第17話 ホープァル

 マルティプルマジックアカデミー校長室に存在する月によく似た球体の結晶に魔力を込めると、ある場所へと飛ばされる。

 そこには幾つもの扉が山のように積み重なった景色が広がっており、上に行けば行くほど存在する扉の数も減っていき、そして見た目も高級な物へとグレードアップされている。

 重なるという言い方はぱっと見の姿を表した表現であり、実際は扉と扉の間に僅かな隙間が生じている。

 


 エルナスが足元に魔力を込めると、直径一メートルほどの円板が切り抜かれ、足元を支える床として上空へと上がっていく。

 そして建物内の最上階には高さ二メートルほどの豪華な扉が計十個存在しており、扉が囲む中央には、校長室にあった結晶によく似た黒い球体が浮かんでいる。

 さらに、扉の先には扉の見た目と同等の部屋が存在している。

 ちなみに最上階の十個ある扉の一つは、エルナスのものである。

  


 ここはゴッドスレイヤーの住処『ホープァル』。


 

 エルナスが宙に浮かぶ黒い球体に手をかざし魔力を込めると、再度、ある場所へと飛ばされた。

 日の光のみが差し込む開けたその部屋は、薄暗く、窓際に置かれた大きな机と椅子、そしてそこに腰掛ける人物以外は何もなく誰もいない。

「これは懐かしい客人だ。久しぶりだな、エルナス」

 窓へ向けていた視線をエルナスへと向ける男の右半身を日の光が微かに照らすと、漆黒と黄金色で彩られたゴツくワイルドな機械仕掛けの腕が姿を見せる。

「はい、七年ぶりですね。以前お会いした時よりも随分と寂しい腕になったのでは?」

「あれは俺には似合わなかった。やっぱり俺にはこういう暗い色がよく似合う」

 男が大きな腕を動かすたびに金属が擦り合う音が静かな空間に響き渡る。

「今日は一体何の用だ?七年ぶりに会いに来た理由が、まさか俺の腕を拝みに来ただけなんてことはねぇだろ?」

「もちろんです。それに、王の腕のことは今の今まで忘れていたくらいですから」

「ケッ、生意気なところは昔と変わらねぇみたいで安心したぜ。それより何だその喋り方は?まさか緊張してるわけでもねぇだろ」

 エルナスは小さくため息をつくと、正していた姿勢を軽く崩す。

「まさか。ただまぁ、他のゴッドスレイヤーたちは貴方にタメ口など利いていないから、私も一度試してみただけのことだ」

「くだらねぇ。それと呼び方も痒すぎる。昔みたくロドィと呼んでくれ」

 ロドィ。本名「ロッド・グローバ」。

 表面上は笑顔を見せず強面な見た目をしているが、エルナスと話す時のロッドの心はとても晴れやかである。

「はぁ、その呼び方は小さい頃のものだ。いつまでも私を子供扱いするな。もう立派な大人なのだから」

「俺にとってはいつまで経ってもお前は可愛い我が子だ。拾い子で血の繋がりはないが、実の家族のような存在だ」

「ああ、私もそう思っているが、私は六武神にも選ばれている。いつまでも子供扱いされては、私の立つ瀬がなくなってしまうだろ」

「相変わらず細かいやつだな。別に誰も気にしねぇと思うが、一応考えといてやろう。それで、七年ぶりに顔を見せた用とやつを聞こうじゃねぇか」

 ロッドは久しぶりの娘との会話が相当嬉しいのか、いい歳をしながらニヤついた表情が元に戻らない。

 しかし、エルナスはそんなことお構いなしに本題を切り出した。

「今から一ヶ月後にバベル試練を行う。だからそのための指導者を一人貸してほしい」

「ほう、今年もやるのか」

「当たり前だ。私が校長になってからは毎年欠かしたことがない恒例行事だ」

「それで、今回の選抜対象は何だ?」

「ユニコーンだ」

「懐かしい名だな。呪いの血を持つセンムルか、今回も危険な試練になることは間違いなさそうだ。だが助っ人が一人だけで大丈夫か?いつもは手紙だけ寄越してくるが最低でも五人は借りていくだろ?それに今回の手紙には五人と要求が書かれているじゃねぇか。もしかして、教師だからと毎度授業やらなんやらで忙しいと理由を付けて指導役を断ってきたあいつらが、今回は手を貸す気になったってわけか?」

