バベル試練編
第14話 新たなスタートライン
翌日、ユーラシアはシェティーネのお見舞いに学園の医務室へと訪れていた。
開けた空間に幾つものベッドが置かれており、宙に浮く球体が放つ緑色の光が不定期にベッドを照らしている。
実はこの光こそが病人の細胞を修復する効果を持つ魔法であり、光を浴びた者は自然に治癒の効果を得られるという仕組みになっている。
「本当にシェティーネさんが無事でよかったよ」
「貴方のおかげよユーラシアくん。感謝するわ」
シェティーネは深々とユーラシアに対して頭を下げた。
その姿は普段同様に凛々しく美しいものであったが、普段とは異なるパジャマ姿であったこともあり、ユーラシアはそのギャップに少しだけ口角が上がってしまう。
「何を笑っているの?」
「い、いや、何でもないよ。ただ、いつものシェティーネさんとは少し違うから緊張しちゃって・・・・・」
ユーラシアの言葉を受け、自分が無防備な格好をしていることに気づいたシェティーネは、恥ずかしそうに頬を染めて毛布で顔を半分ほど隠してしまった。
「これはその、制服のまま寝るわけにもいかないでしょ・・・・・。貴方の方は休まなくても大丈夫なの?」
「うん。だけどミラと校長先生からは、念のため今日は授業を休むように言われてるんだ。だからシェティーネさんのお見舞いでも来ようと思って」
「そう、それにしても大したものね。あれほどの攻撃を何度も受けたのに、平然と動けるなんて・・・・・私なんて手も足も出なかった。今出せる全力をぶつけたけれど、彼の前では無意味だったわ」
シェティーネはその時の光景を思い浮かべているのか、下唇を血が出るほど噛み締め悔しそうな表情を見せる。
「————彼が魔王の生まれ変わりって本当のことなの?」
「うん。ミラもそうだって言ってたし、本人も認めてたからね。だけどこのことは———-」
「分かってる。誰にも言わないわ。余計な混乱を生んでしまうだけだし、それに、言っても信じてもらえるかは分からないからね」
ミラエラとエルナス、ユーラシアの間では、すでにアートが魔王の転生体であるという事実は伏せておくことを約束している。そのため、ユーラシアが今日お見舞いに来た目的の一つとして、その約束をシェティーネに伝えるためでもあったのだ。
「だとしたらユーラシアくん。貴方は、一体何者なの?貴方の防御力は魔王の攻撃さえ耐えうる力を持っているということになる。それに、意識を失う前に見た最後の貴方の姿は、とても凄まじかったわ」
ユーラシアは正体を隠しているわけではないが、これまでは教える必要性がなかった。しかし、竜王の力の一端を見られてしまった以上、少なくとも世界樹を宿していることは話すべきなのではとユーラシアは思った。
「貴方もしかして—————」
シェティーネが何かを言いかけた時、医務室の入り口にミラエラの姿が見えた。
「ミラ」
「貴方の魔力を辿って来てみれば、念のため部屋で大人しくしてるよう言ったわよね?」
「ボクは大丈夫、何ともないよ。そのことはミラが一番よく分かってるでしょ?」
ミラエラは呆れたようにため息をつき、そしてシェティーネへと視線を向ける。
「こんにちはミラエラ姉さん」
「体調はどう?もうだいぶよくなったように見えるわね?」
「はい。この光とミラエラ姉さんが昨日かけてくれた回復魔法のおかげです。ありがとうございました」
シェティーネはユーラシアの時と同様、ミラエラにも深々と頭を下げた。
「気にしないで、これでも一応教師だからね。それよりも、実は二人に一つ聞きたいことがあるの」
ユーラシアとシェティーネは二人して視線を合わせ、キョトンとした表情を浮かべる。
「何?」
その瞬間、気のせいかミラエラの周囲の空気が冷たくなった。
「ユーラシア。貴方の魔法が魔法無効化の効果を有することは私も知っているわ。だからアートの張った結界の影響を受けずに彼女のことを見つけられたことも、結界を破壊できたことも分かってる。けれど、話に聞く限り、シェティーネは魔人化の魔法をかけられて微弱な魔力しか放ててはいなかったのよね?」
「う、うん」
徐々に嫌な予感を感じるユーラシア。
何よりもミラエラの向ける鋭い視線が今の二人からすれば恐怖でしかない。
「それなのにどうして彼女が居残り部屋にいることが分かったの?いえ、少し違うわね。居残り部屋に行ったところ、囚われていることに気がついたのかしら?」
「それは・・・・・友達と訓練しようと思ったんだよ。言ったでしょ?最近居残り部屋で特訓してるって」
ユーラシアはこめかみから頬、そして首へと冷や汗が流れ落ちる感覚を鮮明に感じていた。
