第15話 バベル試練
翌日、格付け終了後の最初の授業日。
ユーラシアとアートにとっては入学してから初となる魔戦科の教室だ。
造りは中央大広間に少し似ており、円形ではなく、弧を描くように各階段ごとに椅子と机がずらりと並べられている。その正面には、教室の端から端までの長さを持つ大きな黒板が壁にかけられており、その真下に教壇が設置されている。要するに、何の変哲もない普通の教室であるということだ。
そしてSクラス計七名がまばらに席につき、教壇に立つエルナスとミラエラへと視線を向けている。
「改めてSクラスの担任となったエルナス・ファミリナだ」
「副担のミラエラ・リンカートンよ」
「ではまず話を始める前に、ここ最近で何件か学内で魔物の目撃証言が出ているのは知っているな」
そう言うと、エルナスは一度ユーラシアへと視線を向ける。
「はい。実際に俺は魔物を何体か処理しましたから」
少し呆れた様子でエルナスの質問に答えたのはレイン。
しかしその反応も無理のないことだ。
本来学園とは学びを深める場所というだけでなく、生徒の安全を守らなければならない責務がある。
それなのに、生徒を害する魔物がウヨウヨとここ最近は学園内をうろついているのだ。
「俺なりに考えた結果、やはり魔物の発生は五日前に感じたあの正体不明の巨大な魔力が関係していると思うのですが」
レインはさりげなく鋭い視線でアートを捉える。
「ああ、私も同じ考えだ。だが心配する必要はないと言うことを伝えておきたい。今全力を持って魔物の排除に動いているためもう時期で完了するだろう」
今回、魔物の発生の原因はユーラシアにある。
アートとの戦いの際、ほんの一瞬ではあるが竜王の力を解放してしまったことにより、その時の魔力の残滓を糧とし誕生した魔物たちが学園内を徘徊しているというわけだ。
しかし五日も経っていれば魔力の残滓も底をつき、新たな魔族が誕生する魔力濃度ではなくなる。
エルナスは一先ずの現状報告を終えた段階で本日の本題へとシフトする。
「それでは早速だが、お前たちはバベルを知っているか?」
「学園から見える真っ白な塔のことですよね?案内の時に先輩方から教えてもらいました」
シェティーネは今日も凛々しく優雅に答える。
「その通りだ。そして約二ヶ月後、バベル試練を行うことが決定した!」
エルナスの言葉を受けた生徒の反応は主に二つに分かれた。
一つは、理解が追いつかずにただ一点を見つめる者。
もう一つは、その試練が何なのかを理解し瞳に輝きを宿す者。
「バベルとは、人類が神に届き得るのだという強い意志を持ち続けるために心の象徴として過去の者たちが造り上げた牢獄だ」
牢獄というからには、あの塔の中には何者かが捉えられていることになる。
ではそれは一体何なのか?
「バベルの中には神の遣いが囚われており、その存在を私たちは『センムル』と呼んでいる。そして今回バベル試練の対象となるのがセンムルの一種であるユニコーンだ」
ユニコーンとは伝説上の存在であり、想像上の生命であるとされているが、真実は神の遣いである。
当然、生徒たちがその存在について知るわけもなく、バベル試練から終始一貫して生徒たちの表情は疑問の曇りを見せている。
「ユニコーンとは一体何ですか?」
「奴らには額に強靭な角を生やし、全身が真っ白な毛で覆われた白馬という表現が最も適切だろう。そして奴らは光の力を扱うくせに光を弱点とし、逆に闇属性の力に耐性を持っている特殊な個体だ」
「光が弱点であるのに、光の力を使うのでは矛盾が生じていませんか?」
「シェティーネの質問は最もなものだ。しかし矛盾はしていない。なぜなら奴らは、自身の光の影響は一切受けないからだ。まぁ弱点という言い方は適切ではなかったかもしれない。分かりやすく言えば、光が当たる朝ならば穏やかな性格となり、逆に暗闇を宿す夜ならば狂暴な性格へと変貌するんだ。だが穏やかとは言っても、弱体化されるわけではない。攻撃性が極度に弱まると言うだけで、こちらから攻撃を仕掛ければ反撃はしてくる。しかも、ユニコーン自体が光の粒子の集合体なため、むしろ反撃の際の戦闘力は狂暴時を凌駕する可能性さえ秘めている」
つまり、正確な弱点が存在しない生命体であると同義。