 エルナスはバベル試練の時期になると、毎回手紙で要求文を出しゴッドスレイヤーを五人ほど助っ人として生徒たちの指導者に充てている。

 そして今回も同様に手紙で指導者の要求文を出したのだが、何故だか返事の手紙がエルナスの元へ届かなかったため、こうして七年ぶりに父の下へと顔を出したのだ。

「はぁ、手紙があるならなぜ返事をくれなかった?私はこれでも忙しいんだ」

「まぁまぁ、そう怖い顔をするな。久しぶりに可愛い娘に会いたいと思った親心が邪魔した結果だ」

 今回、エルナスの要求が叶わなかったのは、父であるロッドがエルナスに対する愛情を爆発させた結果だった。

 しかしエルナスには気になることが一つある。それこそが手紙とここに来ての要求を変更した理由。

「まぁいいわ。それにしてもホープァルにここまで人がいないのは初めてじゃないか?どうも皆忙しいようだから先ほど言ったように今回の助っ人は一人だけでいい」

「それは大きな勘違いだ」

「勘違い?」

「人がいないわけじゃねぇ。みんな現在進行形で引きこもり中だ」

 エルナスはロッドの発した言葉の意味が理解できず、言葉に詰まる。

「何人かは任務で留守にしているが、神の侵攻が長らく訪れない今、あいつらは怠けてやがるのさ」

「はぁ、呆れる。今は平和だとしてもまたいつ神からの侵攻が訪れるか分からないというのに。私が無理矢理にでも叩き出そう。指導者は何人いたとしても困ることはないからな」

「やめておけ!どんな状況だろうと扉の破壊はここでは最大の争いの元だ」

 ロッドは激しく金属音を響かせながら椅子から立ち上がると、エルナスに向かってゆっくりと歩き出す。

 扉の破壊は、その先に存在する空間をも消滅させてしまう意味を成している。つまり、鍵のかかった扉を破壊してしまえば、そこに住む者の部屋が消滅してしまうことになるのだ。

 更に運が悪ければ、空間と共に中にいる人物までもが消滅してしまう事態になりかねない。

 扉とそこに住むゴッドスレイヤーは、一心同体であるとも言えるわけだ。

「はぁ、そうだった。長く留守にしていたせいで完璧にそのことを失念していた」

「まぁあまり気にするな。指導者に関しては丁度一人当てがあったところだ。後ほどそっちに送ってやるから待ってろ。—————クッ」

 ロッドはエルナスの肩にそっと手を置くと、感極まった様子で眉間にシワを寄せイカつい表情を浮かび上がらせる。

 見る人から見れば怒りに震えているのだと誤解されてしまうだろうが、エルナスに限ってはその意味を正確に理解している。

「柄にもなく何を泣いている?」

「悪るいな、みっともねぇとこ見せて。————ゴホンッ」

 ロッドは大きな咳払いをして涙を吹き飛ばすと、再びエルナスへと向き合う。

「最後に一つ聞きたいんだが、世界樹を宿す奴は見つけられたのか?七年前、世界樹に触れた時に言ってただろ。マルティプルマジックアカデミーを七年後までに誰しもに認めてもらえる学園にしてみせるってな」

 エルナスは自慢げな表情を浮かべ、堂々とした態度で大きな胸を前へと突き出した。

「もちろんだ!見事今年の新入生に世界樹を宿す者を獲得した。これも全て七年間の努力があってこその賜物だ。おっと世界樹で思い出したのだが、試練とは別に報告しておかなければならないことがある」

 エルナスは表情を切り替え、鋭く真剣な風格を醸し出すと、ロッドも話の重要性を即座に理解して同様に真剣な表情となる。

「六武神であるお前がそこまで警戒する事となれば、相当なことだろう」

「ああ、おそらく予想だにしてなかったことだ。怠けているなど、まさに自殺行為・・・・・魔王が復活したのだ」

 その瞬間、ロッドの渋い表情が更に濃いものとなり、無言の圧が空間内に流れ始める。

「それらしい魔力反応は感じなかったが、間違いないんだな?」

「奴の意識の中に潜り込み、直接魔力を感じたから間違いない。だが、だからといって何かする必要も今のところはない」

「どうしてだ?奴は俺たちが束になっても勝てるかどうか分からねぇ相手だ。力を完全に取り戻す前に仕留めた方がいいと思うがな」

「心配無用だ。なぜなら奴の興味は完全に世界樹を宿す者へと移ったのだからな」

「ほほう。それは興味深い話だ」

 ロッドは少し落ち着いたのか、重たい腕を机へと乗せ、再び椅子へと腰掛けエルナスの話へと耳を傾ける。

「世界樹を宿す少年の力は、ある女性によって今は封印された状態にあるのだが、先日一度だけ一瞬だったが解放された力を感じた」

「まさか、あの時感じた巨大な魔力反応がそうなのかよ。てっきり任務中の四天王の誰かかと思ってたが、俺の勘も鈍ったもんだ」

「いや、間近で感じた彼の魔力量は四天王を超えていた。しかも彼はまだ十歳だ。一先ずは彼の近くに置いておくことが得策だと私は考えている」

「俺はお前を信じよう。一つ、魔王の魔力を感じないのが気がかりだが、大まかな予想はつく。大方、神々に復活を悟られないようにするためだろうな。あいにく地上の俺たちがいくら声を上げたところで神には聞こえやしねぇ」