それにしても、自分はなぜこんなにも追い詰められているのか、別に誰と特訓していたところでミラエラには関係ないことなのではないか?そう思う度ミラエラへと視線を向けるが、あの鋭い視線には逆らえない。
「そうね。それと、受付にいたメイシアに話を聞いたところ、ここ一週ほど貴方たち二人が百五号室を使用していたことが分かったわ」
「べ、別に特訓していただけだよ。まぁ、結局身体強化魔法しか特訓できなかったけどね」
「けれど、始めは一分すら危うかったのに、今では三十分以上も使えるようになったじゃない。すごい進歩よ」
「そうだね。それも全てシェティーネさんのおかげだよ。ありがとう」
そんな二人のやり取りを、終始冷たい視線で眺めるミラエラ。
「ユーラシア。本当に特訓しているだけなら、どうして嘘なんかついたの?」
「それは・・・・・」
「ミラエラ姉さん。実は、これは秘密の特訓だったんです」
「秘密の?」
「はい。ユーラシアくんが成長した姿をミラエラ姉さんやみんなに見せて驚かせる計画を立ててたんです」
シェティーネのナイスフォローにより、何とかユーラシアからミラエラの意識を一度外すことに成功する。
「なるほど、そうだったのね」
以外にもシェティーネの言葉をあっさりと受け入れたミラエラだったが、落ち着いたのも束の間だった。
「シェティーネ」
「はい」
「私はユーラシアの家族同然なの。だからユーラシアのことが欲しいのなら、まずは私を認めさせることね」
「えっ・・・・・え⁉︎」
シェティーネにはそんな気は一切なかったが、思わぬミラエラの一言で顔をりんごのように真っ赤に染める。
そして、危機的状況から助けてもらったこともあり、無意識にだがシェティーネの鼓動がトクンッと小さな音を立てる。
気がつくといつの間にか、ユーラシアの顔を真っ直ぐには見れなくなってしまっていた。
三日後、合同授業兼格付け期間の評価付けが終わり、本格的な魔戦科クラス分けが発表された。
格付けクラス後の魔戦科クラスは上・中・下級クラスの通常三つに分けられるが、現三・五・六年生には上級クラスより上の特級クラスが存在している。
そして今年は、入学時点で異例の補欠クラスというものが設けられており、所属する彼らは大きく劣る何らかの要素を抱えていたため、校長であるエルナスが強引に押し切り合格という服を着せた者たち。
しかし合同授業を実施したことによって、その一部始終を見た教師による補欠クラスの評価を改め直すべきだという声が上がり始めた。
その結果、入学してから約二週間という短い期間ではあるが、補欠クラスは廃止され、新たに特級クラスに変わる新たなSクラスが設けられることとなった。
つまり、クラス分けは下級、中級、上級、そしてSクラスという感じになっている。
改訂後のSクラスは補欠クラスのSクラスではなく、学園内で最もゴッドスレイヤーに近い者たちが集う場所という意味を含むものとなった。
Sクラスに選ばれた者は僅か七名。
しかし、特級クラスと称されていた頃と比べると過去最多となる人数である。
そして、元補欠クラスから正式なSクラスへと昇格できたのはアートとユーラシアの二人だけである。
ミューラは魔戦科中級クラスへ。
ユキは魔戦科上級クラスへ。
そしてゴディアンはエルナスの寛大な心行きにより、本来の希望通り発明科への移動が決定した。
他学科への移動は異例なことだが、実力を証明すれば格付け期間以降であっても、魔戦科内のクラス移動は可能なのだ。
入学してから最初の授業に設けられる格付け期間はあくまでもスタート地点での位置決め、そこからどれほどの生徒が上を目指せるかはその後の努力次第である。
そして今まで補欠クラスが使用していた寮はSクラスが引き継ぐ形となり、部屋の数が人数分に増加・拡張することが決定し、アートとユーラシアはそのままだが、ミューラとユキは魔戦科クラスの寮へ、ゴディアンは発明科の寮へと移動することとなる。
また、補欠クラスの赤白ローブは廃棄され、四名には新しく魔戦科生徒としての赤ローブが、ゴディアンには、発明科生徒として黒ローブが支給されることとなった。
ちなみに、格付け期間終了とともにミラエラが教員免許を取得したことで仮採用は終了。正式にエルナスとともに全学年の魔戦科Sクラスの副担任として、計四クラスを受け持つこととなった。
正直大変なんてものじゃないが、ミラエラには頑張って貰うしかないとエルナスは決定を下した立場として自分に言い聞かせるのだった。
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