「そしてバベルにはユニコーンの他にも様々なセンムルが存在する。例えば、ケンタウロスに聖蛇、ケルベロスにグリフォンなどなどだ。それぞれの強さは単純明快、囚われている数が少ない存在ほど強い。ユニコーンはその中でも中間ら辺。因みに聖蛇とグリフォンは今のところ一体ずつしか捕獲できていない」
しかしこの話だけでは、実際にユニコーンがどれほどの強さを誇るのかは分からない。
「正確な戦闘力をお前たちに分かりやすく説明することは困難だが、今のお前たちでは束になっても瞬殺される強さであることは言っておこう」
しかしエルナスの言う束とは、アートとユーラシアを除く計五名における話。
「そしてここからが肝心だ。バベル試練ユニコーン選抜における選抜者選定を三日後から行うこととする!」
「三日後⁉︎」
あまりにも突然な状況に驚きの表情を浮かべる生徒たち。
「バベル試練は年に不定期で行われるイベントであり、少ない年では一回。多い年では五回ほど開かれることがある。そしてバベル試練に選抜された者たちは学園における試験の免除資格を得ることができる」
つまり、成績に直接影響される座学や実技の学園側が用意した試験を受けることなく、その代わりにバベル試練の成績が影響するということだ。
「定員は魔戦科一学年につき十名までとなっている。そして今この瞬間、立候補者は名乗り出ろ。この機を逃せば今回のバベル試練へのエントリーは見送られることとなる」
つい先ほどまでバベル試練の存在すら知らなかった者たちに対して、その参加を即決させるエルナス。
何とも強引なことだが、これは毎年のことである。
「闇属性の耐性があるってことは、アートくんの天敵ってこと?」
「何を言う?無効でない限り全く通用しないわけではない。それにユニコーンは魔王時代にもよく殺していたものだ。最高神が俺を止めるために躍起になっていた頃を思い出す」
アートはとても懐かしむように窓の外へ視線を向けた。
そうして決が採られたバベル試練ユニコーン選抜は、Sクラス全員が迷わず参加を希望した。
「選抜試験は三日後から格付け期間同様の二週間の間で行われる。そして選抜者はそこから更に一ヶ月の間試練に向けての特訓期間へと移行することになる。それでは検討を祈っている」
エルナスはSクラスの生徒たちへ挑発的な笑みを向けた後、自己紹介以外一言も発言することのなかったミラエラと一緒に教室を後にした。
放課後、元補欠クラス寮内。
アートとユーラシア以外の三名は、今日の夕食前には新しい寮へと移動になるため、各々が荷作りを始めている。
「まぁなんだ、短い間だったけど、お前らと居られて楽しかったよ」
「そんなこと思ってたんですかゴディアンくん。以外と可愛いところがあるじゃないですか」
ゴディアンに対して揶揄うような笑みをこぼすミューラ。
「んだよ。別に笑うことねぇだろ、ったく」
「そうですね。実は私もゴディアンくんと同じ気持ちです。少しここを離れるのが名残惜しいですね。ゴディアンくんとはこれで別々の学科になってしまいますし」
「俺もまさか学科の移動が認められるなんて思いもしなかったぜ。試験はそれなりに難しかったけどな。まぁこれで一安心ってとこだ。試作の魔道具が完成したら、お前たちに最初に試験運用してもらうつもりだからまだ長い付き合いになると思うぜ」
ゴディアンはそっぽを向いて恥ずかしそうにそんなことを言う。
「はい。楽しみにしてます」
「ボクも楽しみにしてるよ。発明科でも頑張ってね!」
ユーラシアは別れの挨拶としてゴディアンへと手を差し出す。
「へへっ律儀な奴だな。魔戦科のトップクラスなんてすげぇなんてもんじゃねえけど、お前も全力で頑張れよ」
ユーラシアとゴディアンは握手を交わし、荷作りを終えたユキとミューラとも握手を交わした後、三人は新たな居場所へと去っていった。
「ボクたちだけになっちゃったね」
別れを惜しむユーラシアとは対照的に別れの挨拶も述べず、終始知らぬ顔を突き通してソファに座り込んでいたアート。
「ああ、どうせまたすぐに騒がしくなるだろう。気にすることではないな」
「一緒にいたのはたったの二、三週間だったけど、アートくんは寂しく思わないの?」
「寂しい、とは?一体何を寂しがればいいんだ?今の俺は神への復讐とお前にしか興味がないんだがな」
この調子である。
