぁ、少女の方、あれはやばいね、やばやばだね。オレちゃんでも完璧に魔力の気配を断つなんて神業できやしないのにさ、あの二人は平然とやってのけてるよ」
フェンメルはアートの正体を知らないため、今感じたままの感想を単純に述べている。
しかしエルナスから見れば、どちらも本気でやりあえば勝つ方はどちらかなど、考える必要もないほどに一択しかなかった。
しかしあくまでもそれは、アートがどの程度魔王の力を取り戻しているかに大きくよるところがある。
「あれは反則だろう?エルナスちゃん。流石に他の生徒がかわいそすぎるって」
「安心しろ。今回のバベル試練は複数の班に分かれてそれぞれ一体ずつのユニコーンに挑んでもらうつもりだ。ただまぁそうだな、あいつと同じ班になった者は気の毒としか言いようがないが」
「そうそう。それで言ったらあの赤髪の少年も中々の魔力制御だよねぇ。ギリギリオレちゃんと同程度くらいかな?なんかエルナスちゃんの学園ってレベル高すぎなぁい?」
しかしこれに関してはエルナスは口籠る。
なぜなら、ユーラシアは魔力制御ではなく、自分の意思とは関係なく本来の魔力が封じられているだけなのだから。
「一度手合わせしてみたいねぇ」
「バカを言うな。彼女は我が学園の大切な教師だし、彼らだってまだ幼い学生だ」
「冗談冗談。もぅ〜エルナスちゃんは冗談が通じないなぁ。ただなんて言うか、赤髪の彼からは違和感を感じるんだよね」
「違和感だと?」
もしやユーラシアの力が封印されていることに気がつき、また余計なことを言い出すのではとエルナスは横目で鋭く視線を向ける。
「オレちゃんの経験上、強い奴ってのはそれなりの風格があるんだけどさ、彼からはこれっぽっちもそれが感じられないんだよねぇ」
確かにそれはエルナスも感じていること。
おそらくユーラシアの本来の実力はアートやミラエラ以上かもしれないが、強者の佇まいを感じないと言うことは、ほぼ生まれつきで力を封じ込められていたのだろう。
「もしかして抑えてるんじゃなくて、アレが本来の魔力量だったりしてぇ〜・・・・・ウソウソ冗談」
下手に変なことは言うまいと敢えて否定も虚言も吐くことをしなかったエルナスだが、フェンメルはそんなエルナスの態度に違和感を覚える。
「うっそ、ほんの冗談のつもりだったけど・・・・・マジ?」
「彼はユニコーン選抜に選ばれた。それで十分だろう」
「いいや、悪いけどそうはいかないなぁ。エルナスちゃんも言ってた通りこれは遊びじゃないのさ、なら、少しでも不安のある生徒の実力は試しておかないと」
フェンメルはそう言うと手のひらを生徒たちの方に向けた。
「やぁやぁ生徒諸君。今から君たちにオレちゃんの魔法をお見舞いするから見事防いで見せてよ!」
「何を考えている!やめろフェンメル」
エルナスの言葉など無視して問答無用で魔法を放つ。
放たれた火の玉は、全身に炎を纏った百獣の王へと姿を変えた。
フェンメルの手のひらから生じたそれは、真っ直ぐユーラシアの方へ掛けて行く。
そうとは知らない多くの生徒たちは半ばパニック状態に陥り、急いで左右への散らばりを試みる。
しかし、ユーラシアの隣に立つアートは微動だにせず、余裕の表情でフェンメルの魔法を待ち構える。なぜならそれが、自身ではなく隣にいるユーラシアに向けてのものだと理解しているから。
当のユーラシアも、それが自分に向けて放たれたものであると直感で悟っていた。そのため、逃げることなくアートよりも一歩前へ踏み出すと、覚悟を決めた揺るぎない瞳を向ける。
そうしてフェンメルから放たれた魔法は、三秒も経たずにユーラシアへと直撃した。
逃走を試みた生徒たちには攻撃は当たってはいないものの、逃げるなんて時間があったわけがなく、直撃した際に生じた真っ白な煙に一堂が包まれた。
次第に煙が晴れて現れたのは、無傷のユーラシア。
正直そこまで威力の高い魔法ではなかったため、最悪でも全身に重症ではない火傷を負う程度だと思っていた。しかしその場合は、自身の回復魔法を施す対処を考えていた。
しかし結果は、フェンメルの予想の遥か斜め上をいくものだった。
「超回復?いいや違うね。まるでオレちゃんの魔法が消えたように見えたのは気のせいかい?」
ユーラシアの成した事に気がついていたのは、ユーラシア自身を入れて———