「そしてそれをいいことに戦力増強を図ろうとしていたみたいだな」

「だが、結果的には世界樹を宿す者によってその計画は崩されたと言うわけか」

「ああ、その通りだ」

 ロッドは流石の頭の回転の速さでことの全てを理解すると、自身の腕に鋭い視線を向けながら魔王に向けた蔑みの笑みを浮かべた。

「フッ、いい気味だ。かつて俺の片腕を奪った奴の悔しがる顔が目に浮かぶ」

「以前にも聞いたことがあるが、人間が五百年以上もの時を生きるなど不可能だろう。王は一体何者なんだ?」

「いずれ分かる時が来るさ」

「以前も同じように返されたが、未だに分からないのが悔しい限りだな」

 しかし言葉とは裏腹に薄く笑みを浮かべるエルナス。

「また何かあればいつでも来い。いつでも歓迎してやる」

 ロッドは固まっていた表情を動かし、ぎこちのないワイルドな笑みを見せた。

「ああ、また来るよ」

 そう言ってエルナスは再び背後に浮かんでいた黒い球体へと手をかざし、魔力を流すと先ほどの扉のある空間へと飛ばされた。

 



 エルナスは上昇時同様に下降時でも足元に魔力を集中させて円板を切り抜くと、そのまま地上へと下降していく。

 その際突如背後から何者かの声がした。

 その声は、どこかで聞き覚えのあるような、ずっと昔によく聞いていた声。

「やぁやぁお久しぶりぶりだよね?エルナスちゃん」

 その特徴的な話し方により、エルナスは瞬時にその者が誰であるかを理解する。

「フェンメルか」

「正解〜」

「なんだ、お前もニート生活か?四天王ともあろう奴がだらしない」

「いやいやちょい待ちちょい待ち。サボりなんてするわけないでしょ!任務だよニ・ン・ム」

「そうか、悪いな。今し方王から信じ難い真実を聞かれたばかりで、てっきり六武神や四天王であるお前たちまでもふざけた真似をしているのではと疑ってしまった」

 エルナスは言葉ではそう言いつつも、鋭く疑いの視線を絶やすことはない。

「本当に違うのよ〜ん。他の六武神と四天王は今、長期の任務で留守にしてるし、オレちゃんも毎日任務で忙しいわけ」

「それはおかしな話だ。では一体誰が試練の指導役として来てくれるんだ?まさか怠け者を寄越すつもりではないだろうな?」

 エルナスの中に突如不安が押し寄せる。

 怠け者を寄越されでもしたら、間違いなく堪忍袋の緒は切れるだろう。

「いいや、オレちゃんじゃない?明日からの予定は入ってないし、もう直王様から直々に指導役の任務命令が降りるんじゃん?」

 ゴッドスレイヤーの中には十名の役持ちが存在している。

 それが六武神と四天王であり、強さの格が上なのは四天王の方である。

 エルナスとしても指導役に四天王が来てくれるのならば嬉しいことだが、なんせフェンメルはこのおちゃらけた性格だ。

 実際命令された任務はどれもこれもそつなくこなしているらしいが、同時にミスも数えきれない程しているらしいのだ。

 それ故、エルナスはもしフェンメルが指導役として来てくれたとしても、不安で仕方がない。しかし凄まじい実力の持ち主なのは知っているため、覚悟を決めることにした。

 なんせ模擬戦でエルナスがフェンメルに勝てたことなど一度としてないのだから。

「そうだな。それでは命令が下れば快く迎えると約束しよう」

「おっ、エルナスちゃんもようやくオレちゃんの偉大さに気づいたのかぁ。この任務は絶対にミスできないね。だけどオレちゃんにかかれば朝飯前さ〜。ってことでじゃぁあね〜」

 既に指導役を任される気でいるフェンメルは、気分爽快と言った感じで鼻歌を歌いながらエルナスの下から去っていった。

 そして残されたエルナスは、今日一日でどっと疲れた精神を癒すべく、学園の校長室へと戻り今日は寝ることにしたのだった。

 それほどまでにゴッドスレイヤーの王である父含め、ここにいる連中は個性の強い者ばかりなのだ。

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