ユーラシアが竜王の生まれ変わりであることを知ってからというもの、アートはユーラシアとしか基本的に口を聞かず、ユーラシアの言うことにしか従わない。まぁ従うと言ってもそんな大袈裟なことではなく、例えば食堂に一緒に行こうと誘ったら迷わずついてくるようなそんな感じである。
「さぁ、もうすぐシェティーネさんたちも来るだろうから少しだけ部屋の掃除をしちゃおっか」
「そうだな」
アートは嫌そうな顔一つせずソファから腰を起こすと、掃除用具の置いてある場所へと歩いて行った。
「アートくんって、実はいい人なのかも?」
ユーラシアがポツリと呟いたこの一言は、ユーラシア以外は誰も口にはしないであろう一言だった。
いや、アートの正体が魔王であると知りながら、そんな大それたことを口にできるのは、同じくらい高位の存在であるユーラシアだけだ。
その後しばらくして一年Sクラスに選ばれた他五名が元補欠クラスのSクラス寮へと移住してきた。
「あっれぇ〜、元補欠クラスの寮だと思って覚悟して来たんだけど、全然普通じゃん!」
まず始めに姿を現したのは、入学早々既にスカートの丈を短くし、両手の爪に宝石のようなネイルアートを施したトップクラスの魔法学園には似つかわしくない女子生徒。
基本この学園の生徒は様々な髪色をしている者たちが多くいるため、彼女のブルーヘアも目立ちはしないがその他が突出しすぎている。
「普通ってか、広さはともかく魔戦科の寮と全く見た目は一緒じゃねぇかチクショー。補欠クラスってバカにしてたけどよ、俺たちよりも随分快適な生活送ってたんじゃねぇかこいつら」
次に姿を見せたのは、身長百八十センチは超えていそうな大きな体躯の男子生徒。
実年齢は定かではないが、ユーラシアたちと同年齢だとすれば規格外の大きさである。
そんなギャルと大男が残る他三名のことなど気にせず、入り口を塞いでいる。
「そんなことよりも、入り口に居られるとすごく邪魔なんだが、どいてくれないか?」
強引に二人の間をすり抜け現れたのは、細身の体格をしているメガネの男子生徒。
いかにも成績優秀といった感じだ。
「ったくてめぇはせっかちな野郎だな」
「いや、シュットゥの言う通りだ。俺の前を塞ぐなど、いつからお前は俺よりも上になったんだ?」
圧倒的カリスマ性をただよわせて姿を見せたレインの一言により、大男は額に冷や汗をかきながらその体を縮こませた。
「同じクラスメイトを脅かしてどうするの?」
「勘違いがすぎるぞシェティーネ。俺はただ真実を述べただけだ」
「はぁ、そう。一先ず荷物の整理をしちゃいましょうか」
シェティーネの一言により、一先ず移住組は各自荷物の整理を行う。
「これからよろしくねユーラシアくん」
いち早く整理を終わらせたシェティーネは、アートとユーラシアのいる談話室にやって来てユーラシアの隣の椅子に座っている。
「よろしく。夕食まではまだ少し時間があるし、他のみんなも来たら自己紹介するのもいいかもね」
「そうね。これから一緒に生活していく以上、少しでもお互いのことを知っておいた方がいいわ」
シェティーネは背筋をピンと伸ばして緊張気味に言葉を発する。
ユーラシアは新しい環境のせいであると思ったみたいだが、そうではない。
気になる男子とこれからずっと同じ空間で生活するとなれば、緊張と胸の高鳴りで体もぎこちなくなるというもの。
更に、今自身が発した「一緒に」という言葉により、そのことを余計意識してしまっている様子。
そして緊張する理由はそれだけでなく、ユーラシアの隣に座るアートは自分を襲った元魔王である上に、二人の会話に全くと言っていいほど興味を示していないため、シェティーネにとっては今この状況が二つの意味で苦しくもある。
そうして、シェティーネの願いが通じたように本棚が動き整理を済ませた他四名が談話室へとやって来た。
「ふぅ〜終わった終わったぁ」
図々しくフカフカなソファにドサッと腰を下ろす大柄な男子生徒。
「ねぇねぇ、この寮ってお菓子かなんかおいてないの?」
一方でギャルの女子生徒の方は、夕食前だと言うのに図々しく談話室の台所をことごとく漁っている。
レインも同様にソファに腰掛け、メガネの男子生徒は本棚に手をかけている。
確かに多少図々しくはあるが、既に彼らもこの寮のメンバーであるため、この態度は当然であると言える。