ミラエラ、アート、シェティーネ、エルナス、フェンメルのたったの六名。
しかし、どうやって魔法を無効化したのかまでは、本人とミラエラ、アートにしか分からない。
その他の者など、ユーラシアが魔法を消した事にすら気がついていない。
「いいや、気のせいじゃないね。はぁ、オレちゃんも人を見る目が落ちたもんだね。なるほどぉ、魔法の無効化なんて言うチート技が使えるんならエルナスちゃんの魔法人形を倒すなんてのは朝飯前なわけだっ」
しかしセンムルが扱うのは魔法ではなく神の技。
例え魔法を無効化できたとしても何の役にも立ちはしない。
「お前からの挑発はさておき、彼の実力はそれだけではない。許可もなく生徒に攻撃を放ったことは今回は目を瞑ろう。それよりもお前の余計な好奇心のせいでかなりの時間を無駄にした。早速始めるぞ」
いよいよ特訓開始となり、早速行われたのは、十人一組の班分け。
計六班が作られることとなり、本番は班ごとに一体ずつのユニコーンを担当することとなる。
バベル試練ユニコーン選抜の目的は、もちろんユニコーンの討伐である。
討伐されてしまえば、次回のバベル試練のためのセンムルを補給する必要がある。
しかし、ここ最近は神からの侵攻がないせいでセンムルの補給ができず、いずれかの年ではもしかしたらバベル試練を行えなくなる年があるかもしれない。
今回もユニコーンの数は計六体しかおらず、生徒たちはその全てを相手取ることとなる。
班分けに関しては、エルナスの意向で決定し、ユーラシアはアートと同じ班となり、その他は、シェティーネとユキ、レインとミューラが同じ班となった。残るリリルナ、ヴァロ、シュットゥの三名はそれぞれ異なる班へと振り分けられた。
特訓の内容は、エルナスとフェンメルが共同で作り出した擬似ユニコーンとの戦闘訓練。
まずはエルナスによる巨大なユニコーン魔法人形計十二体を作成し、そこからフェンメルの出番となる。
フェンメルの魔法属性は『無属性の想像力×創造力』。
この力は、フェンメル自身が経験した物や生命体を、実際の完成度に限りなく近いレベルで創造することができる力。
今回のユニコーンに限っては、生命構造がまずは不明なため、想像力ではどうすることもできず、エルナスによる魔法人形を依代としている。そこから自身がかつて経験したであろうユニコーンの見た目に限りなく創造力で近づけていき、最後にユニコーンが持つ力の創造となる。
力の創造は、あくまでもフェンメルの力の源は魔力であるため、神の力を創造することは不可能だが、かつて己が経験したそれに近い制度までは上げることができる。
方法は、ユニコーンがフェンメルに対してかつて使用した技全てを魔法によって再現し、更に魔法による対策の難易度を上げるため、擬似ユニコーンによる魔法攻撃と擬似ユニコーン本体へ魔法耐性の効果を付与する。ユーラシアみたく、魔法を無効化してしまう生徒がいたことはフェンメルにとっては予想外だったが、他の生徒にとっては十分な特訓になるだろう。
魔法を使用する者にとって、魔法無効化などどうしようもないことなのだ。
フェンメルは切り替えて最後の工程へと移る。それは、ユニコーンの特性とも言える血液の呪いの再現。
これに関しては、一定時間のデバフ効果付与により、全身に刺されるほどの痛みを負う麻痺効果を、魔法人形の体内に蓄積させた魔力へと付与した。仕組みとしては、魔法人形に傷を付け、そこから出てきた魔力を浴びた者は、一定時間デバフ効果に苛まれるというわけだ。
最後にフェンメルは、高さ百メートルの空間を六分割して、そこに一組と擬似ユニコーン二体を閉じ込め特訓が開始された。
安全面に関しては、現役のゴッドスレイヤーの中でもトップの二人が細心の注意を払っているため、万が一にも重症者が出ることはない。
初日からよい成績を残すことなど、センムル相手にそうそうできやしない。
ユーラシアの場合は無敵に近い防御力を誇りながらも、攻撃力は今のところは並以下。その他の生徒は、学生という名に相応しいレベルであり、アートに関しては特訓の必要がないため、ユーラシア含め同じ班の者たちに特訓の場を譲っている。
そんなこんなで初日の特訓は、散々な結果で幕を閉じるのだった。
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