第18話 魔法研究科の企み

 マルティプルマジックアカデミーの合格率は全ての科において大体が共通しており、その確率が僅か十分の一程度となっている。

 そのため、魔戦科以外の毎年の合格者数は三十人前後となっており、それは今年も例外ではなかった。

 


 魔法研究科研究室には、魔法研究科一〜六年生、約二百名の内の二十名の生徒たちが研究者として出入りを許されている。

 二十名の研究者は月ごとに更新されていき、その選定基準は試験による結果となっている。

 通常、魔戦科などでは年に四、五回ほどしかない試験ではあるが、魔法研究科の生徒たちは、己の力を証明する試験を月に一度行っている。

 その試験内容とは、何か一つのテーマに従い、そのテーマにあった研究成果を魔法研究科全学年の前で発表するというもの。そのため、学年問わずに優劣がつけられ、例え一年生であろうとも優秀だと判断された生徒は研究室のメンバーに選ばれるのだ。もちろん、来月の試験でメンバーから外れてしまうことも往々にしてあり得ることである。

 そして、研究室で行われている研究こそが『いかに魔力を消費せず、魔法を行使できるか』と言った内容である。

 通常授業では、人間が魔法を使用する時の魔力の流れや仕組みなどを詳しく学ぶこととなり、主に研究室の顧問を任されているのがマナリプトンである。

 


 そして今月の選ばれし者たち二十名が集まる研究室にて、皆が手を止め、一人の女子生徒の話を興味津々な様子で聞き入っている。

 

 彼女の名は「イニレータ・レイロス」。

 

 薄紫色のふわふわとした肩ほどまである弾力のある髪をしており、瞳は全てを見透かすかのようにぱっちりと、そしてくりっとしている。

 同世代の中では体格はかなり小さめであり、研究室のマスコットなどと密かに呼ばれている。

 一年生にして唯一の研究室メンバーである。

 彼女以外のメンバーは全員が三年生以上で構成されており、二年生は残念ながら今月も席がない。


「イニレータ。その話は真実なのですの?」

「間違いないっ!この私の親友から直接聞いた話なのだからな!あはっはっはっは」

「その親友って、確か君と同じで今年入学したアーノルド家の長女だっけ?」

「そうなのだ。あいつの情報はいつも正しいから信用しても大丈夫だぞ!」

 自身満々にそう語るイニレータに対して、研究室のメンバーは信用できないと言いたげに疑いの視線を向けている。

 イニレータと今話している落ち着いた様子の女子生徒は、魔法研究科の五年生であるマーラ・ベユロン。

 男子生徒の方は、同じく魔法研究科三年生のポディーノ・ユンティーノ。

 マーラはイニレータの面倒見役としての立ち位置であり、ポディーノはいつも退屈そうに、されど二人の様子をどこか羨ましそうに眺めている。

 そんな二人は、一見嘘のような本当の話だと断言するイニレータの言葉を、多少の疑う気持ちを残しつつも信じている様子。

 イニレータが話した嘘のような本当の話とは、親友であるシェティーネから聞かされたユーラシア・スレイロットというある男子生徒に関する重大な話。

 その内容とは、魔力を一切使用せずに魔法を行使できるというにわかには信じ難いものだった。

 学園入学後もシェティーネとイニレータの二人は仲が良く、食事の際は決まって同じ卓に座る。

 そしていつかの夕食時にこの話を聞かされたわけだが、イニレータも始めは耳を疑った。しかし、これまでずっと信用してきた親友の言うことだから嘘なはずがないと、信じることにしたのである。

「イニレータがここまで言うんだから、本当なのかもしれませんわ。何にせよ、一度その彼に会ってみましょうか」

「なぁ気づいてるか?さっきから俺たちずごい浮いてるぞ」

「イニレータの言葉を信じないのならば、放っておけばいいだけのことですわ」

「マーラの言う通りだ!さっさとユーラシアとやらを捕まえて、私たちだけで研究を成功させてみせるのだ!」

 能天気なイニレータの発言に苦笑するポディーノ。

「だけど、その生徒って魔戦科の生徒なんでしょ?あそこの連中は治安が悪くてあまり近づきたくないんだけどなぁ」

 ポディーノがそう思うのも無理はない。入学初日のアートとオッドの一件に、魔戦科寮内による生徒の死亡事件。

 当然、教師間では話は共有されており、生徒たちにもその話は伝わっている。しかし、事件の真相については、ミラエラとエルナスなど限られた者しか知らない。

 そうして巡り巡った魔戦科のよくない噂話がポディーノの耳にも入り、魔戦科に対するイメージが悪化してしまっている。いや、今年だけの話ではない。ポディーノは以前から、魔戦科に対してあまりいいイメージを持ってはいなかった。

「何を言っている!全く、情けないにも程があるぞ、ポディーノ」

「イニレータの言う通り、今の発言は情けないですわね」

 二人の言葉がポディーノのガラスのハートを刺激する。

「わ、分かったよ。別に冗談で言ったんだし、行けばいいんだろ、行けば」

 二人の挑発にまんまと乗せられたとは知らないポディーノ。

 こうしてイニレータ、マーラ、ポディーノの三名は、魔戦科一年ユーラシア・スレイロットに会いに行くことを決定した。

 



 

 選抜試験を終え、バベル試練ユニコーン選抜者が決定した。

 内訳は以下の通りである。

 一年生・・・・・九名。

 二年生・・・・・四名。

 三年生・・・・・九名。

 四年生︎・・・・・六名。

 五年生・・・・・十二名。

 六年生・・・・・二十名。

 

 だいぶ偏りがあるが、二・四・五・六年生を除いて言えることは一、三年生におけるSクラスのメンバーは一人も欠けることなく選抜者に選ばれたということ。

 バベル試練は毎度、学年ごとに十名ずつが選抜されるのが規定となっていたが、今年に限っては初の試みとなる全学年混合の選抜。そんな中、入学したばかりの一年生がSクラス以外にも二名選抜されたという事実は想像以上にすごいことだ。

 なぜなら、大人にとっての二、三年と、十代にとっての二、三年は精神的にも肉体的にも大差を生じさせる年数であるからだ。

 しかも驚くべきことに、一年生で選抜者となったSクラス以外の二名は元補欠クラスのミューラとユキ。

 ミューラは本来のユーラシアほどの魔力量には遠く及ばないが、それでも常人を遥かに超えた巨大な魔力を誇っており、魔力制御を上手くできないため魔法の扱いに支障をきたす。そのため補欠クラスへと落とされたわけだが、今回の選抜試験では魔力制御の不備が功を奏し、ミューラの制御下を離れた爆発的な破壊力の魔法があちこちに飛散し、そこら中に存在した魔法人形を戦闘不能にしていったのだ。

 一方のユキは、本当に補欠クラスに選ばれていたのか疑わしくなるほどの鮮やかな魔法を使用していた。

 ぷよぷよとした水の球体を自身の周囲に浮かばせ、その一つ一つが次々と魔法人形たちを包み込むと、魔法人形は力を失い地に倒れ伏したのだ。

 この二人は試練後、ほぼほぼSクラスへ上がることが確定したと言っても過言ではないだろう。

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