しかしそれがアートには我慢ならなかったらしく、口元に笑みを浮かべつつ、瞳は一切笑っていない。
「ここは俺とユーラシアとの城だ。お前たちはもう少し遠慮というものを覚えた方がいい」
「おいおい、何言ってやがんだこいつは?」
「さぁあねぇ〜」
「なぁお前、確かアートって言ったよな?一応俺たちも今日からお前の言う城に住むことになったんだけどな。だから仲良くやろーぜ」
「ならばせめて名乗れ。そこの兄妹のことは知ってるが、お前たち三人のことなど知らん」
「へぇ〜何それ、すごいムカつくんだけど」
場がピリつき始めるが、当のアートは知らぬ存ぜぬという態度を一貫して保っている。
「まぁいいじゃねぇか。俺はヴァロ。ヴァロ・ウェールスキーだ」
ちなみにヴァロは、ユーラシアやアートと同い年である。
「はぁせっかくの気分が台無しよ。私はリリルナ・ユーロ。世界樹くんさ、そんなんじゃ友達できないと思うよ?」
「ふむ友達か。それならユーラシアだけで間にあっている」
「僕の名を教える前に疑問で仕方がないんだが、どうして君はそこのユーラシアにそこまで固執するんだ?確かに彼の耐久力は称賛に値するがそれだけだ。なぜ僕たちと同じSクラスなのかが理解できない」
シュットゥはレンズ越しにユーラシアを睨みつける。
「彼のような何の力もない無能者がこのクラスにいると、魔戦科全体の指揮に関わるとは思わないのか?」
「ほう、いい度胸だ」
そう言葉を放ったアートの瞳が完璧な闇を見据え、シュットゥへと歩み寄る。
その瞬間、レインが立ち上がり二人の間に入ろうとするが、次のシェティーネの一言にレインは命拾いした。
しかしそのことに本人は全く気が付いていない。
「いいえ思わないわ」
「どうしてそう言い切れるんだ?実際彼と戦った君が一番彼の無能さを理解しているはずじゃないのか?」
シェティーネはシュットゥの言葉を鼻で笑い飛ばす。
「フフッ。そう思うのならこれだけ教えてあげるわ。私ではユーラシアくんに勝つことは絶対にできないわ」
その言葉にアートとユーラシア以外の全員が驚かされた。
「なぜそう思う?」
そう返したのはシュットゥではなく、レインだった。
「実際に見たからよ。彼の強さをこの目でね」
「ほう。そこにいるアートは完璧なまでの魔力制御を身につけているようだが、ユーラシア・スレイロットはそうではなさそうだな。それなのに感じるのはこれほど微弱な魔力だ」
「兄さんは何も分かっていないのね。けれど知らなくてもいいことよ。ただ、ユーラシアくんのことを誤解したままでいてほしくないだけ」
「シェティーネ?」
そのシェティーネの発言に、兄として良からぬ違和感を感じたレインだが、今の段階ではそれが何かまでは分からない。
「俺からもいいことを教えよう。人は見かけによらぬものだ。見てるがいい」
アートはユーラシアの手を引き自身の横に立たせた後、魔力制御範囲で魔力が漏れ出ない程度の魔王覇気を使用した。
「「「うっ‼︎」」」
この場にいる者全員が険しい表情を浮かべ、重く苦しい空間の地べたに座り込む。
立っていることさえ許されない圧倒的な存在感。
この威圧感の正体が何なのかは分からない。しかしただ一つ、確かな事実がそこにはあった。
今年の魔戦科一年でトップであると持ち上げられていたレインでさえ、アートとの実力差に驚き圧倒され、己の無力感に苛まれる。他の四名は言うまでもなく気圧されている様子だ。
しかしただ一人、今何が起きているのか理解できずに平然とその場で立ち尽くす者がいた。
「なぜ、平然としていられるんだ⁉︎」
苦しみながらも驚きを隠せないシュットゥは、まるでバケモノでも目にしたかのような視線をアートとユーラシアの二人へ送る。
「なぜって・・・・・ねぇアートくん。君今何してるの?」
ユーラシアは何も感じていない。それは同時に、アートの魔王覇気の威力をどこまで上げようとも、ユーラシアには一切通用しないということ。
アートは満足気に薄く笑みを浮かべると魔王覇気を解除した。
「はぁはぁはぁ」
息つくSクラスのエリートたち。
「行くぞユーラシア。もうすぐ夕食の時間だ」
そうしてアートは何事もなかったかのように平然と食堂へ向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます